置物聖女は元引きこもりの天職です
「セレティア様は本当に御可哀想です。聖女様たちの幸せの犠牲に私たちの平和があっていいのでしょうか」
「……」
どうも。私ことセレティアです。一度目は引きこもり、二度目の人生では聖女やってます。前世の知識で言えば異世界転生者に該当するはずの私だけれど、ネット小説で読んだような前世の知識を使って俺最強とかはやってないです。中学で引きこもりになって10年以上家から出なかった私の性根なんぞ死んでも直らなかったからね。今も引きこもりだった時と何も変わっていない人生を送っています。
いやいや、聖女やってるじゃんと言いたいかと思いますが、本当大したことしてないんですよ実際。
というのも、この世界の仕組みでは聖女とは『聖女適応試験』で資格ありと判断されればこの国の女性の誰でもなれる国家公務員みたいな存在だからなのです。仕事内容は聖女の力が発揮できなくなるまで祈りの塔という各地にある塔で生活し、心から世界の安寧を祈るというもの。
心からというのが難しいもので平均勤続年数は7年くらいらしい。個々人の資質によるものが大きいので最長は初代聖女様の86歳、死ぬまで現役聖女だった記録なんだとか。私もそこまで長生きしたくはないけど、この生活は死ぬまでやめたくないと考えるくらいには天職だと思ってます。
「セレティア様はいつも何もおっしゃらないですが、私はわかっていますわ。本当はこのような辺鄙な場所に閉じ込められて不満なのですよね」
「……」
開幕で人のことを可哀想などと言い出した上に重ねて何か言っているのは、ビビアンさんと言って確か私と同じ16歳のお嬢さんだ。近くの街から通いで私の住んでいる祈りの塔の世話をしてくれている人の一人で、たまに私の仕事場である祈りの間にやってきては一方的に話してくる人である。
私の住んでいる祈りの塔があるのは国境。ビビアンさんの言うとおり国の中心である王都からは離れているが、祈りの塔の近くの街は聖女の加護を受けやすいので結構栄えていると聞いたことがある。
ビビアンさんはその街の有力者の娘で今回の祈りの塔への世話係も箔がつくために応募してきたと聞いた。国の安寧を保っている聖女様を支える献身的な人間というのは評価ポイントが高くなるらしい。文明の発達が前世でいう中世ヨーロッパと言えないこともないこの世界では、権力者たちの結婚は実家の利益を考えて行われるものだとか。
「何か言わなければ、何も変わりませんわ。セレティア様もいつまでも聖女を続けられないでしょう?私、心配しているのです」
「……」
ちなみに私は脳内ではこんなに喋っているが、いまだコミュ障なので基本リアルで会話ができない。特に会話をする人もいないので問題はないと判断し努力は放棄している。黙っていてもビビアンさんみたいに勝手に解釈してくれる人が多いので助かっているというのもある。この世界は光属性というか陽キャが多くて私のような陰の者には辛いものがあるのだ。
今もビビアンさんの大きなお世話なのはわかっているけど、軽くあしらう話術がない私はただ黙っているだけだ。本当は色々言いたいけどな。好き勝手に言われてる分、こっちだって好き勝手に言いたいけどな。それが出来てたらコミュ障なんてものはとっくに直っているわけで。表情筋だって死んでいるから愛想笑いも出来ないくらいに、今世でも人と関わってこなかったのです。
それにビビアンさんの気持ちもわからないでもない。つまるところ、彼女はただ自分の不満を私にぶつけているだけなのだから。私は壁になったつもりで軽く受け流しているだけでいい。色々削られる部分はあるけどな。
「セレティア様の聖女としてのお力が素晴らしいとは父も言っておりました。けれどセレティア様も16歳、そろそろお役目から解放されたいのでは?セレティア様と一緒に来た護衛騎士のジュライ様は王都に戻った暁には王族の近衛騎士になられるそうですわ。そのような有望な方をいつまで縛り付けておくのですか」
「……」
これだ。ビビアンさんは私の護衛騎士の一人、ジュライさんにどうやら惚れているらしい。ジュライさんは私がこの祈りの塔へ来ることが決まった時に増えた護衛騎士だけど、詳しい来歴は興味がなかったので聞いてない。こんな護衛対象で申し訳ないのだけれど、ジュライさんとはもちろん喋ったこともないし、なんだったら顔もまともに見たことがない。そんな状態なので二人の関係がどのくらいなのかはわからないし、興味を持ったこともないので今も知らない。
「幸せは自分で掴み取るものです。セレティア様は自ら幸せを捨てているように見えて本当に可哀想。私は自分の幸せを諦めたくないですわ」
多分、街の有力者の娘さんのビビアンさんは不自由ながらも贅沢な愛される暮らしを送っていて結婚も決められた相手とするんだろう。そんな時に騎士のジュライさんと知り合い、彼の未来を知って自分が選ばれたいと思うようになったのではないだろうか。
そう思うとなんとなく可愛らしく見えるが、実際はズバズバと人が反論しないことをいいことに言いたい放題言ってる人なんだよね。苦手なタイプではあるが、私の精神安定上、脳内のビビアンさんを作り上げてはそういうことにしておくのだ。でも今日はもう脳内変換も無理かもしれない。
そんな時に、扉の開く音がした。やっと護衛騎士が護衛しに来てくれたみたいだ。ビビアンさんも狡猾でちょうど護衛騎士が席を外した時にやってきては一方的に話しかけてきて、戻ってくるとすぐに出ていくという絶妙な動きを毎回してくれていた。
「おや、随分楽しそうな声がしたかと思えばビビアン嬢でしたか」
「えぇ、ご機嫌ようアレン様。お茶を下げますので失礼いたしますわ」
ふぅ。これで今日のビビアンさんは終了だな。どうでもいいけど、いつも退出時の口実のためにお茶を持ってきているのに、そのお茶を私に淹れてくれたことはないんだよね。まぁ、もらっても飲まないけどさ。
毎度嵐のようなビビアンさんが退出しても、部屋から出ていこうとしないアレンさんの表情を見るに、これはしばらく扉の前で話を聞いていた気がする。護衛騎士は普段扉の前で待機するはずなのに、今もこっちを見てニコニコしているのだ。
大体そういう時のアレンさんは不機嫌な時である。なんとなく気まずくて近くにあるクッションを抱きしめてみる。実にふかふかで良いものだ。
私の仕事部屋でもある祈りの間は、細部にまでこだわった引きこもり仕様になっている。土足厳禁の一段高くした床の上にふわふわのラグを敷いてその上で普段ゴロゴロしているのだ。聖女の祈り方は個人の裁量に任されているので、こんな自由も許されている素敵職業なのです。
ぶっちゃけ祈りの塔の真下にある魔法陣が発動していればいいわけで、魔法陣の範囲内である祈りの塔のどこで祈りを捧げても平気なのだ。私は自分の居住区に他人が入るのが嫌だから、日中は祈りの間にいるようにしている。5階建ての塔の4階が私の居住区なので、朝に1階にある食堂で朝食をもらってから、同じ1階にある祈りの間でゴロゴロして、夕飯を食堂で食べたら居住区に戻るという生活習慣が続いている。前世の私も規則正しい生活をする引きこもりだったからね。
ちなみに私は24時間どこでも祈りが発動するのが自慢だったりします。無意識でも聖女の力が発動しているくらい心からの世界安寧を祈ることは私の中ではそう難しいことじゃないみたい。他の聖女だとちゃんと禊をして祈りのポーズを取り続けないと発動できない例もあるので大変みたいだ。
なんてつらつら考えていると、気に入っているお茶の香りがした。どうやらアレンさんが淹れてくれているようだ。彼とは聖女になった5歳の時から一緒にいるのでかれこれ10年以上の付き合いになってしまったが、すっかり護衛騎士兼執事のような存在になっているので、こうしてお茶を淹れてくれたり何かと世話を焼いてくれている。
引きこもりたるもの自分のことは自分でできるようにしているけれど、やはり他人にしてもらえるのは嬉しいしありがたいことだよね。護衛といっても私は普段から祈りの塔の外に出ないので、小さい頃から私の面倒を見てくれていたアレンさんが執事化するのは仕方ないのかもしれない。
どうぞと言ってお茶を差し出す様はもはや鎧を着た執事にしか見えないもの。
「セレティア様、俺はまだ騎士を辞めたつもりはありませんからね。お世話だってセレティア様が小さい頃から見ているから慣れてるだけで執事の教育は受けていませんよ」
「……」
「セレティア様は喧しいの苦手でしょう?だから鎧を着ていても音を立てないように動けるようになったんです。簡易のものですが護衛騎士たるもの装備はしておきたいですから」
「……」
相変わらず私の脳内を読んでくる奴である。そう、いつからかアレンさんと会話が出来るようになっていた。いや、私はあまり口を開かないので、これが会話と呼べるか心配だが、さっきのビビアンさんのような一方的なやり取りではないので立派な会話扱いにしておく。
ちなみに2つ目の会話は、執事の教育は受けてないって言ってるけどその身のこなしはどう見ても騎士じゃないなと考えていたことに対する答えのようです。
「冗談はさておき、ビビアン嬢の言葉はあまり気になさらない方がいい。あれは貴女によくない感情をぶつけたいだけです。雇用更新が近かったのですがあれでは更新はされないでしょうね」
結構厳しいこと言ってるねアレンさん。でもビビアンさん此処辞めるのか。なんだかんだ言って同い年の女の子と話す機会もなかったから新鮮ではあったんだよね。一方的に話聞くだけだったけど。ジュライさんとは今後どうなるのかな。てかジュライさんといえば近衛騎士の話って本当なんだろうか。彼のことはよく知らないけど人生狂わせてたなら申し訳ないな。責任なんか取れるわけないけど。
「ビビアン嬢とジュライの間は何もありませんよ。まぁ、騎士に憧れる年頃というやつだったのでしょうね。あと、ジュライは元々王太子の近衛騎士です。こちらには王命で来ていますし、本人ものびのびと生活していますから安心してください。なんせ近くにある国境騎士団は我が国の精鋭ですからね、アイツは今日も鍛錬しに行ってますよ」
「……」
アレンさんが色々ぶっ込んできた。ビビアンさんのことはもう残念でしたとしか思えないから置いておくけど、ジュライさんに関する情報がヤバイ。触れてはいけない事情があちこち見えてますよ。どうしてそうなったのか触れたくないから今後も見ないことにするけども。もうジュライさん本人が楽しいならいいよ。私には関係ないと思おう。
「セレティア様は毎日、祈りの間か居住区でお過ごしになりますから本来護衛は俺一人で十分なんですけどね。王族が聖女の中の聖女様たるセレティア様を囲いたくて必死なんでしょう」
やれやれ、見たくなかったものを容赦無く見せつけていくね、アレンさん。そっかあ、私の評価ってそんなことになっていたのか。確かに祈りの塔を一人で任されることは珍しいと聞いていたし、『聖女適応試験』の最年少合格者も数十年ぶりだとは聞いた。それから16歳になった今も衰えるどころか日々強くなっていると感じる聖女の力。聖女の力は個々人の資質の問題だから、常に国と教会は新しい聖女を求めているんだよね。
そんな事情があれば私のような優秀な人材を国が囲いたいのもわかるよ。でも聖女の中の聖女様って言い方は恥ずかしいからやめてほしい。そんなたいそうなものじゃないのに。脳内こんな残念思考の引きこもりだよ。
「貴女は素晴らしい方です。セレティア様はセレティア様らしく毎日をお過ごしください。俺は貴女が自分の幸せを掴み取っていることを知っていますから」
「……」
やっぱりアレンさんはビビアンさんの話を聞いて怒っていたんだと確信する。確かに他人の幸せを勝手に決めつけて好きに言っていたもんね。最初から受け流していたけどそれでもチクリとするものはある。
思えば前世でもそういうことはあったな。結構ビビアンさんみたいに私のことを決めつけて押し付けてくる人はいるものね。まあ、引きこもりは親不孝の極みだったから何か言われるのも理解するし、それを聞いて反省はしていても後悔はしていなかったダメ人間なのは認める。私はなるべくしてなっていたと考えているけど、それは今も同じなのかも。けれど今世では引きこもることが世界の平和に繋がっているなんて本当に素晴らしいよね。もうただの二酸化炭素製造機じゃないなんて。
こんなことを考えている人間がとても聖女の中の聖女様なはずもないので、この評価はどうにかしたいけれど、訂正するにもそれについて誰かと喋らないといけないのがまた辛い。アレンさんなら私の脳内を読み取ってくれそうだけど、時たま意地悪だから分かったとしてもその話題には触れてくれなさそうなんだよね。
もし本当に脳内が読み取られたら私のこと幻滅するのかな。アレンさんも多少の情はあると思うんだよね、なんせ5歳児からの付き合いなんだし。でも無口な妹のような感覚でいたのに結構きついことをだらだら考えているような小娘だって知ったら引くかな。うん、私なら引くわ。
「俺はセレティア様の表情を見て察しているだけですので安心してください。まあ、ただ今更どんな貴女を見ても可愛らしい以外の感想は持たないと思いますけどね。もしセレティア様が会話を希望して俺に話しかけてくださるのなら何でも喜んで聞きますし。俺はセレティア様だけの護衛騎士ですから貴女のことを何ものからも守りたい。だからいつでも些細なことだって見逃したくないと思っていますよ」
「……」
アレンさん、そういうところですよ。思えばアレンさんが一度目、二度目の人生合わせても一番付き合いのある人になった。正直、私の人生はどちらを見ても家族に恵まれていないと思ってる。いや引きこもりを養ってくれただけありがたいんだけどさ。両親に愛されている実感とか一度も感じたことがないんだよね。
アレンさんはそんな私の家族になってくれた人だ。兄なのかオカンなのかわからないけど、私のそばで私を見守ってくれる人。文字通り、私自身を見て、守ってくれている。私が聖女である限りアレンさんも護衛騎士のままになってしまうことが心苦しいけど、少しだけ嬉しいのも事実だ。
「俺の幸せはセレティア様の護衛をしていても手に入るものですから、どうかいつまでもお側に居させてくださいね。5歳から面倒を見ているのに今更他の奴に任せるなんてことになるのは困ります」
「……」
うん。私もそう言われると困る。恥ずかしくて死ぬ。本当コミュ障を舐めないでいただきたい。そんな好意的な発言を向けられると全力で懐きたくなるでしょうが。まあ懐いたら今度は捨てられる恐怖で死にたくなるだろうから簡単に懐かないけどね。面倒な性格してんな私。
実際、私はいつまで聖女が続けられるのか。これは資質の問題と言われているけど、それについてなんとなく私には思うところがある。要するに自分の今ある幸せを未来にも求められるかどうかなんじゃなかろうかと。
私はこれからもこの引きこもり生活を続けたい。そのためにはこれからも聖女であり続け、世界が安寧でなければいけない。だからどうか世界よ安寧であれ。私は常にそう願っているだけだ。自分の引きこもり生活を続けたいだけのために祈っているだけなのに、それがうまいこと聖女の力の発動に役立っているのは嬉しいと申し訳なさが広がるな。
これが聖女であり続けるコツなのかは分からないけど、私の場合はそれで聖女の力は増しているしそれでいいんだと思う。祈りの塔でまるで置き物のように祈りを捧げる聖女という職業は、前世で引きこもりだった今でもコミュ障の引きこもり願望がある私の天職なのは間違いないのだから。