第3話:王都に渦巻く偽薬の影
王都の朝は、昨日よりも静かだった。しかし、静寂の裏には新たな事件の匂いが漂っていた。宮野華は薬局のカウンターに立ち、昨日の王宮訪問の記録を整理していた。側近に投与された神経毒の分析は、まだ途中だ。
「これ……単なる偶然じゃない」
メモ帳には、青色の沈殿物の化学式と異世界薬名が並ぶ。華は現代の知識を駆使し、薬の組成と摂取経路を論理的に割り出していた。
そこに、クロードが慌てた様子で駆け込んでくる。
「華! 市場で偽薬の出回りが確認された。しかも、子供向けの咳止めだ!」
華は眉をひそめた。子供用薬に毒が混入されるというのは、単なる金銭目的では説明がつかない。目的は何か——誰かを惑わせるためか、それとも宮廷内部の誰かが操作しているのか。
「よし、調査に行くわ」
華は薬局を飛び出し、市場へ向かう。人々のざわめきの中、彼女は薬の出所を辿る。小さな商人の屋台で、怪しい袋詰めの薬を発見。成分をサンプルとして持ち帰り、すぐさま分析を始める。
「……やはり、微量の神経毒が含まれている。だが、昨夜の側近と組成が少し違う。巧妙に手を変えている」
分析の途中、ルクレールが王宮から駆けつける。
「宮野華、君の分析は正確だ。私も王宮の医務官から情報を集めている。どうやら、偽薬は複数のルートで流通しているらしい」
二人は互いに情報を交換し、宮廷内の誰が関与している可能性があるかを推理する。ルクレールは冷静に一枚の書類を差し出した。
「これは最近、王宮の倉庫で見つかった未使用の薬袋だ。君の分析と照合してみてほしい」
華は薬袋を開け、中身を慎重に観察する。微量の粉末が瓶に詰められており、成分を確認すると……。
「これは……既知の毒の変形型。微量でも長期間服用すれば神経系に影響を与える。しかも、意図的に副作用をずらしているわ」
そのとき、リリスが薬局に現れ、低く歌うように呟いた。
「薬は心を癒す、毒は人の心を惑わす……」
華は思わず頷く。偽薬は単なる金銭目的ではなく、誰かの陰謀を隠すために使われている。王都の闇は、思った以上に深い。
夜、薬局で分析を終えた華は、クロードとリリスに報告する。
「偽薬は複数ルートで流通している。組成も変化している。つまり、背後に組織的な存在がある」
クロードは拳を握る。
「……つまり、俺たちは王都全体を相手に戦うことになるのか?」
華は微笑みながら答える。
「そうね。でも、薬で真実を暴く限り、私たちには必ず道がある」
ルクレールもまた、薬局の窓の外に立ち、月明かりに照らされる華を見つめる。
「君と共に戦う価値はある。だが……宮廷の闇は簡単には暴けない」
薬瓶の中で、微かに青い光が揺れた。それは、宮廷の陰謀が少しずつ明らかになる予兆のようだった。