32話 決勝戦③ ~追う者 迷う者~
バンッ、バンッ、バキンッッッ!
両者一歩も退かぬ戦いだった。
「ふう……ふう……」
「はあ……はあ……」
【超級闘士】エルーナ・クリストリア。
【魔法戦士】ネリス・アルノーク。
三者三様の戦いが同時に勃発する最中。
こちらは女性同士の戦い。またどちらも強豪ギルドの№2の経験を持つ指折りの実力者ということもあってか、苦戦は免れなかった。
「ははは…………最近なかったな。こうやって息が上がるのって……モンスターとかの場合は大抵何回かこうして武器をブン回してれば勝手に倒れてたってのに。やっぱお前相手だと辛いな」
両手斧。戦斧ヴァルランテ。
光が無くても自らが青白く輝き続けるという通称《アルテミスの涙》と呼ばれる希少な貴金属をふんだんに用い、誂えられたエルーナ専用の武器。青白い刃を備える大型の両刃斧。
エルーナはそんな先程まで振り回していた相棒へ体重をかけると、息を切らしながら発する。
「ふう……ふう……そりゃそうよ。対人戦だと訳が違うもの。でも同感だわ。やっぱり対人戦……それもあの超級闘士のエルーナ相手ならそれこそ死ぬ気で戦わないとね」
片や相手ネリスも同じく息切れ。
長剣。魔法剣カリバーン。
満天の星のような神秘的な輝きを秘める外見に、常に魔力を生み出し触れた者へはその魔力へ供給し続けるという伝説の魔結晶を材料に用いた業物。彼女もエルーナ同様に、自身専用に誂えられた超逸品。
魔法を込めて振るえば、通常の魔法剣に比べても数倍の威力を発揮する唯一無二の品だったが、今では疲れた彼女の杖代わり。
「ふう……ふう……でも、いつ見ても良い武器ね。このカリバーンとまともに打ち合える武器なんて滅多に見ないもの。それに手入れもしっかりされてるみたいだし」
片膝を付き、両手を剣柄に乗せるネリス。
「はあ……はあ……よく言うぜ。そっちだって良いの使ってんじゃないか。この斧とやり合えば、ほとんどはあっさりとへし折れるってのに」
「ふふ、そうね。貴方の馬鹿力も加わればひとたまりも無いものね。ホント……いつ戦ってもふざけた攻撃力しているんだから……」
そんなどちらも負けず劣らずの至高の業物を振るい、さらに実力も同等のため戦況は拮抗。
重い分、振るう際の消耗は激しいが当たればただでは済まないエルーナの戦斧ヴァルランテ。斧に比べると一撃の重みでは劣るが、その分まだ小回りの利きやすいネリスの魔法剣カリバーン。
「うるせぇ……あと馬鹿力とか言うな」
互いに一長一短の特徴。
もちろん二人ともそれは承知のうえ。ここまでの長時間にわたり延々と振るい合い、火花を散らし、何度も激しく衝突させあってきた。
そのため、パッと見えるだけでも両者ともにあちこちに傷や防具の損傷。エルーナであれば銀。ネリスであれば赤色の専用鎧に放ちあった技の跡が刻まれており、体力も消耗しきっていた。
「はあ…………さあてと」
――だが、それでも。
「そろそろ再開するか?」
「言われるまでもないわ」
彼女達は再び立ちあがる。
消耗につぐ消耗でまだわずかに息を切らしながらも、武器を力強く握りしめ二人は構え直す。
「まあ……でも――」
「?」
なにせこれは勝負だ。
決して単なるじゃれ合いでも手合わせでも無い。
一つの優勝杯を奪い合うれっきとした戦い。
たとえバテようが何しようが休んでいる暇は無い。やる事は競争相手を叩きのめすだけ。
だからこそ。
「多分だけど、次で決着がつくかな」
「……えっ?」
「よし! いくぞネリスッ!」
今度こそ勝敗を決するべく。
二人は一拍置いての再開。
引き金はエルーナの意味深な発言。
仕掛けたのも同じく彼女。ダッと勢いよく地面を蹴り出すと、エルーナはネリスに飛びかかるようにして横に構えたヴァルランテを振るった。
するとっ!?
バキィィィィィンッッッッ!!
「ぐっ!?」
「な? 言っただろ?」
有言実行。
エルーナのこれで決着がつくとの宣告通り。
ギギギギギ……ギリギリギリ……。
「うくっ……な……なんで」
変わった。
数分前までの互角の戦いが嘘の如く。
明らかに戦況が一気にエルーナへ傾いた。
短期決戦でも目論んでいるのか。突然の攻撃速度上昇。また同時に重みも格段に跳ね上がった。
「一体どこに……こんな」
対し、攻撃を受けたネリスは掴めず。
受けても勢い止まらずにギリギリと刃が迫ってくる中で、どう考えてもおかしいと疑っていく。
けれどもそれもそのはず。さっきまでは確かに同等だったはず。それも自分と同じように疲弊していた。なのに何故まだこれほどの力をと――
「こんな体力が残って――」
「うん? まだ分かってないのか?」
打って変わってエルーナ。
彼女はそんなネリスの様子。
全身にのしかかる自身の戦斧の重みに懸命に抵抗しつつ、困惑と疑問を隠せていない彼女に当のエルーナは思わずニヤリと口元を緩ませると答えた。
「簡単だ。お前迷ってるだろ?」
「ま……迷ってる……ですって?」
バキンッ!
どうにか斧を弾くネリス。
そのまま慌てて距離を開け追撃を逃れる。
しかしエルーナは彼女が次を構えても気にする事なく、まだ残っている回答を続けた。
「ふう……ふう……」
「確かにお前と私だと強さ的には同じぐらいだ。実際、開戦直後ならお前の方が勢いあったし。だからこそゴリ押しで攻撃。私だって受けては反撃するので精一杯だった。でも……ちょっと前からだ。疲れが出始めた頃から妙な違和感を出始めた」
「ふう……ふう……い、違和感ですって?」
ガゴオンッ! バキンッ!
「ぐっ……また……どうして」
「…………仕方ないな」
エルーナは堪らず明かした。
ネリスの迷いとは。この力の差の原因を。
自分とネリスではいったい何が違うのかを。
それは――
「その、以前からずーっと思ってたんだけどさ。お前……アイツの事好きだろ?」
「なっ!? んなななななっ!?」
あまりに突拍子の無い内容だった。
誰から見てもそれが現状とどう関係するのか。
特に当事者であり強さの変化に付いていけないネリスにとっては理解する余裕も無い回答。
「ななな……貴方は一体何を言って――」
それこそ、ふと剣の構えを忘れるほど。
かああと顔を赤くしてネリスは狼狽える。
「いやだってお前さ。いつも……ほら、あの薄黄色の髪をした奴……確かメアリーだっけ。アイツを気遣ってたのか知らないけど、いつも遠くからシリウスを見てたじゃないか」
「そそ……そんなこと――」
「まあぶっちゃけ露骨すぎて、逆にバレバレだったけどな。むしろその健気さとギャップに泣きそうになったくらいだ。奥手過ぎるだろ、お前」
「う……うるさいわね! それが何!? それがこの戦いとどう関係しているって言うの!? 単にからかうだけで言ったのなら怒るわよ!?」
すると当然ともいえる真っ当な質問。
ただ動揺させるだけの心理攻撃なら“たちが悪い”の一言で済む。だが今も信じられない圧で迫るエルーナの勢いに関して納得がいかないまま、ネリスは赤面しつつ大声でごまかしたが、
「じゃあ特に何とも思ってないのか? 別の女の子と結ばれても何も劣等感は抱かないんだな?」
エルーナは逃がさなかった。
なにせ原因がまだ分かっていない。
その自覚が無い事を指摘する為に続ける。
「そ、それは……いくらなんでも極端すぎるわ。そんな0か100かみたいな質問……そ、それよりも答えなさい! それがどう関係するのよ! 別に私が彼の事をどう思っていようと関係ないでしょ!? それもこんな時に!」
幸いシリウス含めた他メンバーは自分達の戦闘にかかりっきりにつき、聞いている余裕は無かったが。それでもネリスは顔を赤くしたまま、しつこく追及してくるエルーナへあやふやな返事を返していった…………………そうすると!?
「それだよ」
「……へっ?」
「そんな自分の気持ちにもハッキリせずにただ様子見して、いざという時は迷うような奴の攻撃が私に及ぶかってんだ。好きな男が出来たんなら迷わず一心不乱で獲りに行く。たとえ他の女がいてもだ。そういう気の揺らぎが今のお前自身を弱くしているんだ」
「く……下らない。そんな事で――」
「そんな下らない差でお前は負けそうになってんだぞ? 開幕直後はゴリ押しでごまかせても、こういう五分五分の状態になれば迷いがない奴に軍配があがる。自分に正直でド直球な奴がな」
「そんなの……そんなのただの欲に塗れたケダモノよ! 貴方はそれで恥ずかしくないの!?」
ビュンビュンッ! ガキンッッッ!!!
「くっ……また――」
「はっ! 何をいまさら。ケダモノ上等! 欲望上等! 私は私だ! 私はアイツが……グリフが大好きだ! それはハッキリしてる! そりゃ直で告るのは恥ずかしいし、呑気にチャンスを伺っている間に気が付けばライバルだって二人に増えやがった!」
エルーナはハッキリと打ち明けた。
私とお前の違いは己に忠実かどうか。
迷わず。揺るがず。向き合えるか。
「だ……だったら――」
ギリギリ……ギリギリと刃がせめぎ合う中でも構わず。エルーナは正直に続けていく。
「でも私はアイツに振り向いてほしい。私だけを見て欲しいって思う! だから積極的に誘って、アイツにもいつか私を好きになってほしいんだ。その為に私は役に立ちたい。アイツの大賢者になるって夢を応援したいんだ!」
ギキャンッッッ!!
「…………うくっ!?」
さらに重くなる一撃。
言動両方にて力負けし始めるネリス。
けれども彼女の予想は的を射ていた。
(迷い……シリウスの事が好きかって!?)
なにしろ思い当たる節が充分だったから。
よって彼女もまたエルーナへ正直に明かした。
「ええ、そうよ! 好きよ! なにか悪い? でもしょうがないじゃない! 私みたいな荒っぽい女よりもあの子みたいなお淑やかな子の方がシリウスにとってはお似合いなの!」
「それは迷いを正当化するための言い訳だ。自分を許すための嘘だ」
「嘘じゃない。真実よ!」
「じゃあお前は直接シリウスに聞いたんだな? メアリーの事が好きなのかって。もちろん自分の想いを明かしたうえで。確認したんだな?」
「そ、それは……」
その本音を聞いたうえでさらに問い詰めるエルーナ。だが即答できずまだ狼狽えるネリスに、
「恋愛だって戦いなんだぜ? 内に秘めているだけじゃ想いは伝わらないし燻ぶったままだ。だったら時には大きな覚悟を決めないとな!」
ブンッッッ! ガキャンッッッ!
「がっ!? う……ううう……足が――」
「その為にも……これで吹っ切れようぜ?」
重い一撃をお見舞い。
そして最後の答えとエルーナは技の構え。
対しどうにか押しつぶされずに済んだものの。
今の強烈な一撃を耐えるのにスタミナの殆どを使ってしまったのか。足元をふらつかせるネリスにエルーナは狙いを定め、戦斧ヴァルランテを大きく後ろに振りかぶった…………そして!
「纏い、爆ぜよ! 我が斧刃! 魔斧爆斬ッッッッッ!!!!!」
ブオンンンンッッッッッ!
それこそこの塔ごと叩き割るような勢いで。
エルーナは構えた刃を縦に振り下ろし解き放った。持ち前の中でも抜きんでて強力な奥義。
片刃に己の魔力と全意識を集中させ青白い閃光を纏わせると、そのまま勢いよくぶっ放した。
「くっ! スキル【斬撃防御】!」
対しふらつきつつも、もうそこまで迫っている大技に慌てて前方に防御壁を張りどうにか身を守ろうとしたネリス。だが――
「…………無駄だ」
キンッ! ボバアアッッッッッッ!!!
「キャアアアアアアアアア!!!!」
防げず。崩壊。
魔斧爆斬。
命中した瞬間に防御魔法もろとも青い大爆発で吹き飛ばす最高クラスの威力。ましてや苦し紛れで慌てて張ったような急ごしらえの防御では到底歯が立たない技をまともに受けたネリスはそのまま撃沈。膝から崩れ落ち地面に伏した。
――こうして。
「大丈夫。女の私が言うのもなんだけど、アンタは魅力的な女だ。幸いアンタの所のギルド長もウチと同じで、恋愛の“れ”の字も知らない天然バカ野郎なんだから――」
苦しい戦いだったが、どうにか一勝。
己に真っ直ぐなエルーナの勝利で終わり、
「これが終わったらきちんと自分の気持ちと向き合って、素直にアプローチをかけてみな。でないと後悔だけ残しちまうぞ?」
「……………………………」
聞こえているかは不明だったが。
エルーナは、地面に突っ伏し敗退者専用の強力な防御魔法に包まれるネリスにそう応援の言葉を手向けると、戦いに終止符を打った………………そして。
「……うっ。少し魔力を使い過ぎたみたいだな。ごめんなグリフ。助太刀は出来そうにないぜ」
ガクッと。
蓄積された疲弊に加えて。先ほどの必殺技に全力を注ぎこんだのか。勝利後にエルーナは軽い立ちくらみを起こすとそのまま残りの体力で戦場の隅に移動し、仲間の戦いを静かに見守るのだった。




