1.不登校
この現代において、不登校の生徒の数は増えてきている。
それも、大幅に。
その原因には、学業の多様化やイジメなどによって精神的苦痛を受けることなどが挙げられる。
不登校自体、悪いことではないものの、教育者からは嘆きの声も見られる。
悲惨ではないが、何とも言えない状況なのだ。
そんな不登校の生徒の一人である、中学2年生の中谷優吾は、校内での人間関係に悩んでいる。
そのことから、不登校になったのだ。
家ではゲームばかりしているが、最低限度の学習はしているそう。
しかし、一人さみしく学習することを続けるにつれ、だんだんと嫌悪感を覚えるようになったらしい。
その度に、こう思うのだ。
(友達と……もっと喋りたいな…)
では、学校に行けと思うかもしれない。
しかし、できないのだ。
あの日があってからは。
きっと、あの日がトラウマなのだろう。
きっと、怖いのだろう、また嫌われるのが。
だから、無理して雑に動きたくないのだろう。
自らで自らの傷を掘り返すようなことはしない。
(いつか、関係なんて良くなるよね…)
そう考えて、ただ1日を過ごすだけの日々が、もう半年も続いていた。
―――――
僕が校内の玄関に入ると、周りにいた生徒達はまるで珍しい物を見るかのような視線を向けてくる。
その視線は、どこか冷たいように感じる。
一言で表すなら、冷徹だ。
しかし、どこかで僕を蔑んでいるように感じる。
なぜ見下してくるのか、それの理由は明らかで、僕も分かっている。
それは、僕が不登校だからだ。
「……ねぇ、あの中谷先輩、一ヶ月くらい学校休んでたのに、今さら来るってなんでだろうね」
「…ちょ、本人に聞こえたらどうすんの……」
周りの女子2人がボソボソと呟きながら話をしている。
先輩呼びということは、1年の生徒だろう。
それに、本人に聞こえたら――なんて言っていたが、話は聞こえている。
確かに、僕は学校を休んだ。
それも、一ヶ月も。
普通に学業を受けている身からすれば、軽蔑の目で見ることは当たり前だろう。
きっと、
「自分達が授業受けてる間に何してるの?」
とか思ってるはず。
…まぁ、言われても仕方ない仕方ない……。
そう考えながら、下駄箱に外靴を戻し、入っていた上履きを履く。
久しぶりだからか、上履きを履くと懐かしい感じがした。
そのまま、僕は教室に向かおうとする。
すると、キンコンカンコーンというチャイムが鳴り、周りにいた生徒達は急いで教室へと帰っていった。
また、そのチャイムが鳴ったからか、すぐ近くの職員室からも先生達が走って出てきた。
次は授業なのだろう。
今は10:40。
3時間目が始まる時間だ。
そう考えていると、一人の先生が僕に話しかけてきた。
「おっ、久しぶりだな中谷。
学校来る気になったのか。
お前が来てくれて、みんな嬉しいんじゃないか?」
話しかけて来きたのは、体育教師の松井先生だ。
会うのが久しぶりなのにも関わらず、困惑一つせずに僕に話しかけてきてくれたのは光栄だ。
それは、教師にとって当たり前の行動なのかもしれないが。
僕は松井先生に感謝しつつ、心の中で、
「僕が来ても誰も喜ばないですよ…」
と言った。
「わざわざありがとうございます。
少しばかり、学校に来てみようと思いまして……」
「あぁ、そうか。
それより、学校にいるのはどれくらいだ?
今から授業に参加するか?
それは、中谷の自由だけど」
「そ、そうですね……」
松井先生が聞いているのは、「いつまでいるか」ということか。
そんなもの、考えてもいない。
気が向いた時間に帰るだけ、という感じだが……。
僕は返答に困る。
理由を言えば、教師の前で「気が向いたら帰る」なんて言えないからだ。
そんな、遊びに行っている学生みたいなノリでは言えない。
かと言って、これという言い訳やその場しのぎの言葉は思いつかない。
「…………」
沈黙が少し続く。
松井先生は30代前半で比較的若く、話しやすい先生なので通常、こんなことは起こるはずがない。
他の生徒だって、僕以外はそうだろう。
すると、その沈黙を破るかのように、松井先生は話し始めた。
「まぁ中谷。
お前が不登校なのは知っている。
だからあまり深いことは聞かないようにするよ。
なんか、聞きづらい質問して悪かったな」
そう言い残して、松井先生は職員室に帰っていく。
僕に、こんな会話もまともにできない僕に、きっと呆れたのだろう。
そう悟ると、僕も教室へと向かって歩き始めた。
時間はすっかり授業中なので、生徒や先生には会わない。
しかし、用務の人とは会ってしまう。
ところが、僕の顔や存在すらうっすらとしかないのだろう、「こんにちは」と言われるだけで何も起こらなかった。
僕の歩く速さは、教室が近づくにつれて遅くなっていく。
それは、なぜだか分からない。
この学校はコンビニ一つも近くにないド田舎に建てられている。
電車通学の人は1時間に一本の電車に乗り、家が近い人は徒歩や自転車で、電車が通っていない人はバスで通学してくる。
全校生徒も100人弱と少なく、顔か名前くらいなら全校生徒を覚えられる程だ。
また、一学年30人程なので一クラスしかない。
なので、1年生教室、2年生教室、3年生教室というものしかない。
一クラスしかなければ、僕の存在は目立つ。
それが、より居づらくなる原因なのかもしれない。
僕は、教室に来るまでの廊下に来た。
教室は目の前だ。
……今は国語の時間だろうか。
教科書の内容を音読しているような声が、僕の耳に入ってきている。
国語の先生の声も、ちゃんと聞こえてくる。
少し、入りづらいな。
授業中に登校してきて、さらに授業中の教室に入るのはどうなのだろう。
そう考えながら、教室のドアについているガラスが見えるところまで移動し、中を覗く。
すると、前の席の男子と目が合った。
(……!)
僕は少しドキッとする。
すると、目が合った男子が僕の方を指差し、教室内の生徒が一斉に僕の方を向き、存在を目で認識した。
そして、教室内から何か聞こえてきた。
「中谷!
早く教室入れよ!」
そう言われるままに、歩みを進めてドアを開ける。
そのまま自席に着くと、何食わぬ様子で授業は再開した。
再開した後の授業に、ペアワークなどはなく、先生の言う事をただ単に聞いているだけだった。
いわば、“つまらない時間”だ。
そのつまらない時間を過ごす間に、クラスメイトから多数の視線を受けた。
その大半は、僕のことを見下す視線だったのだろう。
ほら言った、僕が来ても誰も喜ばない。
国語の授業が終わると、みんな教科書などの片付けは後回しに、真っ先に僕の席へと向かってきた。
「おい中谷、久しぶりに来たと思ったら授業中かよ〜
まぁ来ただけ評価してやるよ」
「何しに来たんだよ」
「授業、ついていけるのか?」
「よぉ、不登校さん」
クラスメイトから浴びせられる、祝福の1ミリも感じられない声。
これに当然、話しかけてきて嬉しいなんて思うことはなく、僕はこの時間をやり過ごす。
ひたすら耐える時間が続いたが、休み時間が終わりに近づくと、僕の席から人はどんどん減っていった。
次の時間は美術で、移動教室であるためだ。
なので、クラスメイト達は美術室へと向かっている。
「おい中谷、次の時間も昼からも授業来いよ。
なんで今日来たのか聞き出してやる」
教室からの去り際に、一人の男子生徒からそんな声が聞こえてきた。
要は、イジメの忠告だろう。
直接的に言わなくても分かる。
そんなことを言われるなら…。
(学校なんて、もう絶対に来ない)
教室に誰もいないことを確認すると、すぐにカバンに荷物を詰め、玄関に向かう。
その道中では、誰とも会わなかった。
そして、そのまま最寄り駅へと向かい、ガラ空きの車内へ乗り込んでいき、自宅へと帰るのだった。
―――――
あの登校日から、5ヶ月ほど経った。
言うまでもなく、あれから学校には行っていない。
なので、あれから今に至るまでほぼ家にいる。
あんなに居づらい場所に、誰が行くもんだ。
優吾はそう言うが、あの登校日にて、通常下校が終わり、みんなが帰宅した頃に、一通のメッセージが届いていた。
送り主は、小学校からの友人で同級生、岡井大生だ。
そのメッセージの存在を思い出したのか、胸ポケットに入れていたスマホを取り出した。
僕は岡井とのメッセージのやりとりをアプリから探し出す。
言っても、5ヶ月前のやりとりなので、割と遡らないといけない。
スマホに力強く指で高速スワイプする力を加えると、ピタッと止めたところにそのやりとりがあった。
中身を見てみると。
「今日は学校に来てびっくりしたよ。
もちろん、悪い意味じゃなくてさ」
その後に、自分はこう綴っている。
「びっくりしたよね、ごめんね笑
でも、もう学校には来ないかな…」
この時に友人に自らの心境を語っていたのかと驚きつつ、本音で語り合える仲間がいることに安心感を覚える。
そして、続けてそのやりとりを見ていく。
「学校に来ないって……マジ?
まぁ無理に来いよとか言えないけどさ…」
「今日、席に着いたらめっちゃ話しかけられたじゃん?
あれがちょっときついかなぁって」
「あー、ねー」
岡井も、反応に困っているのだろうか。
言葉に詰まった末、どうとでもなるような文章を送っている。
無論、岡井に僕の相談に乗ってくれる義理はないのだが。
友人だからとかで、良い反応を求めるのは違う。
そう思いながら、スワイプしてやりとりを見ていく。
しかし、次の文章を読むと違和を覚えた。
「でもさ、中谷のことを待ってる人もいるよ?
俺も待ってるし、なんなら男子の一部も。
冷たい目を向ける奴はほっといて、俺らのところへ来いよ」
(…………)
……本当に、しっくりこない。
僕を待つ人がいる?
そんなわけない。
あんなに言ってくる人がいるのに。
これを読んだ時、僕はこう反応している。
「証拠もないこと、言わないで。
分かっているよ、ウソって」
今だから思う。
この反応の仕方はダメだ。
たとえウソだと感じても、友人の励ましの一部なのだ。
それを否定しては、また人間関係が崩れかねない。
それを、なぜ気づけないのだ。
その後、岡井は一通の動画を送信していた。
気になったので、再生してみた。
「よぉ中谷。
元気か?」
撮影場所は近くの公園だろうか。
遠くには野球をしている者たちが見受けられる。
声の主は、同級生の涌井貫太だ。
彼はとても明るいことで有名で、クラスの人気者だ。
普段からクラスを盛り上げてくれてたっけ。
そんな貫太が、なんで僕に向けて動画なんか…。
「お前、不登校だけど、今日学校に来たよな。
良い進歩だと思う。
俺はお前のこと割と好きだし、学校来たら相手してやるよ。
ほんじゃ」
そうして動画は終わった。
10秒ほどの動画だったが、響くものがあった気がする。
彼が動画を撮ってくれたのは、岡井同様に僕への励ましのためだろう。
そうされると、何だか照れる。
頬が少し赤らむと同時に、僕の胸が熱くなるのを感じる。
良い仲間もいるものだ。
それを感じ取ると、僕の頭の中にはこんなことが浮かんでた。
(友達と……もっと喋りたいな…)
もっと、馴染みたい。
もっと、話したい。
そんな思いが連なる。
しかし、そのためには課題もある。
あのクラスメイト達との関係修復だ。
それが不安材料として残り続ける限り、僕が学校へ行った際に安心感は生まれない。
どうしようか。
(いつか、関係なんて良くなるよね…)
そう思っていたら、いつまでも解決しない。
そんなこと、分かっている。
だが、正解なんて分からないのだ。
未知数過ぎる、この問題は。
僕は頭を悩ませる。
部屋の隅々を見渡し、思考を張り巡らせようとする。
すると、手元のスマホに気になるものを見た。
あのやりとりの続きの、岡井からのメッセージだ。
「中谷、校内で噂の『友情の扉』ってものについて調べてきたぞ。
今のお前に役立つかもしれねぇ。
説明文送るから、ちょっと待ってろ」
友情の扉。
聞いたことあるような、ないような。
噂話で、気にもかけなかった。
どんなものなのだろう。
下に書いてある、おそらく岡井が自ら情報収集してきてまとめたであろう文を読んでみる。
「『友情の扉(別名:不思議の扉)』
人間関係に困った者が訪れる扉らしい。
中学校を出て、少し歩いたところにある森に、それはあったそう(目撃者数名)。
その扉に入ると、時は止まり、何かの時間が過ぎる。
詳しい内容は、覚えていないらしい。
まるで、その時間だけ忘れさせられたような感じらしい。
その後日、格段に人間関係は改善されたそう」
友情の扉、不思議の扉、か。
それを見た目撃者がいるのか。
数名いるなら、デマじゃなさそうだ。
説明文が本当なのか分からないが、人間関係に困ってる僕にうってつけって訳ね。
あのクラスメイトとの関係修復。
それができるなら、クラスにまた馴染める可能性が上がる。
そのためには、あの不思議の扉とやらを探す必要がありそうだ。
それに、迷いなんて必要ない。
即決だ。
「……扉を、探そう」




