初めまして学園都市
ノリと勢い
目を開けると、そこにはこちらを覗き込む美少女の顔があった。
「あ、起きた」
ハーフツインでまとめた灰色の髪を風にたなびかせながら目の前の少女はそう言った。
こちらをまじまじと、興味深そうな顔で見つめてくる彼女にこちらもまた眠気まなこで見つめ返す。
「こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ。暖かくなってきたって言ってもまだ4月だよ?」
そう言われてしまっては起きるしかない。未だ眠い目を擦り体を起こし、そうして目の前の少女に再度目を向けた。
軍服のようなコートを肩にかけるように羽織った少女。
身長は女子にしては少し高い、160くらいだろうか。
肌は色白く華奢な肉体。だが、出るとこは出て、締まるとこは締まっている健康的なスタイル。
こりゃモテるね。そうに違いない。
「目が覚めたら美少女が目の前とか天国か?なるほど、俺は昼寝していたらいつの間にかあの世に旅立っていたらしい」
「え?死んじゃった?……え!?じゃあ私も死んでるのかな!?」
そう言って頬を抓る目の前の美少女。
いひゃい…、なんて言って頬を抓る手を離した。
「死んでないっぽいよ…?」
「なるほど、死んでないのか」
「うん……」
死んでなかったのか。ならばこの状況はなんだ?
公園のベンチで昼寝をしていたら目の前に美少女が現れた。
……ふっ、なるほどな完璧に理解したぜ。
「……一目惚れされちゃったかー」
ヤングでナウいクールなルッキングガイな俺だ。寝顔を見てトゥンクしたのだろう。全くしょうがないヤツめ。
「……?それは無いよ?」
「……そんなはっきり言われると傷ついちゃうなぁ」
首を傾げつつ否定された。
なんてこった。俺の勘違いだったか。だが残念だったな。俺はもうアンタに惚れちまったぜ…。
「そんなことより、ここで何してたの?"この地区"の学生くんだよね?もう学校始まってるよ?……あ、もしかして不良って奴だった?」
「いや、不良には憧れるけど俺は優等生なんだよね。今日からここに編入してきて約束の時間まで時間余ってたから優雅なお昼寝タイムに勤しんでいたわけ」
まあ、昼寝と言うにはまだ早い時間ではあるが。
「へぇ、編入生なんだ。 珍しいね。中等部からいるのが普通だから新鮮だなあ」
「……惚れた?」
「ううん、それは無いよ」
ちくしょう。編入生というアドバンテージを持ってしても墜ちないとは、なかなかやりよる美少女さんだ。
……にしたってそんなはっきりと否定されるとショックだよ。これでも心はガラスなんだぞ。いや豆腐かもしれん。
「それで?名前はなんて言うの?」
「佐藤太楼。今日から"この都市"の学生になったお祭りハッピーボーイさ。気軽にゴンザレスって呼んで」
「うわぁ、面白い自己紹介だね!よろしくねタロー!」
流石だな。流石この都市に住むものだ。
ここまでスルースキルが高いとは。この美少女、やりおるな。
「よぅし、じゃあ私も…!ゴホン!私の名は生天目夕姫というものだ!この都市に住む……えーと、ぱ、パラダイスシンデレラ…?ガール……的なやつ!……だっ!」
なん…だと…!?
こいつ、俺の自己紹介に合わせてきただと…!?
つ、強い…!強すぎる…!くっ…!完敗だ…!
これがこの都市のレベルか。流石だぜ。
「流石だ。俺の負けだ」
ほほ笑みを浮かべて手を差し出す。
それに対してキョトン顔の美少女、改め生天目。
そんな顔も絵になるなんて、美少女っていいなぁ。俺も美少女に生まれたかった。
「え?ありがとう…?」
そう言って差し出した手を握ってくれる生天目。
「名を聞かせてもらえるかな?」
「え、えーと?さっき言ったよね…?生天目夕姫……です」
「そうかよろしくな、ゴンザレス」
「あれ!?ゴンザレスって君の事じゃないの!?」
またもや叫ぶ彼女。全く元気な娘だねぇ。
そんなところも可愛いね。
「それで?生天目はこんなとこで何してんの?」
「えっとね、こっちに少し用事があって……用事は終わったからあとは帰るだけなんだけど、その時君を見つけてさ」
「なるほど、その瞬間俺に惚れたわけだ」
「ううん、惚れてないよ?」
三度の否定。泣きたくなってくるね。
でも俺はめげない、だって俺は強い子だから。
……彼女欲しいなあ。
「それで?約束の時間は何時なの?」
「えっとねー、10時だね」
「そっかぁー。で、今何時かな?」
「11時半だね」
「「…………」」
両者無言。
正しく時を止められたような、そんな錯覚をするほどの静寂。
さてと──
「よっしゃ、どっか遊びに行かね?」
「私知ってる!"げんじつとーひ"ってやつだ!」
……そんなはっきり言わないでよ。
◇
──この世界には俗に言う"異能"が溢れていた。
どこから発生したのか。何が要因でそうなったのか。もしかしたら人間の新たな進化によって生まれた力なのか?それらについては未だに明確には明かされていない。
ただ気がついた時には当然のように"そこ"にある。そんな世界が出来上がっていた。
だが、異能によって世の中は急速に発展した。
時にスポーツに、時に仕事に。そして……時には犯罪にも使われるように。
そんな異能の世界。
その最先端を行くのがこの都市、日本近くの太平洋に浮かぶ人工島、水上都市"アハト"。
基本8つの区域に別れ、その地区ごとに学園がひとつずつ存在している。
島の中心は市街地。そこから蜘蛛の巣状に広がる地形。島を囲むように設置された学園。
そこに通う少年少女たちは日夜異能に関して研究、そして、異能を用いて学生同士でぶつかり合う青春を送っている。
「「………」」
既に時計の針は昼の12時を回っている。
あれから生天目と別れた俺は目的の校舎のとある一室へと来ていた。
急いで行こうとは思っていたが足が思うように進んでくれなくてここに来るのに思ったより時間がかかってしまった。
こんな時に俺の足がきかん坊になってしまうとはな。悪い子だね。
さて、この一室。
人目で豪勢な造りの場所。重厚なカーペットに、シミや汚れがひとつもない壁や天井。
吊り下げられたシャンデリア、フカフカそうなソファ、そこら辺の店には置いてないだろう机。
そんな部屋の奥。一際作りが豪華な机に手を置き、玉座と見間違えそうな椅子に腰かけた1人の少女が目が笑ってない笑顔で目の前に鎮座していた。
目が怖いね。ありゃ目を合わせたら石にされちゃうね。俺には分かる。
桃色の髪を1つ結びにし、肩にかけ前へと垂らした物腰柔らかそうな美少女。
しかし、背後から鬼や般若の顔が見えそうな雰囲気を纏っている。
「……まず、何か言うことがあるんじゃない?」
ふむ、怒ってらっしゃるねこれ。
となると言葉を選ばねば俺の首が飛ぶ。そう錯覚させるほどの殺気。
ここは慎重に、まずは相手の気分を良くしなければ。
「お綺麗ですね。彼氏はいますか?」
「あらありがとう。でもこの場では圧倒的不正解ね」
なにぃ!?
くそ…!褒めてもダメか。ならば金銀財宝を献上する他ないか…!?
更に圧が増した殺気。
「2時間程の遅刻、それについて申し開きはあるかしら?」
「実は通学路でゴリラに襲われちゃって…」
「へぇ、そうなの……あなたは夕姫さんをゴリラだと思っていたのね」
「あれぇ…?」
生天目のことを言ったか?いいや言っていない(反語)
ならば目の前の美少女の"異能"によるものなのか。そんなことを思っていると暗いほほ笑みを浮かべながら目の前の彼女は言葉を続けた。
「直接連絡があったのよね。今日、編入する生徒と会った旨の連絡が。あなたベンチで昼寝をしていたそうじゃない」
「あの美少女め。まさかスパイだったとは」
「…………」
なんてことだ。
まさか学園からの刺客だったか。仲良くなれそうだと思ったのに、もはや敵だ。今度会ったらにゃんにゃんしてやる。
「はぁ……もういいわ。本当は10時に集合、校内を歩きながら大まかに学校の設備について説明しようと思ってたけど……そこはもう省きます」
ため息を吐かれた。
おいおいため息を吐いちゃったら幸せが逃げてっちまうんだぜ☆
「さて、まずはこちらを」
「……カード?」
手渡された1枚のカード。
受け取り見てみると自分の顔写真と最低限のプロフィールが書かれたもの。
……ふむ、さすが俺。カッチョイイぜ。
イケメンだ……イケメンと言ったらイケメンなんだ。
「学生証よ。無くしても再発行はできるけど……あまり無くさないようにね」
「あいあいさー」
無くさないようにって言われたら大切に保管しとかないとね。
とりあえず……入れ物がないな。ポケットに突っ込んどけ。
「では……佐藤太楼さん。ようこそ"天ノ原学園"へ。私たちはあなたを歓迎します」
「ああ、どうも。歓迎されます」
「まずは1つ、あなたに質問するわね。あなたはここに何を成すために来たの?」
……あれ?俺面接されてる?
もう学園の生徒になったのに?まだなんか試験とかあんの?こりゃたまげたなあ。
にしても何を成す、何がしたいか、ねえ。
そんなの──
「──楽しそうだったから」
「……それだけ?」
「それだけって……楽しそうってのもちゃんとした理由だと思いますけどねぇ。めんどくさいことは考えたくない、自分はいつだってやりたいようにやりたいことをやるだけなんで」
「…………」
視線が交わり異様な空気が張り詰める。
鋭い視線がこちらを射抜き、それに多少の警戒が芽生える。
一触即発……今まさに戦闘が始まりそうな空気感。そんな中、目の前の彼女は、安堵したように気の抜けたように息を吐き出した。
「ふぅ……なんというか、あなたの事がだいぶ理解出来たわ。なんとも自由な人なのね」
「あ、それよくみんなに言われてた」
「でしょうね。何せ初日に2時間遅刻してくる不良だもの」
「不良とは失礼な。俺は"優等生の鈴木くんと高橋くんに挟まれてる席の人"なんて呼ばれてたこともある佐藤くんだぞ」
「……それ鈴木くんと高橋くんが優等生なだけであなたは何も関係ないでしょう」
ばっかでぃ。
優等生の2人に挟まれる日常を送っていたんだぞ。これがオセロだったら自動的に俺も優等生にジョブチェンジするんだよ。
……は!だが待て。今の俺のサイドには鈴木くんと高橋くんはいない。つまり今の俺は優等生じゃない…!?
衝撃の事実に気づいてしまったな。
「……あなた変なこと考えてるでしょう?」
「え?いやそんな。とりあえず苗字を鈴木か高橋に変えなきゃとは思ったけど」
「変えてもあなたは優等生にはなれないわよ」
「えー、じゃあもう佐藤でいいや」
やはり佐藤。佐藤が1番落ち着くね。
なんなら名前の方を高橋か鈴木に改名するか。
佐藤高橋か佐藤鈴木か……いや、やっぱ太楼だな。佐藤太楼なんてありきたりすぎて逆に珍しいフルネーム。更に太楼の"ろう"の字が"郎"じゃなくて"楼"なのもポイントだ。
つまり何が言いたいか。俺はこの名前を気に入っている。
「さて、次に私ね。私はユーリ。"ユーリ・アリケディア"。この学園の生徒会長をしてるわ。以後よろしく」
「なるほど、ゴンザレスと呼ぶことにするね」
「……私、1発くらいあなたを殴ってもいいと思うの」
ひえぇ、怖いめぅ。
何あの目。石どころじゃないよ。睨めばそれだけで人殺せるよ。
「はぁ……とりあえず、学生証も渡したし最低限のことは終わったわ。学校の設備等のことはもう生活をしながら覚えてちょうだい。いいわね」
「えー、そんな無責に──」
「いいわね?」
「へい!ボス!」
ビシッと敬礼。
別に圧に屈した訳じゃない。じゃないったらじゃないんだい!
「あなたのクラスは1年の4組になるわ。職員室に行って担任のエイダン先生の元へ向かってちょうだい。そのまま午後からは教室へ」
「おっけぃ!」
さて、話も終わった。
さっさとここを出よ。あの人怖いよ。なんだろ、強者としての怖さというより精神的な怖さがある。
このままここにいたら侵食される。一刻もはやく待避だ。
「んじゃ失礼。またねー」
「はいはい、またね」
ドアを開け廊下へ。さて、職員室か。
……何階のどこだろ。
ブクマしてくれたら嬉しいな