2.噂
友情の扉、別名は不思議の扉。
その効能は、人間関係を良くしてくれる、というものらしい。
一体、この噂はどこから出たのだろうか。
僕にはそんな疑問が浮かぶ。
扉を探すと一言に言っても、手がかり一つもなく探索するのには無理がある。
かと言って、情報を集めるかと言っても、誰に聞いたのかも分からないし、そもそも学校に行かないといけないし、嫌だ。
どうしようか。
無論、この不思議の扉とやらについて、良く理解しているのは目撃者と情報を集めた岡井だ。
しかし、その目撃者が不透明なので、一番手がかりになりうるのは、必然的に岡井になる。
では、岡井に依頼しようではないか。
僕は、手元のスマホに手を伸ばす。
パスワードを打ち込み、ホーム画面に行き、真っ先にメッセージアプリを開く。
開くと、岡井のメールアドレス宛にメールを作成する。
どう書こうか、どんなことを依頼すればいいか、それは迷った。
しかし、最終的にはこんなメッセージを作成した。
「岡井、お願いがある。
あの不思議の扉とやらについて、目撃者の体験談や証言とか、もっと聞き出してほしい。
あと、学校から少し歩いたところにある森というのは理解できたけど、具体的にはその森の深部なのか、はたまた浅部なのか、場所も聞き出してほしい。
お願いします」
内容を確認し、メッセージを送信する。
その直後、岡井が既読したのか、アプリ上で了解のリアクションが送られてきた。
承諾が完了したということだ。
友人への依頼が完了し、少し安堵したところで、僕は近くのベッドに飛び込む。
今は夕方。
今日はずっと家にいて、本当に何もしていないはずなのに、なんだか疲れた。
…眠気が……来る……。
僕はそうして、眠りに入った。
浅い浅い、眠りだったが。
―――――
ある日の8:10。
電車通学である岡井は、駅から学校に歩いてき、そのまま校舎の中に入っていく。
その時、岡井は何やら考えていた。
(さて、やりますか)
昨日、中谷からメッセージが久しぶりに送信されてきた。
要約すると、「不思議の扉についてもっと調べてくれ」とのことだ。
そう、5ヶ月前に送った、あのメッセージについてのことである。
しかし、もっと調べてくれみたいに言うけど、あれでも割と頑張ったほうだけどな。
そう思いながらも、中谷のためだと前を向く。
俺が情報を聞いたのは5人。
こんなこともあろうかと、話を聞いた5人の一覧を手帳に書いておいた。
手帳にはこう書かれている。
【不思議の扉の目撃者一覧(話を聞いた順)】
・1年の水野(男)
・2年の吉田(女)
・1年の菅野(女)
・3年の山口(男)
・1年の佐藤(男)
それを見ると、聞いた当時のことを思い出す。
たしか、俺が知っている目撃者は1年の水野しかいなかったから、最初は水野に聞いたんだっけ。
そこから、「ほかに知っている人いない?」と聞いていき、1年の佐藤が「もういない」と言って終わったんだ。
でも、それぞれどんな事を言ったのかは忘れた。
手帳の1ページにメモしているだけで、目撃証言を書いている位置はバラバラなので、誰が何を言ったかすらあまり……。
しかし、前回何を言ったかなど、今はあまり関係ない。
中谷が求めるのは、不思議の扉のさらなる調査だ。
どこにあるかや、目撃者はどんなことを語るのかなどをもっと詳しく聞きたいのであろう。
そうなれば、俺のやることは限られてくる。
そう、もう一度その5人に、話を聞きに行くことだ。
そうとなれば。
(よし、聞きに行こう)
俺はさらなる情報収集のため、まずは1年の水野から話を聞きに行くことにした。
1時間目の授業が終わると、教室にいるクラスメイト達は片付けを始める。
そんな中、岡井ただ一人は片付けもせず、手帳を片手に真っ先に1年生教室に向かっていた。
1年生教室の目の前まで来ると、1年生達がずらずらと移動していくのが見えた。
持ち歩いている教材や進行方向を見るに、おそらく次の時間は音楽の授業をするのだろう。
なので、今は音楽室への移動ということになる。
すると、教材を持ち歩き、友人と雑談を交わしながら移動する水野の姿が見えた。
それを見ると、俺は水野に食いつくように近づいていき、話しかけた。
「水野、ちょっと時間いいか?」
「え、別に……良いですよ…」
水野はそう反応すると、一歩下がり、他の生徒の進行の邪魔にならない場所へと移動した。
また、水野と話していた友人は、こちらを向きながらスタスタと歩いていき、そのまま音楽室へと向かっていった。
少しばかり、悪いことをしてしまったな。
「水野、お前を呼んだのは他でもない。
以前聞いた、友情の扉、不思議の扉とやらについてもう一度聞きに来たんだ。
それは、同級生のとある人からの依頼を受けてだ。
協力、してくれるか?」
「…い、いいですよ……」
水野は迷いなくそう言った。
その迷いなさに困惑するが、協力してくれることに感謝を覚える。
友達と話したいからとか、次は音楽室に行かないといけないのでとか、そういう迷いはなかったのだろうか。
「ありがとう水野。
では、今から質問していくから、それに答えていってくれ。
いいな?」
そう言うと、水野は首を縦に振り、分かったということを体で表現してくれた。
「まず、あの扉ってのはどこにあった?」
5人に聞くべきは、主に2つだ。
1つ目、扉の場所について。
2つ目、自身の体験したことについて。
他に聞くとするならば、扉の特徴とかだろうか。
中谷は要求していなかったが、必要そうなので一応聞き出しておくか。
「扉は……森…にありました。
ちょっと歩いたところにある、あの」
「………
………ごめん、それ以外に分かる情報はないか?」
あの森にあることは分かっている。
中谷は、森の中のどこにあるのかを知りたいのだ。
これだけの情報量のみでは、少なすぎる。
「……うぅん、あんまり覚えてない」
やはり、以前も聞いた通り、扉に入った時の記憶は忘れているのだろうか。
本人が覚えていないのなら、仕方ないか。
深く掘るのはやめておこう。
「分かった、じゃあ次の質問をする。
水野の体験談について聞かせてくれ。
なぜ扉を探そうと思ったかとか、扉に入ったからこんな事が起こりましたとか」
この不思議の扉は、あくまでも友情の扉である。
人間関係に悩む者が、扉に訪れるのだ。
もし、訪れようとした理由が中谷と似ているなら、より中谷も身近に感じられると思う。
なので、こう聞くことは大切なのだ。
「えと、僕が中学校に入って、新しいクラスメイトと馴染めないでいる頃、同じ小学校から入学してきた友達が新しいクラスメイトと話していく姿を見て……
……それが羨ましく感じたんです」
この学校に入学してくるのは、主に近くに中学校のない他地域の小学校と、この中学校と立地が近い小学校の2校の生徒達だ。
そこで、入学した水野は、同じ小学校出身の友人がその他地域の小学校出身の者と話している姿を見て、羨ましく感じたのだろう。
自分の場合は隔たりなく同級生となった者達と話していたため、そのような悩みを抱えたことはない。
しかし、自分のクラスにもそういう同級生はいた気がする。
中谷も、そうだったっけか。
似た境遇といえば、そうなのかもしれない。
水野は続けて話す。
「そこで、聞いたんです。
人間関係に悩める人が訪れる扉が、あの森にあるって。
だから、それを聞いた翌日、学校へ登校する時にいつもより早い時間に家を出て、森へと向かいました」
水野が行ったのは朝か。
登校する時間で、早い時間に家を出たってなると……
……推測すれば7:30くらいになる。
時間帯も関係あるのだろうか。
「森へと行くと……
……って言うか、森に入った頃からですかね、記憶がないのは。
思い出せそうなのに、まるでその記憶だけ消されたような感じです。
なので、扉の形やどんなことが起こったのかは覚えていないです。
でも、その後に登校したら、まるで別人になったかのように友達が増えました。
役に立たないことばかりですけど、すいません」
「そんなことないよ、協力ありがとう」
俺は水野の言ったことを、持ってきた手帳にメモしていく。
しかし、書いている内容に対し、違和感を覚える。
違和の根源は、水野のセリフにある。
水野は、
「でも、その後に登校したら――」
と言った。
しかし、森に入ったのを、最低でも7:30と仮定しても、森から出ないといけない時間は8:00くらいになる。
なぜなら、この学校は8:05までに来ないと遅刻扱いになるからだ(森から学校まで、最低でも5分かはかかるため、森からは8:00には出ないといけないことになる)。
そして、水野は一度も遅刻をしていない。
その証拠に、皆勤賞を受賞していたことが挙げられる。
そのため、森にいた時間は最大でも30分ということになる。
しかし、できるだろうか。
どこにあるのかも分からない扉を見つけることを、30分で。
あの森は広いので、深部を探さないとしても、十分に広い浅部をくまなく探す必要がある。
それを、30分でできるとは、やっぱり思わない。
俺は悩む。
目の前に無言の水野がおり、お互い沈黙を貫いているが、それを打ち破くかのように、水野が口を開いた。
「そういえば……思い出したことがあります。
たしか、森に入る前に、近くにある時計を見ると7:33でした。
でも、森を出てからもう一度時計を見てみても、7:33でした」
(…………)
俺も俺とで、思い出したことがある。
それは、中谷と交わした5ヶ月前のメッセージ内容だ。
「―――その扉に入ると、時は止まり、何かの時間が過ぎる―――」
と、確かに綴っていたはず。
それ以外に書いたことは忘れてなかったのに、これだけ忘れるのはなぜだろうか。
俺は、肝心なところが抜けているんだな。
「そうだったそうだった。
そんなことも言っていたよな。
ありがとう、以上だ。
授業には遅れないように」
「どういたしまして。
では」
水野は、授業に遅れぬよう、小走りでこの場を去っていった。
それに同様、俺も授業に遅れぬよう、教室に向かって小走りで進んでいった。
水野から今回得た情報は、特に新しい内容でもなかった。
しかし、改めて扉について知れる機会になった。
その点では、良かったのかと思う。
あと、4人。
さらなる情報を求め、行こう。
俺はそう考えながら、教室に戻ると、自席に着き、次の時間の教科書を用意し始めた。
あれから、あと4人の話を聞いた。
それぞれ、2時間目終わりの休み時間、3時間目終わりの休み時間、昼休み、5時間目終わりの休み時間だ。
しかし……残念ながらあまり進歩ある情報は得られず。
一応、手帳に内容をメモしたが、それで何かが格段に変わることはないだろう。
俺は、そう思いつつも手帳のメモ欄を開く。
そこを見て、聞いた時の記憶を引き出してくる。
2年女子、吉田さんとの会話の一部。
「扉ってどんなのか分かる?
中谷が興味持っててさ…」
「へぇ、中谷君が……
まぁ最近大変そうだもんね。
まぁ、私から言えるのは、扉の形も森のどこにもあったのかも覚えてないっことかな。
ただ、人間関係は良好になったから、中谷君も行ってみたらいいかもね」
1年女子、菅野さんとの会話の一部。
「なんで、扉に行こうとしたの?」
「……私は、中学校に入ると、孤独感を感じていたんですけど、それを改善するために扉へ出向きました。
森にあるとのことだったので、行ってみたのですが……
……そこで何が起こったのかや、どこに扉があったのかなどは覚えていません」
3年男子、山口先輩との会話の一部。
「質問失礼します。
扉の噂は、誰から聞いたのでしょうか」
「…んー、1年の水野からだな。
でも、水野はお母さんから聞いたなんて言ってたし、親に聞いた人もいるんじゃないか?」
1年男子、佐藤君との会話の一部。
「扉に訪れたのはいつなの?」
「えと……その………確か、中学校に入学してすぐの土日に行きましたね……。
でも、森に入る時間と出た時間に差がなくて、驚いたのは覚えています」
………全部、似たような情報だ。
強いて言うなら、山口先輩が噂の出どころを教えてくれたことくらいが進歩か。
でも正直、経験者がいるから噂の出どころなんて探らなくても良い。
言ってしまえば、あんまりいらない。
……さて、中谷になんて伝えようか。
進歩が得られなかったと正直に言うのが道理だろうか。
……参考にならないかもだが、できることはやった。
その成果を、正直に報告するだけだ。
俺は、家に帰るとすぐ、中谷へのメッセージを作成し始めた。




