2-6章
握手のあと、僕はまず彼女の名前を聞いた
彼女はマオというらしい
種族はカマキリ。訓練場でも屈指の巨体を持つが、その姿に似合わず、どこか臆病でおとなしい印象だった。
おそらくそれは、人との関わりの少なさからくるものだろう。
僕自身、かつて他人とかかわるのが怖かった時期があった。だから、彼女の気持ちはよくわかる。
けれど不思議と、僕には心を許してくれる。
ほかの訓練生の前では僕の後ろに隠れようとしたり、目を逸らしたりするくせに、僕のことは頼ってくれるのだ。
食事のときも、好き嫌いがはっきりしている。
気に入ったものは豪快に食べるが、知らない料理は怖がって箸をつけようとしない。
そんなところも、なんだか微笑ましかった。
これまで彼女は訓練場でも姿をほとんど見せず、他の生徒からは“謎の戦士”と呼ばれていた。
だから初めて姿を現した時、訓練生たちは質問攻めにした。
マオは明らかに困っていて、助けを求めるように僕を見てきた。
すぐにフォローに入ったけれど、うまく対応できなかった。
「もっと上手く助けてあげられたら……」そう思って、あとで反省した。
けれど今の彼女は、僕がいるおかげで後悔を解決する方法を見つけ始めていた。
次の日には「一人ずつ話してみる」と決めて、実際に挑戦してみせたのだ。
戦闘訓練では、ロウさんとアゲハ先輩との模擬戦が始まった。
アゲハ先輩は空中戦が得意で、飛行中に鱗粉をまき、視界を奪ってくる。
マオはそれを見越して大鎌を投げ、空中のアゲハ先輩の動きを封じる。
初めのうちは僕が糸でアゲハを固定しながら、ロウさんの相手もしつつマオを守るという無茶な戦い方をしていた。
けれど、それでは僕の負担が大きすぎた。
「鎌を投げた後、彼女がどう守るか」——それが課題だった。
次の日の朝食では、マオがアゲハ先輩と話していた。
少し緊張していたが、アゲハ先輩のやさしいリードに助けられて、なんとか会話を続けていた。
その姿は確実に成長していて、見ていて誇らしかった。
そして戦闘では、マオが二本目の鎌を持つようになった。
これにより機動力は落ちたが、投擲後に自分で防御できるようになり、僕の負担も減った。
結果、僕は攻撃に集中できるようになり、アゲハ先輩を効率的に仕留められるようになった。
「あなた、強くなったわね」
そう言ってアゲハ先輩がマオの頭を撫でた。
「次は、ピダン。あなたの番ね」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなった。
次の相手はロウさんとポップ。
どちらも俊敏で、動きの遅いマオには不利な相手だった。
僕は考えた。
マオの鎌を“牽制”として使い、その鎌を足場にジャンピングスパイダーを使う。
鎌を媒介にして空中から攻撃できれば、相手の裏を取れる。
そのために、マオの投擲を何度も見せてもらった。
投げる角度、回転、鎌の滞空時間——すべてを体に覚え込ませた。
そして迎えた模擬戦。
まず牽制の一投で相手の体勢を崩し、僕が突撃。
次に二投目の鎌が放たれた瞬間、僕はその鎌に飛び乗り、空中から奇襲。
マオと二人で一人を制することに成功した。
ロウさんも笑って言った。
「なるほど、そういう連携か。面白いね」
その日の夜には、ポップとジグを交えての会話も自然にできるようになっていた。
マオも、もう他人と話すことを怖がらなくなっていた。
翌日は訓練がお休み。
僕の剣を新調するために、マオがついてきてくれた。
おすすめの武器屋があるらしい。
「……これって、デートになるのかな」
少し照れながら、おしゃれな服を着て出かけた。
店に入ると、マオは店主と何かを話し始めた。
すると店主の態度が急に改まる。
「お金、いっぱい払うよ」とでも言ったのかもしれない。
やがて店主が奥から黒光りする剣を持ってきた。
刃が光を反射し、まるで生きているように輝いていた。
「これ、私からのプレゼント。受け取って」
マオは静かにそう言って笑った。
「お代は母あてにつけておいてください。彼氏へのプレゼントですって」
——店主がそう言った瞬間、顔が一気に熱くなった。
さらに店の奥から、身の丈の倍はある巨大な大鎌が運ばれてきた。
「これは一族に伝わる鎌。一本しかないけど、特別なものなの」
マオは大事そうに鎌を抱きしめた。
最後に僕は、ガラス細工の青い花飾りをひとつ買った。
「マオ、つけてみて」
そう言って彼女がかがむと、僕はそっとその髪に飾りをつけた。
「……きれい」
マオは少し照れながら笑った。
帰り道、二人で昼食をとって、訓練場に戻る。
その日、マオの背中がほんの少しだけ軽く見えた。




