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信者の男

 ハーシェル家に世継ぎが……つまりは、次の生け贄が生まれる。

 その噂はまたたくまに町中に広まり、世間はお祝いムード一色となった。


 お腹の子どもへの罪悪感は未だぬぐえないけれど、ユーゴの言葉を信じて、大切に育てていこうと決めた。


 あれほど仕事に厳しかったユーゴは途端に優しくなり、私の身体をいたわってくれるようになった。

 子を守るため仕事の手伝いができなくなったのは残念だけど、大切に想ってもらえていることが嬉しい。


 仕事を手伝えないぶん他にできることはしよう、と、ユーゴと助手のアントニーのために昼食を作っていると、後ろから深いため息が聞こえてきた。


「レイラ様、ユーゴ先生との子を授かってしまったのですね……お可哀想に……」

 振り返ると、口惜しげにうつむき、歯を食いしばっているアントニーがいた。


「あの人の子を授かって、可哀想? あなたには、そんなふうに見えるの?」

 むっとして尋ねると、彼はこくりとうなずいてきた。


「ユーゴ先生は、本当に貴女様を愛しているのでしょうか? 草花のことばかりでいまも研究室にこもって出てこない。一度でも、愛していると言われたことはありますか?」


 アントニーの言葉に、胸を深くえぐられる。

 ユーゴが“愛している”という言葉を使ってきたことは一度だってない。

 その上、彼は妊娠発覚後も“青い花を咲かせることより大切なことはないから”などと話してきたのだ。


 無言のまま視線を落とすと、アントニーは私の目の前に小さな麻袋を差し出してきた。


「レイラ様、これをどうぞ。ジュニパーベリーです」


「なに、これ? ブルーベリーに似ているけれど。食べられるのかしら?」

 袋の中には、見覚えのない紫の実が大量に入っている。


「これは、流産を促す作用のある実。子が流れれば、先生から離れられる。ユーゴ先生は貴女を愛してはいませんよ。こんな結婚は悲しいだけです……」


 耳を疑い、立ち尽くす。

 さあっと血の気がひいていき、両目が限界まで見開かれたのが自分でもわかった。


「流産……? あなたは何を言っているの? こんなひどいもの見たくもないわ! もう二度と私に話しかけてこないで!!」

 アントニーに向かって、思いきり麻の袋を投げつける。

 そのまま逃げるように誰もいない寝室に入って閉じ籠り、声も出さずにむせび泣いた。


 “ユーゴ先生は貴女を愛していない”

 その言葉が苦しくて、辛くて、悲しくて。


 どうして彼は“愛している”の一言を私にくれないのだろう。

 愛しいと想っているのは私だけで、彼はいまも青い花のためだけに私を手元に置いているのだろうか。


 そう考えると、ぽろぽろと涙が止まらなくなってしまった。



 それからというもの、私はアントニーに極力接触しないようにしていた。


 彼は毎日聖拝堂に通うほど、ネラ教の熱心な信者で。

 どうやら彼は、ユーゴがネラ神をないがしろにしているような様子が気にくわないらしく、そんなユーゴが巫女と結婚したことも許せないようだ。


 とはいえ、流産を試みたり、私がユーゴからひどい扱いを受けていると妄想を膨らませるのは勘弁してほしい。

 彼にとっては親切でやっていることなのかもしれないけれど、私にはその見当違いの優しさが悲しくて、苦しかった。


――・――・――・――・――・――


 お腹の子はすくすくと育ち、いよいよ臨月へと入った。

 お腹が重くて、歩くことどころか、食事や呼吸をするのさえ苦しい。

 だけど、もうすぐユーゴとの子どもに会えると思えば、こんな苦しみさえ喜びへと変わる。


 男の子か、女の子か。

 町の人たちは、お腹の出具合や私の顔つきで、性別当てを楽しんでいたけれど、生まれるまではわからない。


 一回り歳は上だけど、赤ちゃんについての相談を通じてパン屋の女将であるジェーンとも親しくなれた。

 ジェーンは人前ではかしこまっているけれど、二人きりのときは気さくに話しかけてくれる。

 そんな彼女の存在がありがたくて、幾度もパンを買いに通った。


 愛する夫がいて、お腹には愛しい人との子どもがいて。

 町には友達もいる。

 普通の女の幸せとはきっとこういうものなのだろうと、幸せな日々を噛み締めていた。



「ねぇ、ユーゴ。この子の名前は貴方がつけて」

 隣で紅茶を飲むユーゴにそっと話しかける。

 ユーゴは驚いたように目を丸くしてきた。


「こういうのは、二人で考えるものではないのかい?」


「そうなのかもしれないけど、貴方につけてほしいの。ユーゴが育てた花はどれも美しいから、貴方が名前をつけてくれたら、どんな困難の中でも強く美しく咲ける気がするから」


 よしよしとお腹をさすって、微笑む。

 彼もお腹に優しく手をあててきて、柔らかく目を細めた。


「わかった。男の名前はいくつか考えておくよ。もしも女なら、とっておきの名前があるから、それをつけたいと思う」


 とっておきとは、どういう名前なのだろう。

 名前について尋ねたけれど、ユーゴはめずらしくいたずらっぽい顔で微笑み、何も答えてはくれなかったのだった。

これまでの投稿頻度だと企画最終日までに完結できないので、投稿ペースを上げます。本日はもう一話投稿予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] お。(察し) なるほど、青い花を咲かせてくれー!! レイラにいいお友達もできて良かった♡ ほのぼの幸せで嬉しい♡ 脱稿はしてるのかな? まだなら、無理しなくて良いからねー! 期間内にあげ…
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