かもしれない運転
私は、車を……運転しなければならない。
車、それは動く凶器。
車、それは動かせる凶器。
車、それは動く狂気。
車、それは動かさざるを得ない狂気。
800㎏の鉄の塊を、この私が、自分の意思で、技術で、判断で動かさねばならない。
責任が、重い。
責任が……重すぎる。
事故など、絶対に、起こしてはならない。
教習所でさんざん怒られた記憶が、私の手を震わせる。
教習所でとことん絞られた記憶が、私の判断を鈍らせる。
教習所で徹底的に擦り込まれた記憶が、私の想像力を暴走させる。
―――何やってんだ!へたくそ!!
―――お前才能ねえよ!!
―――人殺しする前に退学してくれ!
―――あったまわり―な!馬鹿に車は運転できねーんだよ!
ブレーキを踏む常識的なタイミングが分からない。
アクセルを踏み込む一般的な勢いが分からない。
ハンドルを動かすときに必要な当たり前の動作ができない。
クラクションを鳴らさなければいけない瞬間を判断できない。
道を譲る時の気遣いが常人離れしている。
車に乗るセンスを持ち合わせて生まれてくることができなかった私。
教習所を卒業したのはもう四半世紀も昔のことだというのに、いまだにあの日の罵声を思い出す。
―――予測運転ができねえ奴は車に乗る資格なんてねえんだよ!
―――今!お前は何を予測して止まったんだ!
―――ふざけた予測してんじぇねえぞ!!
―――かもしれない運転を心がけろって言ってんだよ!!
車を運転するのであれば…何が起きても即座に反応できるよう、常に何かが起きるかもしれない可能性を胸に車を運転しなければいけないのだ。
……私は、いま、きちんと、かもしれない運転をすることができているだろうか?
安全運転を心がけつつ、法定速度をきっちり守って走行する、私。
車間距離は広めにとって、車線変更は余裕を持って。
ブレーキは早めに踏んで、アクセルは優しく踏み込んで。
他の車に道を譲ることを優先し、自分勝手な運転をしないように。
通行人の安全を第一に考え、優しいドライバーであるために。
車に乗ると、本当に……疲労困憊してしまう。
かもしれない運転をすると、本当に……疲れてしまうのだ。
前の車が、急ブレーキをかけるかもしれない。
隣の車が、いきなり割り込んでくるかもしれない。
コンビニから出ようとしている車が飛び出すかもしれない。
目の前を走行中のバイクがいきなり転ぶかもしれない。
死角に人がいるかもしれない。
猫が飛び出してくるかもしれない。
停車中の車のドアが開くかもしれない。
止まっている車が動くかもしれない。
後ろの車がアクセルとブレーキを踏み間違えるかもしれない。
歩道橋の上から物が落ちてくるかもしれない。
陸橋の上から車が飛び出してくるかもしれない。
突然空から宇宙人が降ってくるかもしれない。
突然地面が割れて地底人に鷲掴みにされるかもしれない。
逃げようとしてスピードをあげたら追突するかもしれない。
恐ろしさのあまりぼーっと運転する事になるかもしれない。
車の幅がわかっていなくてこすってしまうかもしれない。
反対車線にいきなり飛び込んでしまうかもしれない。
今日こそ事故を起こしてしまうかもしれない。
今日が最後のドライブになってしまうかもしれない。
突然異空間に繋がって異世界転移するかもしれない。
生まれ変わって異世界転生して暴走車スキル持ちになってしまうかもしれない。
ヤバイ、何を考えてもうまく運転できる気がしない。
プ―――――ププ―――――!!!
耳をつんざくような、けたたましいクラクション。
あっ、ハンドルを握る手が汗で滑った。
この、場合。
どういう、展開が、予測……。
うまく右に曲がれなかった私は。
激しすぎる、衝撃を、受けて。
暗闇の、中に、沈んだ。
……あの日から、ずっと。
この、交差点の、端っこで。
安全運転をしている、皆さんを。
見守って……いる。
私、人を殺めなくてすみましたよって。
あの日の、教官に、伝えたくて。
ずっと、一台、一台。
にらみ続けて、いる。




