3章
村の入り口には草で編まれた門があり、風鈴のように吊るされた虫の羽がカラカラと音を立てていた。
この村では多くが普通のプレイヤーらしい。
ジグに聞いたところ、この世界で“奇抜な格好”をしているのはNPCではないという。
背中に長い羽を生やした人、仮面ライダーのような姿の人、まるで蟻のような外見の人もいる。僕たちと同じように武器を背負っているプレイヤーも多く、中には目が八つある人までいた。
「ちなみに、店をやってるのはだいたいNPCだ」
ジグの言葉通り、店の中にいる人々はどれも落ち着いた服装で、頭には夏祭りのような“お面”を巻いている。どうやら、NPCの識別のためのデザインらしい。
「ゲーム制作者、けっこう芸が細かいな」
思わずつぶやいた。
「さっき歩いたから腹が減ったな。少し食べていこう」
そう言ってジグは、近くのお店に入っていった。
中は昼時でざわざわと賑わっている。メニューを見る暇もなく、ジグが店員へ声を張り上げた。
「肉焼き定食、二つ! 大盛で!」
「肉焼き二つー!」厨房から声が返る。
ジグがニヤリと笑って言った。
「始めたばかりだと、これはちょっと驚くかもな。」
――その意味が、すぐにわかった。
出てきた皿の上には、芋虫の丸焼きが鎮座していた。
カリッと焼かれ、噛むとジュワッと草の香りが広がる。見た目は最悪だが、味は……意外と悪くない。
「クセあるけど、いけるな」
「だろ? 慣れるとクセになるぞ」
食後、ジグの家へ案内される。
彼の家は村長宅であり、客人用の部屋もあるという。
だが、そこで僕は“大きな試練”を受けることになる。
村長――つまりジグの祖父が、めちゃくちゃ強いらしいのだ。
別に怖いわけではないが、見つかると強制的に稽古させられるという。ジグはそれを心底嫌がっていた。
「だから、こっそり裏口から入るぞ」
「了解」
――が、そういう時に限って、見つかるんだよね。ゲームってやつは。
「おお、ジグじゃねえか! そっちのは友達か?」
「ひゃっ……じ、じいさん……!」
僕は軽く頭を下げた。
「ピダンです。最近始めたばかりの初心者です」
「ほう、初心者か。なら稽古をつけてやろう。最近は物騒だからな!」
「いや、今日は――」
「大丈夫、軽くだからな」
ジグの制止もむなしく、戦闘訓練が始まった。
結果だけ言おう。
めちゃくちゃ強かった。
剣を振ってもすべてガードされる。
静穏性が高いクモ特性を活かして背後を取っても、振り返られて目が合う。怖い。なんで分かるの。
動きが速く、木刀なのに痛い。そして極めつけに――糸を使って一瞬で距離を取る。
二対一でも全く歯が立たない。
稽古が終わったときには、全身が悲鳴を上げていた。
「よい太刀筋だ!」
褒められたのは嬉しい。でも全然勝てなかった。
そのあと部屋を案内された。
ジグの部屋は意外にもきれいだった。現実世界では部屋が散らかっているらしいが、「ゲームしてる暇が多いから掃除できねえ」と笑っていた。
夜になり、二人でベッドにもぐりながら話した。
「元の世界に戻っても連絡取ろうな」
「もちろん」
そのとき、ふと気づいた。
メニュー画面にあるはずの「SNS共有」欄が灰色になっている。写真共有機能も無効。
「そういえば……ログアウトボタン、どこにあるんだ?」
ジグが何気なく言った。
――その瞬間、背筋が凍った。
「え、ない……?」
「まあ、アラーム機能あるし大丈夫だろ」
そう言いながら眠りについた僕だったが――
現実の僕の体は、電車の終点・西唐津にいた。