ひな人形殺人事件
わたしの家には、古いけれどりっぱな、おひなさまがいる。
男びな女びなに三人官女、五人囃子まで伴った立派な段飾り。
ママが小さかった頃、ママのママから譲ってもらったひな人形で、
ママのママは、そのまたママから譲ってもらったという、
由緒あるひな人形なんだそうだ。
特別な細工が施された美しいひな人形。
ママは、娘が生まれたら、そのひな人形を譲るのが夢だったんだそう。
わたしにひな人形の話をしてくれた時のママは、
とても嬉しそうな顔をしていた。
それは、まだママがやさしかった頃の話。
ママがわたしにひな人形をくれてから何年か経つ頃には、
パパもママも、お仕事が忙しくなったとかで、
ちっともわたしと遊んでくれなくなった。
お仕事が忙しくなるに従って、ママのおひなさまへの関心も薄れていった。
ひな祭りが過ぎても片付けられることなく出しっぱなしのまま。
もうすぐ今年もひな祭りの日なのに、
おひなさまにはお菓子のお供えも飾り付けもされていない。
「おひなさまに、お供えやお飾りをしてくれないの?」
そんなわたしの言葉に、ママは面倒そうにこう返した。
「私は仕事で忙しいの。
ひな祭りなんて構っている余裕は無いの。」
かわいそうだから、今ではわたしが一人でおひなさまの面倒をみている。
おひなさまにごはんを用意したり、お菓子をお供えしたり。
もちろん、おままごと用のだけど。
でも、おひなさまにご飯をあげていると、
まるで生きているみたいに嬉しそうに笑ってくれる。
それが嬉しくて、今では衣装の修繕や、
お人形の体のお手入れやなんかもするようになった。
わたしには学校にともだちが一人もいないけど、
でも、全然さみしくなんてない。
だってわたしには、おひなさまがいてくれるんだもの。
おひなさまにはお付きの人たちがたくさんいて、
みんながわたしにやさしくしてくれる。
遊び相手にもなってくれるし、勉強だって教えてくれる。
でも、パパとママは、わたしがおひなさまと遊ぶのが気に入らないみたい。
二人はわたしのことでいつも喧嘩してばかり。
「あの子があんななのは、君の教育がなってないからじゃないのか?」
「私にばかり娘の面倒を押し付けないでよ。
私だって仕事があるんですから、
あの子にかかりっきりというわけにはいかないの。」
「大体、あの人形は何だ?
操り人形なんて、何かの皮肉のつもりか?」
「私だって知らないわよ!
うちの実家に、ずっと前からあるものなんだから。」
今日もパパとママは、わたしのことで喧嘩をしている。
大声を出す二人がこわくって、
わたしが家で話をする相手はおひなさまだけになっていった。
ある日、わたしは、おひなさまを学校に連れていくことにした。
だって、学校でひとりぼっちなのがさみしかったから。
でも、みんなを連れてはいけないので、おひなさま一人だけ。
すると、おひなさまは、学校でもこっそりわたしにだけ話しかけてくれた。
学校ってこんなに人が多いのね。
勉強は楽しい?
わたしが算数が苦手だと相談すると、
なんとおひなさまが算数のテストを手伝ってくれた。
一人では解けなかったようなむつかしい問題でも、
おひなさまが手伝ってくれたから解くことができた。
テストの点数がよくなれば、パパとママも褒めてくれるはず。
そう思ったのに、でもなんだか学校の先生は困り顔。
どうしてなのか、パパとママが学校に呼び出されたみたい。
それからパパとママはますます不機嫌になってしまった。
「学校のテストでカンニングなんて、
俺にどれだけ恥をかかせるつもりなんだ!」
「私に言わないでよ!この子が勝手にしたことなんだから。
とにかく、もう学校にひな人形を持っていっては駄目。
わかったわね?」
そうしてわたしはよくわからないことで怒られて、
もう学校におひなさまを連れていってはいけないと言われてしまった。
だけれど、一人っきりに戻るのはさみしくて、
わたしは、おひなさまを学校にこっそり連れていくのを止めなかった。
それから少しして。
わたしは、おひなさまを学校で連れているところを、
他の生徒に見つかってしまった。
相手はいじめっ子の生徒で、普段からわたしにも嫌がらせをしてくる。
わたしはおひなさまと一緒に学校の校舎裏に呼び出されて、
いじめっ子に散々からかわれ、いじめられた。
「あんた、学校にこんな人形なんか持ってきて、いいと思ってるの?
この人形は、あたしがあずかっておいてあげるよ。」
いじめっ子によっておひなさまが取り上げられそうになった、その時。
わたしの前に、救世主が現れた。
現れたのは他でもない、おひなさまその人。
なんとおひなさまが、両手に鋭い刀を持って、
わたしを守るためにいじめっ子と戦ってくれたのだ。
おひなさまは舞うように刀で斬りつけ、
歌うように口を開いて真っ赤な炎を吐き出した。
それを見たいじめっ子は目を白黒、
全身を滅多切りにされ、炎に顔を焼かれ、
ほうほうの体で逃げ出していった。
またしても学校の先生は大騒ぎになったけど、
いじめっ子にも意地があるのか、
わたしとおひなさまのことは誰にも話さなかったみたい。
今度は先生に叱られることもなかった。
それ以来、いじめっ子はわたしのことをいじめなくなった。
その代わり、他の生徒たちもわたしに近寄ろうとはしなくなったけど、
それでもいい。
わたしには、おひなさまがいてくれるのだから。
でも、パパとママは気に入らなかったみたい。
またしてもわたしのことで二人は大喧嘩をはじめた。
「あの子の服を見たか?あれは血だぞ。
あの子は学校で何をしてきたんだ?」
「だから私に聞かないでくれる?
また服を汚されて、洗濯する方の身にもなって欲しいわ。」
「まったく、子供の服を買い揃える金も馬鹿にならんな。
とにかく、学校で何があったのか、あの子に問いたださないとな。
責任問題になったらかなわん。」
そんな声が足音といっしょにやってきて、
やがて、わたしの部屋の扉が乱暴に開けられた。
そこに立っていたのは、鬼の形相のパパとママ。
二人とも大声で、わたしに怒鳴りはじめた。
「お前、学校で何をしたんだ?正直に話しなさい!」
「あなた、またひな人形で遊んでいたの?
そんな気味が悪い人形は捨ててしまいなさいって、
言っておいたでしょう!」
パパとママの手が伸びて、
わたしが抱きかかえているおひなさまを、
荒々しく奪い取ろうとした、その時。
またしても、おひなさまが、わたしを守るために立ちはだかってくれた。
学校でいじめっ子をやっつけてくれたのと同じように、
両手に刀を持ったおひなさまが宙を舞い踊るようにパパとママに迫る。
開いた口から、目に見えない何かを吐き出す。
キラッと何かが光ってパパとママをなぞる度、
二人は赤く染まっていった。
「うわっ!?何だこの人形は?」
「痛い!体が動かない!」
そんな悲鳴をあげていた二人も、しばらくすると静かになって、
もう怒ったりしなくなった。
そこには、おひなさまが立っているだけ。
これでもう、わたしとおひなさまの仲を引き裂こうとする人はいない。
ずっとずっと、いっしょにいようね。
わたしはおひなさまを抱きかかえて頬ずりをした。
すると、男びなやお付きのひな人形たちが、
わたしたちのまわりを囲んでお祝いしてくれたのだった。
世間がひな祭りに浮かれる三月三日。
閑静な住宅地で、凄惨な事件が発生した。
父親と母親と一人娘の三人家族が暮らす家に、何者かが侵入。
両親二人を手にかけ、その後に逃走。
物音を聞きつけた近隣の住人の通報で警官が駆けつけ、
呆然と佇む幼い一人娘を無事に保護した。
その女の子に事情を尋ねるも、おひなさまが助けてくれた、としか答えず、
事件のショックから記憶が混濁しているのではと推測された。
犯行には特殊な凶器が使用されたようで、手がかりが乏しく、
犯人の行方は杳として知れず、未だに捕まっていない。
警察はどんな些細な情報でも提供して欲しいと呼びかけている。
凄惨な事件だが、唯一の希望があるとすれば、
遺された女の子の状態が安定し落ち着いていること。
女の子には特に落ち込んだ様子などは見られず、
間もなくして学校に復帰できるようになるまでに回復した。
まるで憑き物が落ちたかのように笑顔で登校する、その女の子の手には、
古めかしいひな人形が握られていたという。
終わり。
分岐のないゲームブックのようなものを書こうと思いました。
3月なのでテーマはおひなさまにしました。
ひな人形殺人事件を解決する手がかりを、
ファンタジーを含んでしまうのですが、書いたつもりです。
犯人は誰か、凶器は何だったのか、
考えながら読んでいただけたら嬉しいです。
お読み頂きありがとうございました。