5章
夏の終わり、食料が目に見えて減りはじめた。
秋が近づけば、ハチたちも必死になる。彼らは飢えと繁殖の本能に突き動かされ、時に理性を失って襲いかかってくる。
単独で対処できる相手ではない。村総出で迎え撃つ覚悟が必要だった。
そんな折、近隣の協力者たちが少しずつゴルド爺の家へ集まりはじめた。
彼らの中には、俺と同じ「プレイヤー」もいた。
凄腕の連中ばかりで、そのアビリティもプレイスキルも桁違いだった。
実戦での動きを見せてもらったとき、俺は素直に感動した。
――この世界には、まだまだ“上”がいる。
数日後、ゴルド爺の招集で緊急集会が開かれた。
村の狩人、各地の実力者、そしてプレイヤーたちが一堂に集まる。
議題はひとつ。
――村の近くに、スズメバチの巣ができたという報告だった。
その名が出た瞬間、場がざわめいた。
スズメバチ。誰もが知る“空の王”。
羽音は戦闘機のように唸り、体は鎧のように光を反射する。
毒針は鋭く、群れで襲われたら逃げ場などない。
さらに悪いことに――今回は向こうにも“プレイヤー”がいる可能性があるという。
なぜなら、こんな挑戦状が届いたのだ。
「二対二の勝負を申し込む。
負ければ、おまえたちを襲うことはない。
だが勝てば、狩りは本格化する。
反撃しても無駄だ――数では我々のほうが上だ。」
挑戦状の送り主は、どう考えても普通のハチではない。
“プレイヤー”以外に、こんな文を書ける生物はいない。
決闘の場所は、草竹が長く茂る丘の上空。
相手は飛行能力に優れる。こちらも空戦ができなければ話にならない。
村の陸上戦要員――兜さんとクワガタさん――は筋骨隆々の屈強な戦士だが、
スズメバチだけは苦手だった。過去に樹液場で襲われた経験があるらしく、その時の記憶が未だに抜けていないようだった。
普段なら頼もしい彼らも、この話題になると黙り込む。
結局、空戦が得意な俺とジグが出ることになった。
訓練には空のエキスパート――トンボのプレイヤーが協力してくれた。
彼の空中制御技術は目を見張るほどで、風を読む力は異常なほど鋭い。
「風を感じるんじゃない、“読む”んだ」と言われた言葉が忘れられない。
訓練の最中、音楽隊の面々が奏でる重低音が響いていた。
あの不気味な唸りは、スズメバチの羽音を再現するためのものだ。
恐怖を克服するための慣らし訓練。
鼓膜を震わせる低音に、心臓が嫌でも反応する。
――それでも、慣れるしかなかった。
決闘の日。
空は厚い雲に覆われ、風が強かった。
草竹の上空で待ち構える2体のスズメバチ。
一体は金色に輝く大きな個体――新女王。
もう一体は、鋭い動きで周囲を警戒している黒銀の雄――新王子だ。
俺とジグは風を背に、地上から飛び上がった。
――戦闘開始。
羽音がぶつかり合い、空気が震える。
スズメバチの右足には“金属のような針”が装着されていた。
おそらくプレイヤーによる強化だ。
それが風を裂いて振り下ろされるたび、視界が一瞬で光る。
俺は《ジャンピングスパイダー》のアビリティで瞬時に空中を跳躍し、
その刺突をかわす。
だが避けきれないときは、糸を空中に張って一瞬の「壁」を作る。
針がそれを貫いた瞬間、糸が弾け、爆風のような衝撃が走った。
「ピダン、右に跳べっ!」
ジグの叫びに合わせて身を翻す。すぐ後ろを針が掠め、
羽の先を切り裂いていった。熱い痛みと血のような液が滲む。
――速い。強い。
だが、相手の動きにはわずかな“癖”がある。
突く前に、必ず一瞬だけ左の触角が下がるのだ。
そのタイミングを読んで、俺は糸を斜め上に張り、
跳躍と同時に逆方向へスピン。
針が空を切り裂いた瞬間、俺は奴の背後に回り込んだ。
「今だ、ジグ!」
ジグの槍が光を放ち、王子蜂の腹を貫いた。
黒い体液が飛び散り、空気が焦げる匂いがした。
女王蜂が怒り狂い、風圧と共に突っ込んでくる。
その巨大な針が俺を狙う。
だが俺は、地面に垂らしておいた糸を引き寄せて急降下。
回避と同時に、草竹の影から反動で跳ね上がる。
糸を翼に絡ませ、女王の動きを封じる。
その瞬間、ジグの槍が閃いた。
轟音と共に、スズメバチの羽が砕け散った。
――勝った。
村は祭りのような騒ぎになった。
スズメバチを討ち取ったのだから当然だ。
ゴルド爺の孫も奮闘し、皆が笑っていた。
夜、俺たちは秋の虫の音を聴きながら、
村の酒を片手に静かに乾杯した。
――あの時までは、何も知らなかった。
この“のんびりした時間”が、現実ではこんなことになっていたなんて。
ニュースでは「突然意識を失ったプレイヤーたちが次々と救急搬送された」と報じられていた。
だが処置は困難だった。
背骨と直結したニューロカラパスは、簡単には外せない。
医療というより電子の問題。
だから彼らは“開発元”――エクルージョン社の関連施設に収容された。
白衣の職員たちがモニター越しに俺たちを見下ろす。
「主任、この個体はいいですね。スズメバチを倒すとは……強そうだ」
「トンボも良好です。人命救助数が高いとか」
「ジグはどうします? 派手さはないが、条件適合率は高い」
「そうだな、使用者の限定は避けたい。保留だ。」
――ここは、人体強化装置開発機関。
この世界で“戦える人間”を作るための、現実の実験場だった。




