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第参話 闇の虚空に揺れる黒い炎

 草木も眠る丑三つ刻に“カーンカーン„という甲高い音だけが、異様に響いていた。金槌を振り上げて、すべての恨み憎しみをわら人形に叩き込んだ。

 

 あたしから妹を奪ったあの男を殺したいッ!

 カーンカーンカーン。

 七日間誰にも見られず満願することができれば、呪った相手を殺すことができるというが、思っていた以上に五寸釘を打つ音は響く。


 誰にも“見られず„、というのはかなりの運を必要とするかもしれない。

 とても大きな音が遠くまで雷鳴みたいに鳴り響き、五徳につけた蝋燭三本の灯りが離れていても闇の中では目立ってしまう。


 この行為を見られた者は殺さなくては……。だが、本当に殺すことができるだろうか? あたしは昔から足が遅いから、逃げる相手に追いつく自信がないのだ。


 しかも履きなれない下駄を履いている。

 これでは追いつけない。

 それに、罪のない人をできれば殺したくない……。

 だから、何としてでも見られるわけにはいかないのだ。


 カーンカーンカーン。

 人間の憎しみは長くは続かないと言うが、それは嘘だ。

 体の内側から沸々と憎しみがあふれ出るのだから。


 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ! 

 わら人形の心臓に深く深く深く、突き刺さった五寸釘は闇夜においても禍々しい邪気の炎を放っていた。


 闇の虚空に揺れる黒い炎。

 あたしはその黒い炎が灯る五寸釘を何十回と打ちつけた。

 丑の刻が終わるまで、それを続けた――。


  *


 丑の刻参りが五日目に差し掛かったころに、町人の噂話をあたしは聞いた。真夜中になると得体の知れない“カーンカーン„という音が聴こえるという。


 間違いなかった。

 あたしがわら人形に五寸釘を打ち付ける音だ。

 (かわや)に起きた何人もの人間が聞いているという。

 中には岡っ引きに相談して、原因を究明してもらったら、と言い出す奴もいた。


 今まで順調に行きすぎていた。

 あと二日なのだ……。

 あと二日……。それで満願するのに……。

 あたしはやめるわけにはいかない。

 

 何か手はあるはずだ。

 やれることはあるはずだ。

 できることはあるはずだ。


 今こうしているあいだにも、妹は酷い目に遭わされているのだから。

 もし見られても、見た奴を殺す覚悟はついていた。

 もうここまで来たら引くわけにもいかないし、引く気もなかった。


  *


 丑三つ刻になった。

 夜の澄んだ空気に禍々しい憎悪の濁りが染みこむかのようだった。

 神社は長い石段を登った、山の上にある。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)が闊歩する夜更けに、好奇心でこのようなところに登ってくる奴もまずいまい。その日はあたしが危惧していた出来事、つまり誰かに見られるということは起こらなかった。


  *


 六日目の出来事だ。

 今日の刻参りも終わりに差し掛かったとき、研ぎ澄まされたあたしの聴覚が人の話し声を聞いた。

 

 声がしても、やめるわけにはいかない……。

 続けなければ今までの努力は元の木阿弥になる。

 音は森に拡散され、森中で鳴り響いている状況だ。

 あと、少し、あと少しなのだ。


 あたしは仏さまに祈った。

 “どうか見つかりませんように……„

 カーンカーン、話声が段々と近づいている。

 カーンカーン、石段から外れ森の中に踏み入ったようだ。

 カーンカーン、声が聞こえた。


「おい、あそこに光が見えるぞ」


 カーンカーン、三人ほどの男の声だ。

 ガザガザ、草木が揺れ、三人の男は光を見た。

 蝋燭の温かな光だった――。


「何でこんなところに蝋燭があるんだ?」


「本当だ。山火事になるぜ」


 あたしは樹の陰で提灯を持った三人の男が雁首をそろている姿を眺めていた。刺又や、十手を持っている。着ている着物から考えて岡っ引きだろう。


 危ないところだった。

 もう少し遅ければ、見つかっていた……。


「しっかし、何でこんな森の中に蝋燭なんてあるんだ。それにこれはなんだ?」


 岡っ引きは木に吊るされた木の板を手に取った。木の板には何本もの棒がくくりつけられており、風鈴や木楽器のようにも見えた。


「これが音を出していたようだな」


 岡っ引きは木の板をでんでん太鼓みたいに振って、カラカラと音を立てた。


「う~ん。ちょっと音が違うようにも思うがな。だけど、これは何だ? まじないみたいなもんか?」


「おい、あそこにもあるぞ。ほら、蝋燭の光が見える」


「本当だな。わからないもんは勝手にさわらねえほうがいい。結界か何を張っているんだったら、えらいことになる。日が明けてから、神主殿に訊いてみよう」


 木の板をもとに戻して、岡っ引きは手を引いた。


「ああ、そうだな……。音の正体はわかったんだ。町人も納得してくれるだろう」


「だけど、音が違うような気がするんだよな」


「気のせいだろう。これ以外に何が鳴るって言うんだ。妖怪の仕業か?」


「やめろよ……そんな話し……噂をすれば影だぞ」


「ああ、そうだな。こんな話しやめよう」


 あたしは用意していたのだ。

 風が吹くと木の板に取り付けられた棒が不規則にコンコン、と鳴るようにした仕掛けを、各場所に仕掛けられている。蝋燭を添えて、目立つように。


 音の正体を突き止めて、納得したはずだ。

 明日、あたしの願いは叶う――。

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