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世界にたった一つだけの能力

作者: 八月朔日八朔

 この世界には七十億の人間がひしめき合っているわけだが、それを養っている地球というヤツは本当に大したもんだ、と君は思わないだろうか?


 俺はあんまり思わないけど、まあ偉いよね。


 閑話休題、地球がいかに偉いかという話は置いておいて、だ。俺には、この七十億の人類の中で、多分俺だけに備わっている唯一無二の力がある。


 この力は、決して俺を幸福にはしてくれないが、さりとて不幸をもたらすわけでもなかった。


 なんだろうね、ノートに名前書いたら殺せるとか、電子レンジから未来のジャンプが送られてくるとか、最強に囲碁が強い幽霊が取り憑いてくるとか、なんかそういう上手く使えばワンチャンありそうなヤツじゃなくて──


 要するに使い途が全く分からん能力がある。

 まあ、勿体ぶるほどのものでもないんでサラッと言ってしまうが、俺は手から無限に──


 ──無限に蜂を出せるのである。


 子供の時から備わっている能力だ。そして未だに使い途がわからない。

 これが鳩なら手品師ワンチャンという話もあるが、蜂はどうだろうね。お客さんビックリするより蜂にビビるんじゃねーのって。

 なんだろうね。なにこの外れスキル。

 俺もいい年齢だからさ、手品師ってのはただ凄いことができるだけじゃダメだってことくらいは知ってるわけよ。

 あれは凄いことが出来た上で、それをどのように演出するか、見せるか、そこにストーリー性を持たせたりとか、なんかそういう別の才能が必要なわけで、それは俺にはないわけ。


 俺がガキの頃、Mr・マリックというおっさんが日テレで活躍してたんだけど、あれは手品を「超魔術」という言葉で糊塗して神秘的に魅せるという演出が施されていたわけで、当時はインチキだのなんだのって思ったりもしたけど、今にして考えると物凄く良質なエンターティメントなわけ。

 手から蜂が出せますってだけじゃ、あんな風にはなれない。

 じゃあ他になんかないのかって、ミツバチの養蜂とか?

 無理なんだよね。蜂を集めるって工程にアドバンテージがあるだけだもん。ちゃんとした知識とか必要なヤツでしょ?


 どうしても俺は養蜂って興味持てなくて、自分が興味を持てないものを勉強するのってちょっと無理よね。


 もしかしたら俺の能力を「羨ましい」ってそういう仕事をしている人もいるかも知れない。養蜂の人もそうかもしれないし、あるいは学者とか。


 でもね、俺には分からない。


 大体俺自体が蜂怖いからね。

 下手に部屋で蜂なんか出すと、ビビって逃げ回るからね。

 意味分かんないよね。

 もし神様が何かの意味があって俺にこの能力を与えたとしたら、神様って馬鹿なんじゃないのかって。だって意味わかんねえもん。


 そうして俺は、要するにこの能力によって俺は人生を変えられる事はなく、普通に学校に行って普通に卒業して、今何をやっているかというと──


 パチプロ。


 手から蜂を出せるパチプロ。パチンコのプロ。パチンコを仕事としている人。付き合ってる彼女の家に行って「どんな仕事をしているの?」と相手方のお父さんから聞かれて、「自営業です」って答えるアレ。コンピュータで制御されている機械の、オペレーターのような事をやってます、なんつったりして。


 でもね! 俺は声を大にしていいたい。

 パチプロって意外と大変なんだよ。本当に努力しなきゃ食っていけないって事。

 そんだけの努力ができるなら普通に働いた方が良くない? なんつって言われるくらい努力が必要なんだよ。でもね、普通の会社で普通の仕事をして普通に努力できない、いわゆる社会不適合者ってヤツなんだよ俺は。


 今はいろんな病名があるよね。コミュニケーション障害? 対人恐怖症? 発達障害? いや、わかんないけど、とにかく普通のことができない人がいるって事がある意味受け入れられているところがあるじゃん?

 俺はもう四十路でね、要するに俺が若い頃ってそういうものに対して社会的な理解がなかったっていうかね。いや、当人の俺ですら、単に自分がダメな人間で怠け者だと思ってたもん。いや、そうじゃないかどうかってのは実のところ分かんないんだけど、少なくともパチンコで自分の口に糊できるって手段を見つけられたってのは幸運っちゃ幸運だったけどさ。


 でも駄目なんだよ、この仕事。

 社会が変わると、対応できないのよ。自分で社会を制御できるわけじゃないからね。要するに世間がパチンコに厳しくなる、政治がパチンコを締め付ける、そういうのですぐに食うに困る状態に陥る。


 二十代とか三十代とかの色々なものを積み上げなくてはならない年齢の時に、パチンコしかやって来なかった人間が社会でまともに通用するはずがなくてね。

 文章が書ければ違うよ、面白い事が言えればもしかしたらYouTuberなんて道もあるのかも知れないよ。


 でもそういう事で金を稼げる人ってさ、俺みたいに本当にパチンコしか出来ないって人間とは違うからね。ちゃんとした能力があるんだから他の仕事でも食っていけるんだよ。


 パチンコで食うのは難しい。

 それが令和の時代。

 だからって廃業もできない。

 だって俺はこれしか出来ないから。

 ひねり打ちでアタッカーにオーバー入賞させたり、スルーで減らないように止め打ちしたり、俺が磨いてきたスキルってそんなもん。どこで使えるっていうんだい。


 パチプロはトータルだから、その日に勝ったとか負けたとかは気にしない。それは気にしないんだけど、打てる台がなくなっている。打てる台ってのは、充分にパチンコの技術があれば、長い時間打つことでプラスが積み上がっていく台。


 それが少なくなってる。ほとんどないと言ってもいい。


 換金もしなくなった。換金ってのはパチンコ屋で特殊景品にして、それをパチ屋とは無関係という事になっている古物商に買い取ってもらって現金化する事だけど、これはレートが良くない。

 だからパチンコ屋にある景品に替えている。

 食料とかを、そこで調達している。


 現金はほとんど持っていない。国民健康保険は払えなくて、白い保険証が送られてきた。十割負担だって。それでも免許を持ってない俺には唯一の身分証明書だからありがたいんだけど。

 どっちにしても病院にかかる事なんかできない。

 正直、パチプロになって一番切羽詰まった状態だ。


 そして今日──その台は光り輝いて見えた。


 長くパチプロをやっていると、釘を見ると玉の流れがイメージできるようになる。俺もそのくらいにはなっている。

 これはもしかしたら……着席して打ってみると、間違いなかった。

 アタッカー周辺の釘も──プラス、スルーも──プラス!


 間違いない。


 お宝台だ。


 救われた気がした。

 そうして俺は、その台を打ち始めた。もちろん飲み物は控える。トイレにいくロスが勿体ないからだ。

 この台は、打てば打つほど出る。

 日当はあとで計算しよう。

 間違いない。間違いない台だ。



 そして。



 避けられぬパチンコの難しさと対峙する。

 大当たり確率0・5%、それでもデジタルを400回転させれば86・53%は大当たりする計算。

 それが来ない。

 いわゆる確率の偏り、大ハマリである。


 長くパチンコをやっていれば、分母の十倍、つまり1/200なら2000回転ハマり、そういう極稀な現象が実際に起こる事を経験する。


 それが今来た。


 今、この時。

 スルーもいい。アタッカーもいい。この台で、この時に、来てしまった。


 何年か前、試行を重ねれば稼げていたという状態なら看過できる普通の現象。

 だが、今この時、勝てる台が見つからないという状況と、それによって圧迫された懐事情。今、ここでのこれは、辛い。


 冷や汗が出た。

 顔が紅潮する。

 1/200の2000ハマりは、実に──



 1/22586の現象である。

 


 逆に言えば日本全国で同じ機種が23000台あるとしたら、その中の1台は営業開始から2000ハマりをしてしまうという確率であって、結局のところパチンコを打っている以上避けられぬ、極稀であってもどこかの誰かが被ってしまう、そういう現象。

 それが今、この俺の身に、起きている。


 結局のところ──どんなに良い台であっても、大当たり乱数の引きに恵まれなければ、その日は負けである。

 通常、それでも良い。それが当たり前だ。逆に確率の偏りに恵まれる事もある。それがパチンコだ。そして長期的に見たトータルでは、ほとんど1/200に近い数字になっている、そんなものだ。だが一日の、4000回転~6000回転程度ではその本来の確率には収束しない。分母が200ならその百倍、2万回転させればかなり近寄るとか、そういうものなのだ。


 もちろん、当たらないという事で動揺したりしない。普段は。パチプロだから。


 だが──人は切羽詰まると、これほどに心を乱されるのか。


 俺は動揺していた。

 勝たなければ行けなかった。それほどに経済的に逼迫している。

 そして天からの贈り物のように、そこには素晴らしい台があって──救われたと思った。


 結果は悲惨なものだった。

 俺は呆然として、席を立った。


 心が折られた。


 店員の女の子が通りかかった。

 凄く可愛い子だった。

 このホールでは一番可愛い子だった。

 常々そう思っていた。

 俺はその子が好きだった。

 その子のパンツが見たいと思った。

 だから衝動的に、その子のスカートに手をかけて、めくったのである。




 これは心神耗弱である。




 憲法三九条に照らして、俺は無罪に違いなかった。

 四十路の男が、若い女の子のスカートを捲って、そしてパンツを見て。


 強い恐怖が背筋を何度か這いずり回った。自分の犯罪行為が信じられなかった。


 女の子は、突然スカートをめくられた驚いて振り返った。


 このあとの流れは、警察を呼ばれ、逮捕される。

 それは間違いない結末に思われた。


 が。


 その子のまくられたスカートの中から、一匹の蜂が現れ、店内を飛び回ったのである。

 俺の目線はその蜂を追っていた。

 店員の女の子も俺の目線を追いかけ、小さな声で「キャ」と言った。

 スカートめくりを目撃していた近くの人も、蜂の存在を認めると納得した表情を浮かべた。

 俺は言った。



「失礼、蜂が入っていくのが見えたので」



 女の子は俺にお礼を言った。

 刺されなくて良かった、と言葉を残してその場を立ち去った。


 その蜂はもちろん、俺の手から出したもので、この日俺は初めて、自分の特異な能力を実用的に使ってみせたのであるが──


 今日の食い扶持にも困るという現状は何一つ改善されていない。(了)

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