2-2章
いよいよ、アキュリオンへ出発の日がやってきた。
朝早く、ジグが芋虫焼きを抱えてやってきた。
「これ、しばらく食べられねぇだろ? だから今のうちに味を焼きつけとくんだ」
そう言って、最後の一口まで名残惜しそうに噛みしめている。まったく、食べ物に関しては本当にブレないやつだ。
今日、アキュリオンへ向かうのは俺たちを含めて五人。
その中には、子どもたちに大人気のスーパースター――兜さんとクワガタさんの姿があった。
二人は出発前から村の子どもたちに囲まれて、ファンサービスに大忙しだ。
「おう坊主! この角、触ってみな! 本物の戦士の証だぞ!」
「はっはっは! 写真? もちろんいいとも! 筋肉は逃げない、いつでも写せ!」
まるで筋肉のフェスティバルだ。だが、不思議と憎めない。
この二人がいるだけで、空気が一気に明るくなる。
やがて、迎えの馬車がやってきた。
――いや、正確には蟻車だ。
二匹の巨大アリが前につながれ、操縦席にはアリの仮面をつけたNPCが座っている。
道はでこぼこで、揺れは少ないのにお尻が痛くなる妙な乗り心地だった。
アリたちが足を踏み鳴らしながら進む中、俺は兜さんとクワガタさんに話を振ってみた。
「お二人は異種格闘技戦の経験があるんですよね?」
兜さんが、胸板をドンと叩く。
「もちろんだとも! あのアキュリオンの闘技場で、百戦百勝とは言わんが……百戦九十勝ぐらいはしてるな!」
クワガタさんがニヤリと笑って続けた。
「おっと、謙遜するなよ兜。お前は一度しか負けたことねぇだろ。それに、その負けた相手が“あの”蜂女王だ。むしろ名誉なもんだぜ!」
二人の会話は、筋肉と闘志でできている。聞いているだけで圧がすごい。
俺の名前を聞くなり、兜さんが目を輝かせた。
「おお! 君が“スズメバチを倒したピダン君”か! いやぁ、あれはすごかった! あの毒針を正面から受けずに倒すなんて、なかなかできることじゃない!」
「だがな!」と、クワガタさんが腕を組む。
「異種格闘技に出るなら、今のままじゃ足りねぇ! 相手は虫の世界の猛者ばっかだ。筋肉と反射と、あと筋肉が命だ!」
「そうだそうだ! 筋肉は裏切らない!」
「筋肉はすべてを解決する!」
……まるで宗教だ。
俺は思わず苦笑しながらも、真剣に耳を傾けた。
「でも大丈夫さ」と兜さん。
「アキュリオンに僕たちの仲間がいる。戦闘理論にも詳しい奴だ。君に合う戦い方を教えてくれるはずだよ」
「それまでは筋トレだな!」
「おう! 俺たちと一緒にやろうぜ! 歓迎するぞ!」
二人の勢いに押され、気づけば“筋トレのお誘い”まで受けてしまった。
だが、有益な情報を得られたのは大きい。アキュリオンでは、まだ見ぬ強者たちが待っている。
そして俺はまだ知らなかった。
――この先で出会う“個性的すぎる者たち”が、俺たちの運命を大きく変えることになることを。
アキュリオンに到着して、まず向かったのは兜さんとクワガタさんの格闘技仲間に会うことだった。
さすがスーパースターの知り合いだ。
紹介してくれたのは、ノコギリの鍬を携えた戦士――ノコさん。現役でこの格闘技戦に参加しているという。
ノコさんは穏やかに、だが筋の通った声で話し始めた。
「まず、戦い方は自由だよ。フィールドは更地。1人で戦ってもいいし、2人組でもいい。
君の体格なら、ペアで組むのをおすすめする。小型の選手は掴まれた瞬間に何もできなくなるからね」
やはりゴルド爺の助言と同じだった。
「武器の使用は可能。ただし、壊れやすいものは危険だ。レフェリーが止めてくれるけど、戦いは一瞬だからね。
いい剣を持っているじゃないか、それはかなりの良品だよ。でも、もし初期装備なら鍛冶屋に見てもらったほうがいい」
そう言ってノコさんはピダンの剣を軽く持ち上げ、質を確かめるように刃先を見た。
「禁止なのは火器と、悪臭の出るもの。レフェリーの判定が妨げられるし、観客に被害が出るからね」
観客席はフィールドと距離が取られ、飛んできた武器が届かないようになっているという。
整った仕組みに、アキュリオンの格闘技文化の成熟が感じられた。
その時、兜さんが誇らしげに言った。
「こいつ、スズメバチを倒したんですよ!」
「えっ、君が?」
ノコさんの目がわずかに光った。
どうやら彼にも、スズメバチに追い払われた苦い経験があるらしい。
ピダンが撃破の方法を説明すると、ノコさんは頷きながら言った。
「なるほど……でもその戦い方、高さが必要だね。このフィールドには高所がない。飛ぶ昆虫が少ないのはそのせいだよ。
結局、地面で戦うしかなくてね。だから僕らみたいな大型種が有利なんだ」
「ジグがいないと、かなり大変だと思う。落とし穴は有効だけど、浅いとすぐに這い上がられる。
まずは“予選”で腕を試してみるといい」
ピダンは首をかしげた。
「予選?」
「うん。本戦とは別に、曲芸に近い軽い試合がある。観客を楽しませる目的だよ。
武器も全部木製だから、骨折程度で済む。安全に経験を積むにはちょうどいい」
なるほど、そんな段階があるとは知らなかった。
「木刀ならいいね」とジグが言い、二人はその提案を受け入れた。
こうしてピダンとジグは、まずは予選に挑むことを決め、兜さんとクワガタさんに別れを告げた。
予選に参加してみて、すぐに分かったことがある。
この試合は――とにかく連携が命だ。
相手の攻撃を瞬時に見極め、反撃を即座に返す。
一瞬でも遅れれば、試合はその時点で終わる。
武器を“考えて使う”ようでは間に合わない。
自分の手に染みついた武器でなければ、勝負にはならない。
自分たちの対戦相手は、茶色と緑の混じった“双子のバッタ”だった。
軽量でありながら、ジャンプスパイダー並みのスピードで切り込んでくる。
時折、口から苦い液体を吐き出してくるせいで、剣が滑り、思うように使えない。
落とし穴にはかかる――が、すぐに跳躍して脱出する。
ジグは必死に蓋を閉じようと動き回ったが、動きすぎて疲弊し、罠の維持が追いつかない。
その隙を突かれ、いつの間にかこちらが2対1の状況に追い込まれていた。
バッタたちは笑顔でポーズを決めたり、観客に手を振ったりしている。
余裕そのものだった。
結局、こちらは防戦一方のまま試合終了。
幸い、大きな怪我はなかったが――ジグはひどく落ち込んでいた。
「……やっぱり、罠型はこの試合には向かないのかもな」
それが分かっただけでも、挑戦した価値はある。
そう思って会場を出ようとした時だった。
「おい、ジグじゃないか!」
背後から明るい声が響いた。
振り返ると、陽光を浴びたような笑顔の男が立っていた。
ジグの昔の知り合い、ロウさんだ。
どうやら試合を観ていたらしく、落ち込むジグを見て声をかけてくれたらしい。
「気にすんな、初戦なんてそんなもんだ。とりあえず腹、減ってるだろ?」
そう言って連れていかれた店の料理は、驚くほど美味しかった。
アキュリオンには魚を専門に捕る職人がいるらしく、
その魚はアユのような淡い香りで、焼くと脂が甘い。
そのご飯を食べているうちに、ジグの顔にも少し笑顔が戻った。
食後、ロウさんは真剣な表情に戻り、言った。
「それでもな、ジグ。今のままじゃ力が足りない。
お前、動きが悪いんじゃなくて、“体がついていけてない”んだよ」
ロウさんは訓練所を持っており、手伝ってくれるという。
さっきまで魚を頬張っていたジグも、その言葉に顔をしかめた。
「……けいこ、か」
こうして俺たちは、ロウさんの訓練所へ向かうことになった。
そこでは、このアキュリオンの戦士たちの本当の強さを思い知らされることになる――。




