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末法の退魔師 ~戦国妖鬼討滅伝  作者: ビジョンXYZ
第一章 美濃の蝮
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第二幕 白川の町

 美濃国白川の町。飛騨国との国境近くに位置し、町とは言うものの、実際にはなだらかな山の中腹に農園や茶畑が広がる農村だ。このような立地のために直接戦火に巻き込まれる事は少ないが、戦乱の煽りで治安が悪化し、山村などは特に賊や乱取りの標的になりやすい傾向がある。


 そのためこのような農村でも村民が金を出し合って、もしくは農作物や特産品などを報酬代わりに傭兵を雇う事も珍しくない。紅牙の腕ならこのような辺境の用心棒で食っていく事は容易だが、生憎妙玖尼の目的は全国を巡っての妖怪退治である。一箇所に長く留まるような用心棒稼業をする気はなかった。



「……それに何だか、そもそも用心棒を雇ったりできるような活気のある集落には見えないねぇ」


 白川に到達した紅牙の第一声がそれである。白川は村と町の中間くらいの規模の集落で、それほど広くはないが一応旅人用の宿もある。ここは茶の産地として有名であり、この戦乱の世にあってもそこそこ食べていけるだけの収入はある事が窺える。しかし……


「確かに村人たちの様子も随分悲壮感が漂っているように見受けられますね」


 そもそも日中だというのに表に出ている人の数自体が少なく、その僅かな人々も道端に座り込んで腐ったり、酒を呷ったりしていてどう見ても村全体の様子がおかしい。


 とりあえずということで、村に一軒しかない旅人宿に向かう。少し広めの民家に客が泊まれるような座敷が併設されているだけの簡素な宿であった。だが何日か野宿をしながら山越えしてきた身としては、屋根の下の座敷で眠れるというだけで充分だ。


 宿を提供している家の主人も同じように暗い雰囲気だ。少し気になる事もあったので、関連があるかも知れないと思い主人に事情を聞いてみる。


「もし、今表を歩いてきたのですが、皆さん随分と暗い雰囲気のようですが。昼間から仕事もせずに腐っている人達の姿も目立ちましたし、一体何があったのですか?」


「賊に狙われでもしてるのかい? 報酬次第じゃアタシらが力になってやってもいいけどね」


 妙玖尼が尋ねると、紅牙も便乗してくる。あわよくば金稼ぎが出来るとでも思っているのだろう。だが問われた宿の主人は皮肉げに鼻を鳴らした。


「賊だって? 今のこの村を狙うような賊なんていないよ。肝心の農作物が無けりゃ金を稼ぐのはおろか、自分達の明日の食い扶持さえ事欠く有様だ。こんな不毛な村、賊だって寄り付きゃしないよ」


「作物がない? ここは農村ですよね? 確か茶葉の産地として有名だったはずですが」


「ああ、ちょっと前まではね。 最近になって白川の水が急に干上がっちまってね。水が無けりゃ作物を育てる事も出来やしない。井戸は枯れてないから俺たちの生活用水くらいは賄えるが、井戸水だけじゃとてもここの田畑に水を行き渡らせるなんて出来ないからね」


「白川の水が?」


 妙玖尼達が下ってきたのは飛騨川方面であった為に白川の様子は見ていなかった。白川はこの辺り一帯の水源となっている川で、最終的には飛騨川と合流している。白川が干上がっているのなら、確かにこの辺りの農業に壊滅的な影響が出るだろう。


「上流の村の連中が何かしてるんじゃないかって話も出たが、困ってるのは上流の連中も同じだった」


「原因などに心当たりはあるのですか?」


「さっぱりだね。だから困ってるんだが。ただ……上流の連中が、川が干上がりはじめる何日か前に、水源に続く獣道の先で化け物みたいな影(・・・・・・・・)を見たって言うんだ。大方猪でも見間違えたんだろうがな」


「……!」


 それを聞いた妙玖尼は眉をしかめる。やはり自分の勘は当たっていたかも知れないと思った。



「あんた達、さっき用心棒がどうとか言ってたよな。そっちの姐さんは武装してるし。もしこの事態の調査や解決に力を貸してくれる気があるなら、一度村長と話してみちゃくれないか。今だったら猫の手も借りたい状況だから、誰でも歓迎されるだろうさ」


 宿の主人が紅牙の甲冑や刀に視線を向けながら提案してくる。この村には紅牙の悪名は届いていないようだ。斉藤氏ら大名や豪族もこのような山村まで調査の為に兵を出したりはしてくれないだろう。戦乱の世なら尚更だ。村人たちが藁にも縋りたい気持ちになっているのも理解はできる。


「ふーん、アタシらの腕を買いたいって訳だね。別に構わないけど、アタシらは安くないよ?」


 紅牙が口の端を吊り上げる。妙玖尼としては妖怪絡みの可能性があるのでどのみち調べてみる気ではいたが、紅牙まで無報酬で付きあわせるのも可哀想なので、ここは彼女の好きにさせる。妙玖尼は仕事の対価として報酬を貰う行為を否定はしていなかった。というより同じ仏門の徒でも俗世にまみれて、下手な商人よりがめつい僧侶もいるのが現実であった。特に公家や大名などと結び付いていて、彼等の冠婚葬祭などを執り行う専属契約(・・・・)を結んでいる寺社などはその最たる例だ。


「この事態を解決してくれたなら喜んで報酬は弾むだろうさ。ただし勿論、成功報酬だけどな」


 宿の主人が頷く。まあそれはそうだろう。どのみちこの山村でそこまで大層な報酬が出せるとも思えないが。


「解りました。それは実際に解決できたら相談という事で。とりあえず今日は泊めて頂いて、明日村長にお話を伺ってみます。それで宜しいでしょうか?」


「勿論、願ったりかなったりだ」


 主人の同意を得られたので、とりあえず旅の疲れもあって今夜はここで休ませてもらう事にした。久しぶりに保存食以外のまともな食事を摂り、屋根のある座敷で眠った妙玖尼達は、翌日には約束通り村長の家を訪ねていた。




「何と何と、高野山から全国を行脚とは……。この物騒なご時勢にご立派な事ですなぁ。ましてやうちのような小村の厄介事まで請け負って下さるとは、その志の高さと高潔さに敬意の念が堪えませんな」


 用件を切り出したらすぐに村長との面会が叶い、妙玖尼たちは現在家の座敷で、金村助右ヱ門という大層な名前の村長と向き合っていた。元はこの地の豪族に仕えていた武家の生き残りらしい。


「宿の主人から伺いましたが、白川の水源に異常が起きているとか?」


「まさしく、お蔭でこのままでは村の貴重な収入源である茶畑が育てられずに全滅してしまいます。そうなったらこの村は終わりです。何とか御僧様のお力添えを頂ければと」


 村長は素直に頭を下げる。こちらが女だからと下に見る事もない。まあそれだけ切羽詰っているという事なのかも知れないが。


「宿でも聞いたけど、原因についてはホントに心当たりはないのかい? 何か化けモンを見たって話も聞いたけど」


「……それが何とも言えんのです。あくまで何かの影を見たというだけどで、それが本当にこの干ばつの原因なのかも定かではありませんしな」


 紅牙の質問にかぶりを振る村長。まあそれはそうだろう。原因がはっきり特定できれば苦労はない。


「実際に誰か水源地の調査には行ったのでしょうか?」


「勿論既に上流の集落から若い衆が何人かで連れ立って様子を見に行きました。しかし……誰一人戻ってこなかったのです」


「……!」


「それで化け物の影を見たという話にも信憑性が出てきてしまい、それ以降誰も調査に行きたがらなくなったのです。本当にどうしたら良いのか……」


 村長は困り果てたように嘆息した。大名らに助けを求めても梨の礫となれば、本当に打つ手がなく八方ふさがりとなっていたのも頷ける。 


「解りました。俗世の救済もまた私達の使命です。必ずや原因を突き止めて、この事態を解決してみせましょう。私達にお任せ下さい」


「まあ勿論無事に解決したら、貰うモンは貰うけどねぇ」


 2人がそれぞれの調子で請け負うと、村長は顔を輝かせて再び平伏した。


「おお、御引き受け下さいますか! これはありがたい! 勿論、無事に解決(・・・・)できたら必ずや報酬をお支払いたします故、どうぞ宜しくお願い致します!」


 平伏しつつも成功報酬を強調する辺りしたたかではあるようだ。こうして干上がった白川の水源地の調査に赴く事になった妙玖尼達。ひとまずは水源地に近い上流の村に向かう事になった。



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