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第弐話 死んで地獄に落ちようと――

「そんなの嘘に決まってるじゃないッ! あなたを本当に愛しているなら、暴力なんて振るうわけないわッ!」


 妹はあたしの手を振り払って、厳しい目を向けてきた。

 今まで見たことがない鷹みたいに厳しい目だ……。

 

「姉さんは強い人だから彼の苦しみがわからないのよッ。彼は苦しんでいるの……。幼いころ養子に出されて、養子先で酷い体罰を受けてきたのよ……。そのことが原因で、人間付き合いを恐れるようになって……。仕事も見つからなくて……」


 何それ……? 

 人間付き合いが上手く行かない……?

 ほいほい女を捕まえているのに?

 あなただって知っているでしょ……?

 そんな説明を本気で信じているの……?


「養子先で酷い目にあったから、人間付き合いが上手く行かない? 違うわよ。あいつは毎日女と遊んでいるのよ。仕事が見つからないのは、探していないからじゃない」


「違うッ!」


「違わないッ!」


 妹がこれほど逆らってきたのははじめてだった……。

 あの男に操られてしまっているのだ……。

 どうにか目覚めさせなければ……。


「あいつはあなたを都合のいい女としか見ていないわよ……。『愛してる』って言っていれば、何をしても許されるって思っているだ……。わかってちょうだい……。ね、また昔みたいにあたしと暮らしましょ……。このままじゃ、あなたは幸せになれない……」


「あたしは彼と暮らす。彼と暮らせることがあたしにとって、一番の幸せなの」


 その言葉であたしの世界は色を失くした……。

 どうして……あたしよりあの男の方がいいって言うの……?

 どうして……昔は姉さん姉さんって言ってくれてたじゃない……。

 どうして……あたしを愛しているって言ってくれたじゃない……。

 なのにどうして……あの男を選ぶの……?


 そのとき淫らで厚顔無恥、人を人とも思わないかの男を殺さねばならぬ、とあたしは決意した。


 あの男が現れてから妹はこうなってしまったんだ……。

 あの男が現れてから妹はおかしくなってしまったんだ。


 あんな男いなければいい……。

 死んでしまえばいい……。

 殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……あたしから妹を奪ったあの男を殺してやるッ!


 けれど刃物で殺すことには気が引けた……。

 もし一撃で仕留められなければ、反撃されてあたしに勝てる見込みはない……。一撃で仕留めるなど不可能だ。


 体格差も力も女のあたしでは勝てない……。

 誰が殺したのかバレてもいけない……。

 もしバレてしまえば、妹に嫌われてしまう……。

 それだけは絶対に駄目だ。

 

 世界中の誰に嫌われてもいい、だけど妹にだけは嫌われたくない……。

 もし妹に嫌われたら、あたしは生きていけない。


 迷っている時間は残されていない。

 早くしないと妹がもっと傷つけられる……。

 

 その刹那、あたしはある噂を想い出した。

 最近はめっきり聞かなくなったが、昔はよく聞いた。

 憎い相手を殺すことができるという呪術。


 丑三つ刻に殺したい相手に見立てたわら人形に五寸釘を打ち、呪い殺すという呪術……。


 七日間誰にも見られず成し遂げることができれば、呪った相手を殺すことができるという……。たしか“丑の刻参り„と言っただろうか?


 これしかない……。

 力や体格で劣るあたしがあの男を殺すのは、この方法しかない。

 丑の刻参りなら、誰が殺したかもわからない不自然死で解決される……。


 岡っ引きに捕まることもない……。

 そうすれば、何の負い目もなく、また妹と昔のような暮らしが送れる。この方法しかない。


 以前聞いた呪術の方法をあたしは実行する決意を決めた。

 白装束に身を包み、三本の蝋燭を付けた五徳をかぶり、顔に白粉を塗った。護り刀と櫛。首には鏡を吊し、下駄を履く。わらで人型の人形を作り、五寸釘を用意した。

 

 呪術には一つ大きな欠点があるという話しだ。

 人を呪わば穴二つ。呪いが成功すれば、あたしは地獄に落ちる……。

 誰かに見られれば呪いが自分に跳ね返り、あたしは死ぬ……。


 だから失敗することはできない。

 死んで地獄に落ちようと、あたしが死ぬまでのあいだ妹とまた昔のように楽しく暮らせれば、甘んじて地獄の苦しみを受け入れよう。後は夜を待つのみ――。

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