表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

2-5章

訓練生たちのメニュー表を眺めていた僕は、ふと首をかしげた。

 どう見ても自分だけ内容が違う。

 「異種格闘技戦向け・特殊実戦訓練」と書かれていたのだ。

 不安を覚えつつ、近くにいたロウ先生に尋ねた。

「ロウ先生、この訓練メニューって……どういう意味ですか?」

 ロウは腕を組んで、にやりと笑った。

「ピダン、君は“異種格闘技戦”に出たいと言っていたね。昨日戦ったホップ君やアゲハちゃんたちは予選止まりの予定だ。だが——本線を狙う者が、もう一人だけいる」

 ロウは視線を訓練場の奥へ向けた。

「その者が、君の実力を見たいそうだ。今から手合わせしてもらう。ただし、油断したら首を持っていかれる。命がけの模擬戦になると思っておけ」

 背筋がぞくりとした。

 ロウの声に冗談の色は一切ない。


 訓練着を取りに仲間のもとへ向かう。

 ジグとポップは快く貸してくれ、防具の装着まで手伝ってくれた。

「僕たちは自分の練習があるから行くね。気を付けて!」

 二人はそう言い残して去っていった。

 戻ると、ロウが訓練場のカーテンを閉め、重い扉を施錠した。

「外に音が漏れぬようにした。ここからはお前と、その“挑戦者”だけの空間だ。」

 張り詰めた空気の中で、胸の奥にある言葉を思い出す。

 ――“人生は楽しんだもん勝ち”。

 かつて師匠が教えてくれた言葉だ。

 緊張すら楽しめ。恐怖を笑え。

 そうすれば勝機は見える。

「準備はできたか?」

「はい!」

「よし。——出てきていいぞ」


 ロウの声に合わせ、奥の扉がギィ……と軋んだ。

 その隙間から、鈍い金属音とともに“ズズン”という地鳴りが響く。

 闇の向こうから現れたのは、片腕に巨大な鎌をもつ人影。

 筋肉で膨れ上がった身体。

 反対の腕は細く、全身のシルエットが異様に均衡を欠いている。

 光がその姿を照らした瞬間、息を呑む。

 人間とカマキリが混ざったような戦士——カマキリ族の女だった。

 「はじめようか」

 低く響く声。

 構えると同時に、彼女の鎌が風を裂いた。

 刃が引かれ、次の瞬間にはこちらへ一直線に飛んでくる。

 反射的に床に糸を撃ちつけ、ジャンピングスパイダーを発動。

 身体が弾かれるように斜め上へ跳ぶ——が、勢いが強すぎて天井近くまで達し、思わず手で壁を蹴った。

 下を見ると、鎌がブーメランのように戻っていく。

 「速い……!」

 着地と同時に再び突進してくる。剣で受け止めるが、衝撃が腕に響く。

 重い。まるで金属の柱を叩きつけられたようだ。

 受け続ければ押し潰される——そう悟った瞬間、僕は再び跳んだ。

 糸を張り、壁を蹴る。視界が回転し、床が遠ざかる。

 今度こそ、空中戦の時間だ。

空中に躍り出た僕は、クモ糸を伸ばして天井に張りついた。

 頭に血が上る感覚があるが、訓練で慣れている。

 相手の動きを俯瞰できるこの位置は、最高の観察場所でもある。

 下ではカマキリの戦士が鎌を構え、次の攻撃を見据えていた。

 無駄のない動き。彼女は完全に戦い慣れている。

 「上か……面白い」

 彼女はそう呟き、鎌を横に払った。

 金属の軋む音が響くと同時に、鎌が投擲された。

 こちらへ一直線。

 糸を解き、跳ぶ。

 鎌が通過する瞬間、糸をその柄に絡ませた。

 「……引く!」

 糸を強く引いたが、びくともしない。

 重い。

 まるで大木を引っ張っているようだ。

 「チッ……!」

 鎌はそのまま円を描いて彼女の手へ戻っていった。

 完全な支配。投げても戻る。

 まるで武器が生きているかのようだ。


 彼女が再び踏み込む。

 鎌の一撃は速く、鋭く、重い。

 こちらの剣で受けても、腕がしびれる。

 「反応がいい。だがそれだけじゃ生き残れないよ」

 左へ、右へ。鎌の軌道が読めない。

 だが、ほんの一瞬——振りかぶるその姿勢で、左肩がわずかに開いた。

 「……そこだ!」

 彼女が鎌を振り抜いた瞬間、

 僕はその刃の上に飛び乗った。

 金属の冷たさが足裏に伝わる。

 そして——ジャンピングスパイダー。

 鎌の反動を利用して一気に跳躍、相手の背後へ回る。

 天井に糸を打ち、振り子のように身体を回転させて勢いをつける。

 「いける!」

 落下の軌道上で剣を構え、彼女の左腕めがけて一撃。

 しかし鎌が逆手に構えられ、火花を散らした。

 「見事。でもまだ甘い!」

 すぐに反撃の凪払い。

 地面すれすれの斬撃が走る。

 僕は再びジャンプ、刃の風圧で髪が乱れた。


 呼吸が荒い。

 糸のストックも少ない。

 だが、もう一度だけチャンスがある。

 ——彼女の鎌は左手。

 鎌を投げた瞬間、左側の防御が一瞬だけ消える。

 次の投げモーションを見て、地を蹴る。

 鎌が放たれる瞬間、僕はその軌道のすぐ脇をすり抜けて跳んだ。

 無防備な彼女の体へ、全力で糸を射出。

 手首、肩、胴へ——ぐるぐると絡め取る!

 「捕まえた!」

 だがその直後、鎌が戻ってくる。

 彼女自身に直撃する軌道だ。

 「危ないッ!」

 咄嗟に糸を引き、彼女の体を後方に倒した。

 金属音。鎌が壁に突き刺さり、粉塵が舞う。

 ロウの声が響いた。

 「——そこまで!」

 静寂。

 汗が頬を伝う。

 糸をほどきながら、倒れたカマキリの少女に駆け寄った。


 彼女は頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こした。

 その瞳は、怒りではなく安堵の色をしていた。

 「……よく見切ったね。私の鎌を避けられたのは、初めてだよ」

 ロウが歩み寄る。

 「彼女はカマキリ族だ。異種格闘技戦に出たいと思い続けていたが、自分の動きに合わせられる相棒がいなかった。だから、ずっと独りで鎌の練習をしていたんだ」

 彼女は小さく笑い、僕の肩を抱きしめた。

 「君なら、私の鎌を使いこなせるかもしれない」

 その腕の力強さに、言葉が出なかった。

 あの夜中に聞こえた“ギィ……ギィ……”という音。

 あれは、彼女が夜もひとりで鎌の訓練をしていた音だったのだ。


 ロウが笑いながら言った。

 「いいペアができたじゃないか。次の試練は——“共闘”だな」

 僕とカマキリの少女は、互いの手を強く握り合った。

 冷たく硬い彼女の手の中に、確かな温もりがあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ