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1-2(ゼロアワー)

 風神に抱かれてシェルミが転移したのは、見渡す限り波しかない洋上である。

 夜だ。

 晴れてもいる。

 しかし、星がない。

 月の欠片が空を覆って光を閉ざしている。

「なかなか壮観ですわね、母上」

 大地母神が感想を述べる。

「凄まじいのぉ」

 と言ったのは河神龍翁で、「巨大な蓋が空を覆っているかのようですなぁ」と、暢気な声を響かせたのは太陽神ゾーイである。

 太陽神の纏った炎が、海面を、周囲を仄かに照らし出している。

 しかし空は暗いままだ。

 太陽神の放つ光が届くところに月の欠片はない。互いにぶつかり、砕け、大小さまざまな大きさの欠片となって空のほとんどを覆ってはいても、まだそれは地球の大気の外にある。

「そうね」

 神々にそう応じて、「でも、きれいだわ」と、シェルミは言葉を続けた。

「お言葉ですが、私にはとても綺麗だとは思えません、母上」

 シェルミのすぐ近くに控えた雷神が、生真面目な声で応じる。笑みを浮かべてシェルミが雷神に視線を向ける。

 シェルミの視覚は人とは違う。

 しかし、人が、神々が、可視光で世界をどう見ているかは知っている。シェルミの、本来の意味での視覚が閉ざされている訳でもない。自分が見ているものが、他の人々とどう違うのか、人々が世界をどのように見ているのか、彼女に教えてくれたのは彼女を産んだ母だ。まだ物心もつかない頃から母と心を結び、母の視覚を通して、シェルミは可視光での世界の見方を覚えた。

 ラクドの王宮で、つまり、失われた時間軸でのことである。

「これが何に似ているかというと、他に似た物をわたしも知らないから例えるのは難しいけれど、敢えて言えば、火山かしら」

「火山ですか?」

「ええ」

 シェルミが頷く。

「空が熱く燃え滾った溶岩で覆われているみたいだわ」

「私には何も見えません」

 シェルミを腕に抱いた風神が口を挟む。

「いつもであれば我々には多くの未来が見えます。ですが、あそこには分岐がありません。重く底の知れない絶望だけが、空に広がっています」

「あなたたちにはそう見えるのね」

「はい」

 風神が頷く。

「どうされますか?」

「どうすればいのか、わたしにも判らない。でも」

 シェルミが短く言葉を切る。

 波が海面を打つ音と、風の音だけが神々の間を吹き抜けていく。

「フランが導いてくれるわ」

「どういう意味でしょう」

「フランがいる未来が見えるわ」

 ほとんどの未来は閉ざされている。だが確かに、シェルミはフランの存在を未来に感じた。

「それを引き寄せることはできるでしょう」

 風神が視線を空に向ける。しかし、最高神である風神にも、やはりそこに未来を見ることはできなかった。

「ぜんぶを止めることはできないわ」

「では--」

「娘たちを優先して頂戴」

 シェルミは風神に最後まで言わせなかった。

「承知いたしました」

 シェルミの思いを受け止め、風神が頭を垂れる。風そのもののように軽い風神の栗色の髪が肩から零れる。

「よろしくね」

 シェルミは、普段は意識することのない己のうちにいるモノに、それに、強く意識を集中させた。軽く下腹部に手を添える。深く息を吸い、いつもより明るく輝く赤い瞳を、空へ、迫り来る月の欠片へとシェルミは向けた。

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