第三十四幕 斎藤道三
鬼武士達を比較的素早く倒せた事もあって、他の敵に見つかる事無く妙玖尼達はその場に到着する事ができた。本丸とはいえそこは実用一点張りの山城。階段を駆け上がるとすぐに天守閣に相当する場所に到達した。
「……ここだな?」
雫が確認すると邪気を感知する能力を持つ妙玖尼と伽倻は、揃って神妙な面持ちで頷いた。
いる。
この扉の向こうから濃密な瘴気が漏れ出しているのが分かる。伽倻が言っていたが、まるでこの部屋の中に『瘴気溜まり』があるかのようだ。彼女らの反応を受けて紅牙が油断なく刀を抜きながら、片手で勢いよく扉を開け放った!
「……!!」「な……」
そして四人の女は一様に目を見開き絶句した。そこには彼女らの想像を絶する光景が広がっていたのだ。
まず目に付いたのは部屋中を埋め尽くす赤黒く太い『蔦』のような何かだ。壁から天井からお構いなしに覆い尽くしており、まるで生きているかのように不気味に脈打っている。
そしてその『蔦』には多数の人間が絡め取られていた。老若の違いはあるが全員女性だ。恐らくこの城で働いていた女中か、もしくは城下町から集められた女達だろうか。
よく見ると絡め取られているというよりは、その蔦が巻き付いて棘を突き刺し、何かを吸い上げているかのようだった。女性たちはどう見ても既に全員が苦悶のままに息絶えていて、部屋の異様さを演出する装飾品と成り果てている。
そしてその異様な部屋の中央に『奴』がいた。
『美濃の蝮』斎藤道三。義龍の父であり、前美濃国主。妙玖尼も鷺山城で一度相まみえているが、道三はその時とは変わり果てた様相となっていた。おそらくは部屋中を覆い尽くす赤黒い蔦の発生源であり、奴の身体からまるで木の枝のように無数の蔦が塊になって伸びており部屋中に広がっている。そして犠牲者の女性たちから吸い取った何かを、脈打つ蔦を通じて取り込んでいるようだった。
「な、何という姿……」
「こりゃ、一体……!?」
最初の衝撃から立ち直った妙玖尼達が思わず呟きを漏らすと、その半ば繭と化した蔦の中に埋没していた道三がゆっくりと目を開いた。
「ふむ……倅達を殺した女どもか。やはり義龍はお前達を送り込んできたか」
「……!」
その姿とは裏腹の落ち着いた声音。道三のこの姿は何らかの強制によるものではなく、本人が望んでなっているものだという事が伺い知れた。
「斎藤道三……人間を辞めたとは解っていたが、ここまで真正の化け物に成り果てていたとは。最早貴様は人ですら無いただの醜い妖怪だ。義龍様のため、この場で成敗させてもらおう」
雫が短刀を構えて冷たい声音で宣言する。もともと討伐せねばならない対象だが、この姿を見ては『義龍の実父』という最後の障壁も消え去ったようだ。
「ふ……化け物か。今は光秀に率いさせている我が軍勢……凡そ数百体にも上る人外を作り出し、それを軍勢として運用するには『瘴気石』だけでは到底足りぬ。儂自身が瘴気を発する存在とならねば不可能だ。これはそのために必要な措置だったのだ」
「ま、まさか……あなたは自らを『瘴気溜まり』と為したのですか!?」
「え……!?」
妙玖尼の震え声に全員が驚愕して目を瞠る。道三は肯定するように薄く嗤う。
「如何にも。光秀……海乱鬼の秘術により、儂自身が『瘴気溜まり』と同様の存在となったのだ。この力があれば人外の軍隊を作り出す事も容易い。美濃どころか日の本全てが儂の元にひれ伏す事になろうな」
「……!!」
やはりこれは海乱鬼の仕業か。だが奴の目的は『魔王』を誕生させる事。道三はその為に利用されているに過ぎない。
「あ、あなたは――」
「さあ、お喋りはここまでだ。義龍めがしぶとく抵抗しておるお陰で、今少し瘴気の力を強めねばならんのでな。丁度よい。お前達もこやつらのように儂の養分となるが良い。さぞや良質の精気が期待できそうだ」
「ッ!! 散れ!」
だがその時道三が遂に動き出したため、雫の声に咄嗟に従う。大量の『蔦』が動き出し、独自の意志を持っているかのように妙玖尼たちに襲いかかってきたのだ。
蔦はその先端や『身』の部分に小さな棘がびっしりと生えており、これに絡め取られたら壁の装飾と化している哀れな女性たちと同じ憂き目に遭う事は想像に難くない。
「ち、冗談じゃないよ!」
紅牙は刀を縦横に振り回して、襲い来る蔦を切り払っていく。幸い彼女と雫の武器にはここに来るまでの間に『破魔纏光』を掛け直しておいたので、この蔦に対しても有効な切れ味を保っていた。雫も素早い動きで蔦に捕まらないように立ち回りながら短刀で器用に切り払う。
しかし妙玖尼と伽倻には効率的に蔦を切り払える手段が存在しない。そんな彼女らの元にも蔦は容赦なく殺到してくる。
「伽倻さん、私の後ろに!」
「……!」
妙玖尼は伽倻を庇うように前に出ると、弥勒の石突きを床に突き立てた。
『オン・クロダノウ・ウン・ジャク!』
真言と共に彼女らの周りに光の障壁が立ち上る。『真言界壁』の法術だ。光の壁は全方位から迫る不浄なる蔦の侵入を阻む。
「これは……凄いわね。私も負けてはいられないかしら?」
『真言界壁』の効果に瞠目した伽倻だが、すぐに気を取り直して不敵に微笑むと、持っていた弓ではなく懐から取り出した木の棒に細かい和紙がいくつも取り付けられた祭具を握った。あれはいわゆる『大麻』という祭具で、神社の神主などが祭事でよく使う道具として馴染み深い。
『ホノイカヅチの掃炎!』
伽倻が大麻を振るうと、そこから何らかの力が放散されたのが感じ取れた。すると『真言界壁』にびっしりと張り付いていた蔦の束が、何の火元もないにも関わらず突如として激しい炎によって燃え上がった。瞬く間に燃えカスとなって消えていく蔦の束。
「あなたのその……神祇とやらも中々のものですね」
それは認めざるを得なかった。法術とは似ていて非なる力。恥ずかしながらこのような異能を持った者達が存在する事を妙玖尼は今まで知らなかった。
「流石だね、尼さん達! おら、どんどん行くよ!」
「今ので大分圧が減ったな。このまま道三を討ち取るぞ!」
前衛組の二人は伽倻の神祇で蔦の数が減ったのを見て、今が好機とばかりに道三本体に向けて斬り込む。残った蔦が妨害してくるが、片端から切り払って道三に肉薄していく。二人の武器には『破魔纏光』が掛かっているので、あれで斬られたら道三もただでは済まないはずだ。
蔦は残り少なく、二人の進撃を止められそうにない。妙玖尼は半ばこの任務の達成を確信した。だが……
「くはっ! 甘いわ!」
「……ッ!?」
何と道三の身体を突き破るようにして、大量の蔦が飛び出してきたのだ。紅牙と雫は思わず度肝を抜かれて勢いが鈍る。そこに大量の蔦が殺到し、完全に足を止められてしまう。
自らの体内から飛び出した大量の蔦に埋没して姿が見えなくなる道三。普通に考えれば明らかに生きていない。だが道三は既に普通ではない。都合の良い想像をすべきではないだろう。
その妙玖尼の予想を裏付けるように、大量の蔦によって構成された『繭』に一直線の大きな亀裂が走った。その亀裂の中からまず二本の『腕』が飛び出し、そして亀裂を押し広げるように左右に割っていく。
そして遂に『繭』が完全に割れて、中からソレが全容を現した。
『ふぅぅぅ……まさかこの力を使わされるとは思わなかったぞ。これでもう完全に人の姿には戻れなくなった。貴様らには儂をそこまで追い込んだ代償を支払ってもらおうか』
「……ッ!!」
四人はその現れたモノを見て再び絶句する。それは無数の赤黒い『蔦』が絡まり合って人型を形成したかのような奇怪極まる怪物であった。人間大のその身体を構成する蔦からは無数の棘が突き出していて、まるで血管のように気色悪く脈打っている。
「な、何というおぞましい姿だ……」
雫がその場の全員の心を代弁するように呟きを漏らす。道三は完全に人ではない何かに変わり果てた。
『おぞましいか……。貴様ら凡愚にはそう見えるだろうな。この力の素晴らしさは手に入れた者にしか分からんだろう。さあ、それでは改めて貴様らの処刑を始めようではないか』
「……ッ! 来るよ!」
全員が警戒して得物を構える。蔦の人型と化した道三が能動的に動き出した。そして……この美濃の命運を決める最後の戦いが始まった!




