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不思議の扉  作者:        
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4.この森にて

 彼女に一緒に歩こうと提案したことに対し、僕は何らかのためらいがあった。

しかし、共に森の中を歩き進むにつれ、そのためらいの気持ちは薄まっていった。

今では普通に会話を交わしている。

日常的な話であったり、世間話であったりと、その内容は様々だ。

 彼女のコミュニケーション能力は優れている。

沈黙が続かないのである。

僕が黙ったとしても、彼女は間なく次の話題を振る。

それがつまらない内容であっても、彼女と会話をすれば楽しく思えた。

そうやって、僕と彼女は親睦を深めていった。


 彼女の名前はプエルタと言うらしい。

その名前を聞くと、戸惑いこそあったものの、移住民なのかと考察し、留めておいた。

そして、そのことについて深く掘ることなかった。

しかし、その直後、

「『西』で『プエルタ』、それが私」

と彼女が言っていた。

まぁ、意味が分からなかったが。




 森をもう少し歩き進めると、彼女は立ち止まった。

先ほどまでくだらない会話を交わしていたばかりなので、どうしたのかと困惑する。

足が疲れたのだろうか。

それなら、僕も少し思っていたことだ。

休憩を取ろうか。


「あの岩で、休もっか」


 僕は近くにある大きめの岩を指さした。

すると彼女は頷き、その岩へとトボトボと移動した。

やはり、疲れていたのだろうか。

 僕と彼女双方が座り込むと、彼女は塞がっていた口を開いた。


「最近、学校はどう?」


 唐突である。

今までの話題とは打って変わっている。

プライベートそのものだ。


「…どうって、まぁ、僕は不登校だから……

 ……その、行ってないっていうか…」


 なぜ彼女はこのタイミングでこんな話題を振るのだ。

おかげで今の空気は暗い。

それに、彼女も少し黙るようになった。

それが悪いこととは言えないが、何とも言えないのはそうである。


「……人間関係とか、悩んでない?」

「…………」


 これを聞きたかったのだろうか。

それにしても、返答に困る。

しかし、今の僕に一番必要なもの、それは現状の人間関係に対する悩み相談である。

そんな、ピンポイントに僕に必要なことを聞くのはなぜだろうか。

まるで、僕の心を見透かしているかのようである。

しかし、それは不気味ではない。


「実は………」


 僕は口を開いた。

彼女になら、何か話せそうなのだ。

彼女になら、胸の内を打ち明けられそうなのだ。

それに、彼女に話せば何か解決しそうな気がする。

それは、淡い期待感でしかないが。


 僕は、話した。

あの5ヶ月前のことも、優しい仲間がいることも。

悩んでいたあのクラスメイト達との関係性も。

持っているものを次々に吐いていく。

彼女は、僕の悩みの良い捌け口になっていた。


「こんなにクラスメイトのこと考えられる人が、なんで不登校になるんだろうね……」


 悩みを打ち明けるにつれ、僕の心の中の異物は取り除かれていく。

そう、爽快感だ。

とても清々しい気持ちだ。

 彼女の優しさで僕を包み込むような言葉は、効果絶大であり、当然僕の心にも響いていた。

そんな会話をしていくと、


「ところで、優吾君はなんで不登校になったの?」


彼女がそんなことを言ってきた。


 なんで、か。

そう言えば、彼女には今の気持ちや人間関係くらいしか言ってなかったっけ。

5ヶ月前のことを、何度も自分の中で語っていたからか、彼女にも同じようなことをしていた。

いけない、いけない。

僕は過去を思い出す。

なぜ不登校になったのか。

それは、約6カ月前のことであった。

それを、思い出すと同時に彼女に話していく。


「6カ月前のことで―――」


 僕は、回想に入った。





―――――


 何気ない、変わりない日だった。

いつも通り、電車通学の友達と登校してくると、外靴を下駄箱にしまい、上履きを履いて教室へと向かった。


 当時の僕も、今と変わらず暗かった。

しかし、積極性だけはあった。

主に岡井といった特定の者としか話さないのに、授業では人が変わったように挙手を積極に行う。

そして授業が終わり、周りの者から話しかけられてきても、黙って頷く程度しかしない。

なので、周りからは“調子に乗ってる奴”という目で見られていた。


 そんな周りの目を顕示するような出来事が起こったのは、この日の6時間目である。

あれは理科の時間だったか。

先生が話している間に割り込み、授業を遮っていた。


「温暖前線が通過すると、当然気温は高くなる。

 反対に――」

「寒冷前線が通ると気温は低くなるんですよね」

「そうだ中谷。

 また、閉塞前線が通ると――」


 この光景を、クラスメイト達は嫌がっていた。

じゃあ普段から話せよと、内心みんなが思っていたことだろう。

授業の内容に対して発言しているだけなので、遮るとは違うかもしれないが、クラスメイト達はそれ相応の嫌悪感を抱いている。

それを、本人は気づくはずもないが。


 授業の終わりを知らせるチャイムが、教室内に鳴り響く。

この後は掃除の時間なのだが、その準備をしに行く前に、とあるクラスメイトの男子一人が、僕の席へとやってきた。


「お前、出しゃばっててイタいしウザい」


 その男子生徒一人は、その一言だけを吐き捨て、足早にこの場を去った。


 何が、出しゃばっているのだろう。

何が、イタいのだろう。

何が、ウザいのだろう。

 何も理解できなかった。

そして、その理解する時間もないまま、次々に僕の席にクラスメイト達はやってくる。


「中谷、いい加減黙れよ」

「中谷、もういいよ」

「何しに来たんだよ」


 あの男子生徒同様、みんな言葉を吐き捨てるだけ吐き捨てて、この場を去っていく。

それはまるで、僕に対しての罵倒の置き土産のようだった。


 僕はその後、掃除にも行かず、保健室へと向かった。

保健室に入ると、保健室の先生から、

「どうしたの?」

と聞かれた。

だが、

「頭が痛いので少し休ませてください」

と返しておいた。

その後、ベッドに案内されると、そこで横になり、本当はどこも具合が悪くないのに休んだ。

しかし、心の傷は負っていたが。


 ベッドに横になり、保健室の先生が職員室に戻り、一人になると、僕は考えていた。

僕は出しゃばっていただろうか。

確かに、普段の僕は無愛想だ。

しかし、授業ではたくさん発言するしたくさん挙手もする。

それが悪いことなのだろうか。

岡井くらいとしかあまり話さないけど、全く他の生徒との親睦がないかと言われれば、そうではない。

少しばかりだが、女子とも話す。

なので、陰の存在といえばそうであるかもだが、専らそうであるわけではない。

 本題は、授業後に悪口を言われたことについてだ。

何か僕は非難されるようなことをしただろうか。

分からない。

普段通り過ごしていたはずなのに、なぜ。

入学してからほぼずっと貫いてきたスタイルなのに。

今さら非難されるのか。

……怖い、怖い。

 僕はもう一度、クラスメイト達から言われた言葉を思い出す。


「お前、出しゃばっててイタいしウザい」



「中谷、いい加減黙れよ」


「中谷、もういいよ」


「何しに来たんだよ」


 一つ一つ思い出すにつれ、少しずつ心が傷ついていくのが分かる。

何か、大きな悪魔がいるみたいだ。

蛇に睨まれた蛙ではないが、怖さのあまり動けない。

もう、誰とも会いたくない。

そんな気持ちが湧き出てきた。


 ふと時計を見ると、時刻は15:40を過ぎていた。

本来なら、ここからは部活の時間になる。

僕も部活動に参加しているが、今日は休もう。

 起き上がると、持ってきていたカバンを背負い、外に出た。

普通、保健室から出る時は、誰かの先生に連絡をしなければいけない。

しかし、それをもせず、僕は無断で下校した。

駅に着くまでの道中から見えるグラウンドからは、僕への罵声が飛び交っていた。

それも、無視できずにいた。

少し心苦しくなりながらも、家まで帰った。


 家に帰ると、担任の先生から電話がかかってきたっけ。

帰るなら言えと、どれほど指導されただろうか。

しかし、そんなのどうでも良かった。

翌日から僕は学校を休むようになり、岡井からはどうしたのかとのメールが来た。

そして、その1週間後には岡井からの励ましのメッセージを電話して受け取ったっけ。

あまり、覚えていない。


 学校に行こうかと思うことは幾度となくあった。

しかし、その時にはこの日がトラウマとして蘇ってくる。

なので、行こうと思うも行けなかったのだ。

 しかし、この日から1ヶ月後、僕は登校した。

そう、トラウマが少し薄まっていたのだ。

時が流れて薄まっていった記憶が、僕に動く力をくれた。

しかし、そのトラウマに書き加えるかのように、クラスメイト達は僕に対して不安材料を上乗せしてきた。

それが、どれだけ辛かったことか。

思い出そうともしたくない。


 これから5ヶ月、あの日から6カ月経つと今になるが、この日あの日が僕に大きな影響をもたらしているのは変わりない。





―――――


 回想を終えると、僕は独り言を呟いていた。


「……あの日が消えることはないのか…」


 過去は消えない。

そう、回想するにつれて分かった。

過去が今に影響している、その関係性についてもだ。

今に勇気を出せば明日が変わる、未来が変わる。

そんな道理が読み取れた。


「……自分が自分を見直せるのって、すごいね」


 ……これが、すごいことなのか。

過去を思い出して、何かを読み取ることが、すごいことなのか。

……そう言われれば、そうなのかもしれない。

 よく口にする、『人は失敗を重ねて成長する』という言葉に、僕は当てはまっているのだろうか。

仮に、あの日と5ヶ月前の登校日のことを失敗と呼ぶなら、僕は失敗を重ねていることになる。

そして、今それを糧に、要点を読み取って前に進もうとしている。

続けて、これが実れば、成長にもなりうる。

 

 僕は植物だ。

根先の成長点を伸ばして、葉や茎を伸長させる。

そして、一つの立派な花を咲かせる。

今という時には、まだ子葉も咲いていない。

土中に種が植え付けられたばかりだ。

じっくり育たなくてはいけない。


 過去に価値を見出すと、次第に心が晴れ晴れしていくのを感じる。

そして、僕は高らかに宣言した。


「月曜日から、学校に行くよ」


 その言葉を受け取った彼女は、こんなことを言ってきた。


「……あのクラスメイトの人達とはどうするの?」

「そんなの、僕から謝るよ」


 僕は彼女がそう言うと、少し食い気味にこう返した。

 ”良好“でなく“普通”の関係を作るため、必要になってくるのは謝ることだろう。

自分が悪いとは言い切らないが、悪くなくても自分の非を認めるのは大事である。

僕も調子に乗っていたと、そう言いたくはないが、クラスから受け入れられるためには必要不可欠なことだ。

勇気を出すのは、ここだ。

認められるためにも、これだ。


「……随分と、心の整理がついたかな?」


 あぁ、ついたとも。

もう、自信がついた気がする。


「ありがとう、おかげで。

 頑張って和解して、クラスメイトとの仲も普通くらいにして、馴染めるようにするよ。

 勇気、出すね」


 決意の言葉だ。

彼女にも伝わっているだろうか。

……いや、伝わっているか。

伝わっていないのならおかしい。

こんなに悩みを打ち明けて、彼女も僕の感情に移入してきてくれているはず。

それを、僕は確信している。

無論、理由があるわけでもないのだが。


「では、最後に……」


 聞きたいことを聞こうと、僕は口を開けた。

求める答えが返ってくれば、それは僕の原動力となるだろう。


「君がクラスメイトなら、こんな僕を許してくれるかな?」


 答えは分かりきっている。

なのに聞いてしまう。

でも、彼女の口から聞きたかったのだ。


「絶対に、許してあげると思う」


この言葉をだ。


 この言葉が来るのが分かっていたのに、やはり、こう聞くと嬉しいものだ。

何か、独特の安心感がある。

それは、すごい力である。

計り知れない。


 しかし、そう考える僕をよそに、彼女はこう言った。


「……じゃあ、私の役目は全うしたから、帰るね」

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