4章
そこから、俺たちの“ログアウトできない生活”が始まった。
はじめはバグだと思った。
だが何度試しても、設定画面に“ログアウト”の項目は存在しない。
「おかしいよな……」
ジグは首をかしげながら言った。
その後、“トンボ通信”というトンボのアバターの人が運営する新聞で知った。
攻略組と呼ばれるプレイヤーたちが初期アバター変更中に“ログアウトボタンがない”ことを発見したらしい。
どうやら、蝶のアバターが飛行能力に欠けるためトンボに変えようとしたところ、ボタンが消えていたという。
ログアウトできなくなった僕たちは、まずはこの世界について詳しくなるために、ジグがやっていた門番と食料調達の訓練を受けることになった。
「ここの草むらには“芋虫”がいる。食料になるが、デカい奴に出会ったら命がけだ」
ジグが言った。
草の間で、ぷつりと音がした。
青虫といっても、まるで犬のようなサイズの個体もいる。
それを罠で捕らえ、村に運ぶのがジグの仕事だった。
「いいか、油断するな。でかいのは跳ねるぞ」
その忠告の直後、地面が波打つ。
俺は反射的に“ジャンピングスパイダー”を使った――思いきり通り過ぎて壁に激突した。
「わははっ! お前、センスあるな!」
訓練場がどよめいた。
修行を終えた俺たちは、ゴルド爺から認定証と武器を授かった。
それは金色の装飾が施された剣――爺さんが“異種格闘戦”で使っていたものだという。
「片腕を失ってからは、もう振れん。お前に託す」
そう言って笑った顔に、戦士の気迫が宿っていた。
そして最終試験。
巨大芋虫との実戦だ。
草をかき分けた瞬間、地響き。
“あれがボスか……!”
地面がぐらりと揺れた。
目の前の草むらが盛り上がり、土煙の中からぬらりとした影が姿を現す。
巨大芋虫――体長は優に三メートルを超えている。
「来るぞ、構えろ!」
ジグの声に合わせ、俺は背中の節を震わせる。
“ジャンピングスパイダー”を発動。
地面を蹴り、斜め上へと跳ぶ。
風を切りながら、芋虫の吐き出した体液をすれすれで避ける。
初めて使ったときは制御できず壁に激突したスキル――だが今は違う。
軌道を読み、空中で身体をひねり、糸を発射。
「よし、張り付いた!」
近くの枝に身体を固定し、真下の芋虫を見下ろす。
血が頭に上る。現実なら絶対無理だ。だが今は、この高さが武器になる。
「いくぞ!」
糸を切り、真下に急降下。
落下の勢いのまま、剣を突き立てた。
金ぴかの刃がぬるりとした表皮を裂く。
「まだだ、もう一撃!」
芋虫が苦しげに体をねじり、体液を飛ばして暴れる。
地面に転がりながら糸を再び射出し、枝に張り付いて距離を取る。
その瞬間、ジグの声が飛ぶ。
「右側の節、弱ってる! そこだ!」
「了解!」
糸を斜めに張って一気に滑り降り、剣を振り抜く。
乾いた音とともに、巨体が崩れ落ちた。
「……倒した、か?」
ぴくりと動く触角が静止する。
俺は息をつき、糸をたぐって地面に降りた。
次の瞬間。
「すぐ持ち帰れ!」
ジグの叫びで我に返る。
遅れれば空から“黒い影”――ハチが来る。
そう、俺たちの敵だ。
村の上空にはクモの糸が張り巡らされており、ハチはうまく飛べない。
そのため仕留めた芋虫を村まで運ぶ必要があるそうしないと横取りされてしまう
これが、後に俺たちを悩ませる“ハチとの戦い”の始まりだった。
村に戻ると、広場にはすでに数人の村人が集まっていた。
巨大芋虫を運び込むと、ざわめきが広がる。
「でけぇ……まさか倒したのか?」
ジグが胸を張って言った。
「もちろん! こいつ、やるだろ?」
ゴルド爺がゆっくりと近づいてくる。
その目は鋭いが、口元は笑っていた。
「ふん、初討伐にしちゃ上出来だ。あの芋虫を倒せるなら、一人前の“狩人”だな」
そう言って、俺の肩を叩いた。
「ただし――勘違いするなよ」
低い声で続ける。
「狩人ってのは、獲物を狩るだけの奴じゃねぇ。
仲間を守り、村を守り、この世界で“生き残る”術を知る者のことを言うんだ」
その言葉の重みに、俺は無言でうなずいた。
ジグが笑いながら言う。
「まぁ、固いこと言うなよじいさん。とにかく――おめでとう、ピダン。
今日からお前も立派な“狩人仲間”だ!」
「ありがとう、ジグ。……これから、もっと強くなるよ」
そう言った瞬間、どこからか風鈴のような音が鳴った。
あの、村の門の草鈴だ。
それがまるで、俺たちの門出を祝うように響いていた。