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Skull Head~戦獣の僚兵 ― TFX70作戦記録

作者: 武無由乃

 西暦2070年5月――、フォルテア共和国での支援活動を続ける日本国防軍は、反政府勢力との散発的衝突の中でも一般市民と連携して活動しその信頼関係を築いていた。

 その中にあって、施設科所属の特別編成された実験小隊は、()()()()()()なるものを運用するその物珍しさから、半ばアイドルのように広報活動まがいの作戦に従事させられていた。しかし、実験小隊隊長を務める真野(まの) 裕晴(ゆうせい)二等陸尉はただ真面目に、ひたむきに自身がこなすべき仕事に務めるだけであった。

 そのような日々が続いていたある日、それまでとは毛色の違う作戦が実験小隊へと与えられた。

 整備士によってTFX70の整備が続けられている――、その戦術義体ハンガーの直下で、真野裕晴は手にした作戦計画書を読みながら、直属の部下であり親友でもある高瀬(たかせ) 翔伍(しょうご)三等陸曹と作戦中のことに関して話し合っていた。


「裕晴……、やはり”閣下”は、このTFX70をただの見世物で終わりにするつもりはなさそうだな」

「……ああ、あの人の本来の目的は――、戦場という様々な状況の渦巻く坩堝で、巨大義体技術を効率よく発展させることだからな……」

「GF計画……か? 天才の考えることは、凡人に過ぎない俺には理解できん、な」


 その翔伍の言葉に裕晴は、声を抑え気味に笑った。


「……おい、翔伍が凡人なら――、この世のどの兵士も凡人って事になるぞ?」

「は……、俺はそんな上等な人間じゃないぞ?」


 そうして笑い合う二人の元へと、複数の兵士らしき男たちが近づいてきた。

 その彼ら――、本作戦において僚機となる予定の、アジア・オセアニア諸国連合・連合防衛軍所属の戦車小隊の兵士たちは、戦術義体のその足元で缶コーヒーをすすりながら、巨大な人形を見上げて――、そして一瞬互いに顔を見合わせて爆笑した。


 高さ六メートル。人間そっくりの形をした人形の兵器――70式戦術義体。

 缶コーヒーをすすりつつ戦車砲手が鼻で笑った。


「おい見ろよ。あれ――、ガン◯ムごっこか? まるで玩具じゃねえか」


 それを隣で聞いていた戦車長も、ニヤケ顔で笑いながら言う。


「戦車ほどの火力もないデカブツが人間の真似してどうする。――敵に見つかったら的だろうな」


 操縦手が煙草をくわえながら言う。


 「第一、装甲がゴム?みたいじゃねえか。俺たちのM28A2の前に立ったら、戦車砲の一発でスクラップだな」


 そして、それを聞いたその場にいた戦車兵全員が笑い声を上げた。

 しかし――、戦術義体は静かに佇み、眼窩のライトが赤く瞬いているだけであり、無言で見下ろしているかのような、その不気味な雰囲気を感じて戦車兵たちは笑みを小さくした。


 そこへ、戦術義体のパイロット二人――、裕晴と翔伍が姿を現した。

 整備士たちと共に”自身の戦場での身体”の整備を手伝っている二人は、汗と油の匂いをまとっていたが、どちらかと言うと普通の歩兵にしか見えない。


 戦車兵の一人がわざと声を張り上げて言った。


「おい、お前ら――、あんなオモチャで俺たちと並ぶつもりか?」


 砲手が続ける。


「せいぜい俺らの盾になって、弾受けしてくれや。――役に立つならな!」


 周囲に嘲笑が広がった。

 だが二人の義体パイロットは、黙ったまま彼らを見返す。その目は、怒りでも反論でもなく――ただ、揺るぎない決意を宿していた。


「……」


 その様子に言葉を無くした戦車兵たちは黙ってその場を去ってゆく。


 ――今思えば、あの時の沈黙は答えだったのだ。

 戦車兵達が笑い飛ばした“玩具”こそが、後に彼らを死の淵から救い上げることになる。



◆◇◆



 夜明け前の曇天、抵抗の続く反政府軍拠点都市カスペンの市街地は灰色の煙に包まれていた。

 施設科実験小隊の二体の70式戦術義体――「裕晴1号機」と「高瀬2号機」。彼らの隣を進むのは複数のM28A2。即席ながら組まれた異色の混成部隊だった。

 それは、本来は通常兵器のみでの作戦行動。――そこに国防軍上層部が実験小隊の参加をゴリ押ししたというのが事実であり、ある意味イレギュラー――、戦場での経験値を少しでも稼ぐだけの運用であった。

 それでも真野 裕晴二等陸尉は、不満を漏らすことなく自身と戦術義体が成せることをこなしてゆく。そして――。


 ――それは、市街地にある小さな川にかけられた橋を、一両のM28A2が渡り切ろうとした――、そのときに起こった。


 衝撃は突然だった。

 履帯の右側が吹き飛び、M28A2の車体が道路上で停止する。耳が割れるほどの轟音と火薬の焦げた臭い。

 戦車長は、その車長席で頭を打ちつけ、視界が白く霞む中叫んだのである。


「くそっ! 右履帯損傷! 機動不能! ――くそ! 橋が……」


 操縦手が必死にレバーを操作するが、戦車はエンジン音を発するだけで微動だにしない。いや――それどころか、今の爆発で橋の一部が崩れて車体がそこにずり落ちかけてすらいたのである。外では敵歩兵――、対戦車装備を所持したソレの、歓声とその足音が近づいてくる。

 このままじゃ――、俺達は焼かれる。そうその場の皆が絶望を感じていた。


 ――その時だった。

 視界の端に、巨大な影が飛び込んできた。


 “頭蓋骨”頭の巨人(スカルヘッド)

 70式戦術義体。仲間だと分かっていても、戦場で見るその姿は、あまりに異質だった。


 その時、裕晴は即座に判断した。


「高瀬、援護は任せる! 俺が戦車を引きあげる!」

「了解!」


 通信越しのやり取りの後、高瀬の2号機が敵側の矢面に立ってその手の20mm小銃を乱射した。爆発音を連続で撒き散らし、そして敵の悲鳴が聞こえてくる。

 戦車の搭乗者たちは息を呑んだ。巨人が――、俺たちを守っている。


「おい……まさか」


 戦車長がハッチから顔を出すと、視界いっぱいに裕晴の戦術義体があった。

 6メートルの人影が戦車の側面の川へと降りて、そこから両腕で戦車を支えて、道路へと車体を押し上げていた。M28A2の重量は約15トン、だが戦術義体の骨格とSNT筋繊維は悲鳴を上げながらも応じる。

 ――しかし、不意に戦術義体の外装が火花を散らし始める。――それは敵兵による重機関銃の斉射であった。

 銃弾が戦術義体に浴びせられ、血潮のような液体が排出される、しかしその人工筋肉は僅かな筋力低下だけで、戦車の車体を確かに支えてその仕事を全うした。


「馬鹿な……、こんな方法で助けるなんて……」


 巨大人型兵器を見たことが無かったがゆえの、まったく初めて見る光景――、だが現実。鉄と油の塊を、あの戦術義体は本当に“担いで”その最悪な状況を取り除いてみせたのである。


 敵兵のさらなる追撃――、その榴弾が小銃を放つ方の戦術義体の肩に直撃した。

 火花と煙――、僚兵である巨人はよろめく。

 戦車長は思わず叫んだ。

 

「やめろ! もういい、逃げろ!」


 だが僚兵である巨人は動きを止めない。


「このまま後方に下がれ! 俺たちが援護する!」


 次の瞬間、車体は道路脇の安全地帯に押し出され、履帯の残骸が砂利を巻き上げた。

 操縦手は震える手でスタータースイッチを叩いた。

 戦車のエンジンが再び咆哮し、黒煙を吐き上げる。


 そして、なんとか走行が可能であったM28A2は、砂利を飛ばしつつ後方へと下がってゆく。

 そんな彼らが最後に見たのは、――煙の向こうで肩を並べる二体の戦術義体の――、僚兵である巨人たちの後ろ姿だった。



◆◇◆



 その時――、敵兵である『獅子王の冠』の兵士たちの想いはいかほどであったろうか?


 ――彼らは勝ったはずだった。

 RPGが直撃して戦車は履帯を吹き飛ばされ、道路から川へと滑落を始めていたのだ。

 鉄の棺桶に閉じ込められた愚かな連中を焼き尽くすのは時間の問題――、そう信じていた。

 ――だが、暗がりの向こうから「それ」は現れた。


 6メートルの影。頭蓋骨のような頭を持つ機械の巨人。

 照明弾の光を浴びて、その黒い“頭”がこちらを見下ろした瞬間、背筋に氷が走った。


 「う、撃てぇぇ!」


 誰かが叫んだ。――弾丸が雨の如くソレに放たれる。――だが奴は止まらなかった。

 弾丸が命中しようが血のようなものが流れようが構わずに、我々以上に強力な20mmの弾丸を放ってきた。

 その神話の化け物――、神代の巨人のような姿に、彼らの銃を握る手が震えた。


 容易に死を呼ぶ銃撃の中で、彼らは信じられない光景を見た。――巨人が戦車を持ち上げている。

 約15トンの鋼鉄の塊を、人間みたいに両腕で抱え、ずるずると道路へ引き上げていた。


 「……悪魔だ」


 仲間の口から、自然にその言葉が漏れた。


 仲間がRPGを撃つ。――それは確かに直撃して、巨人の肩が爆ぜ煙を吐いた。


 ――だが倒れない。

 奴らはそのまま戦車を安全圏へ押し出し、背を向けずに俺たちを睨みつけてたのである。


 その赤いセンサーの光が、彼らの目に恐怖として焼き付いた。


 仲間の一人が後退りしながら呟く。


 「人間じゃねえ……。巨人? あんなの勝てるかよ」


 その小さな呟きが、彼らの心の中の声を代弁していた。

 ――頭蓋の顔を持つ巨大な兵士。あの光景を――、彼らは一生忘れられない。



◆◇◆



 後退したM28A2は辛うじて安全圏まで到達し、荒野の廃工場跡で停止した。

 履帯は粉々、外装は煤と泥で真っ黒。――だがエンジンはまだ生きていた。

 車内の全員が無言のままハッチを開け、夜明けの冷たい風に顔を晒す。


 ――助かったんだ。


 誰も口にはしなかったが、その実感が胸を満たしていく。


 その時、重い地響きが近づいてきた。

 振り返ると、二体の巨人――、70式戦術義体が歩いてくる。

 装甲の代わりに纏った柔軟樹脂は焦げ付き、人工筋肉はところどころ黒く裂けている。

 それでも彼らは、堂々と人間の仲間の前に立っていた。


「……戦車、無事か」


 通信ではなく、戦術義体の胸部スピーカーから直接声が響いた。

 その声に、戦車長は思わず笑ってしまった。


 ハッチから身を乗り出し、巨人を見上げる。


「お前ら、あんな無茶して……正気か?」


 戦術義体の頭部センサーがわずかに動く。――笑ったように見えた。


 少しして、コックピットハッチが開いた。

 中から現れたのは、汗に濡れた顔の若い兵士――、真野裕晴。彼らが戦術義体ハンガーで笑った相手。


 彼はヘルメットを脱ぎ、荒い息をつきながら言った。


 「俺らも……、これ以上の損害は許されてないから、とりあえずこれで退避だよ。でも――、その前に仲間を置いていけないだろ?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸に込み上げるものがあった。

 兵士の肩を叩いて称えるように、戦車長はただ一言だけ返した。


 「――助けてくれてありがとう――、戦友……」


 その言葉に、戦術義体搭乗者である二人の戦友は、その巨大な僚兵である巨人とともに――、


 ――たしかに微笑んだ。



◆◇◆



●『獅子王の冠』作戦本部『戦術義体に関する分析報告書』

・宛先:最高司令部

・発信元:第五戦区情報局

・分類:極秘/敵新兵器分析

・日付:2070年5月


1. 遭遇概要

 当戦区第五区において、我が軍部隊は敵主力戦車1両の撃破に成功したが、その後現場に投入された未知の人型兵器2機との交戦により、戦術的優位を失い撤退を余儀なくされた。

 この兵器は敵国において「戦術義体」と呼称されている可能性が高い。


2. 外観および構造

・全高:約6メートル

・外装:装甲板ではなく柔軟樹脂素材に類するもので被覆

・頭部:人間の頭蓋骨を模した形状のセンサーユニット

・動作:人間の兵士と同等の四肢運動を完全に再現

・武装:手持ち火器に依存(無反動砲・擲弾発射器・重火器などを使用)

・注目点:外装は装甲らしい硬度を持たないにも関わらず、徹甲弾や小火器に対して驚異的な耐性を示す。弾丸は表面で弾かれ、直撃しても致命的損傷を与えられなかった。


3. 性能評価

・機動性:

 人間の兵士と同様の柔軟な動作。

 跳躍・掴み・登攀などを実施可能。

 都市環境・狭隘地で極めて高い戦闘力を発揮。

・防御力:

 近接爆発(RPG直撃)にも耐える。

 大口径弾・榴弾に対しても部分損傷のみで行動可能。

・兵装依存性

 固有兵器は確認されず、手持ち火器に依存。

 したがって、武器を奪えば火力は低下する可能性あり。

・戦術的行動

 分隊規模の歩兵と連携して行動。

 一体が敵制圧、もう一体が戦車救出という役割分担を確認。

 戦場での判断は即応的かつ統率が取れており、単なる兵器ではなく「兵士」として運用されている。


4. 心理的影響

 前線部隊よりの報告では、「頭蓋の巨人」「人間ではない悪魔」といった表現が多用されている。

 特に、戦車を抱えて移動させる場面を目撃した兵士の士気は著しく低下し、恐慌に陥ったケースが散見された。

 この兵器は単なる戦闘力以上に、敵兵に強烈な心理的圧力を与える効果を持つと推測される。


5. 対抗策(暫定)

・火力集中:

 小火器・携帯火器では効果が限定的。

 戦車砲や対物ライフルの同時射撃で撃破の可能性。

・罠・地雷:

 義体は人間的動作を行うため、移動経路が予測しやすい。地雷原や構造物罠が有効。

・電子戦:

 義体は脳神経リンクによる制御と推定される。妨害電波や強力なEMP兵器が有効となる可能性あり。


6. 結論

 この「戦術義体」は従来の兵器体系に存在しない新概念であり、

 単独では戦車に劣る火力しか持たないが、『歩兵と同じ柔軟性を持ちながら圧倒的な耐久力を備えた“巨大兵士”』として運用されている。

 我が軍としては、対義体戦術の確立が急務である。

 現状のままでは、局地戦において彼らの存在が戦況を大きく左右する恐れがある。


 報告終了。

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