27話 燻ぶる者
【グランディア―ナ王国 不夜の酒場】
再現だった。
「いやぁ負けた負けた! ものの見事に敗退しちゃった! おかげで私達の評判は大暴落! ホントまいったね!」
あっさり敗退してしまった強豪ギルドのスーパーマッチョクラブ。にも関わらず、その副ギルド長ケントル・ベルは熱鉄板の上でジュウジュウと香ばしい音をあげる肉厚ステーキを切りつつ、なぜかやたらと嬉しそうにそう発した。
「だからって、さも当然の如くまた俺の前に座るの止めろ。俺はとにかく目立ちたくないんだ。ただでさえ煌々たる銀翼が勝ったことで、観客どものヘイトが溜まってるってのに」
それを受けてフードを深くかぶり直す彼。
ギルド決定戦開催前夜同様。この不夜の酒場の2階テラスにて、彼ケリー・アルヴィスはまた自身の許可無く、空席も複数あるというのに勝手に相席にしたケントルに文句を垂れていく。
「まあまあ硬いこと言わないでくれよ。1階ならともかく、ここなら幸い人も少ない。私もやかましいところでの食事は性に合わないからね」
「じゃあ一人で黙って食えよ」
「ノンノン。そうはいかない。確かにやかましいのは嫌だが賑やかは良い。特に誰かと会話をしながら食べるのは好きだ。でも、なんというか……1階は例えるなら騒音みたいな感じでね。ポジティブな話題だけなら良いんだが、予選直後のこの時期だ。やはり妬みやひがみなどの誹謗中傷が飛び交っていてね。不快でしかないんだ」
厚み数センチの分厚さゆえ火が通りきっていないのか。もしくは敢えてそうしたのか。
ケントルはまだ赤みが目立つステーキ肉を切り終えると、そうケリーへと溢していく。食事の時に不快な思いはしたくない。どんな内容であれ悪口、陰口にいちいち気を配るなど論外。
「………………分かったよ。ここで食え」
「HAHAHA! ありがとう! 君なら理解してくれると信じていたよ! じゃあお近づきの記しに私オススメの裏メニュー。バイオレンス・ステーキセットを特別にごちそうしよう!」
「なにそれ?」
ならばこそ知人との相席。
元より客席の空き具合も相まり1階と比較しても静かなため、余計にケリーとの食事を望み、
「もむもむ……ゴクリ。なあに、そんなに構える事はないさ。単なる肉の盛り合わせだよ。そうだなぁ、量的には牛一頭まるまる使った――」
「却下。それ一食で食う量じゃねぇよな?」
「えっ? いや一食で食べるけど」
「お前の胃袋には牛が入るのか」
大口をあけ肉を豪快に頬張っていった。
実のところは秘めていた敗退の鬱憤を晴らすためなのか、それとも純粋な空腹なのか。その腹の内については知る由も無かったが、とにかくケントルはステーキ肉をがっついていき、
「お、お待たせ致しました。裏メニューのバイオレンス・ステーキセットです……えっと――」
「ああ私だ。悪いがそこにワゴン丸ごと置いておいてくれ。勝手に取って食べるから」
「……注文してたのかよ」
ステーキ1枚では飽き足らず牛一頭。
ジュウジュウ、ジュワアアァァァァと。
ワゴンに乗っかるその馬鹿でかい鉄板にはサーロイン、リブロース、肩ロース、ランプなどのステーキに用いられる部位は当然。さらにはタンやバラ、モモなど厚み的にステーキに出来ない部位まで。とかく鉄板中が肉という肉で覆い尽くされたような狂気の料理まで手を出していた。
「もぐもぐ……ングング。ふふん♪ やっぱりいつ見ても胸高鳴る外見だ。どうだいケリー? せっかくだ。そんなポテトやチキンばっか食べてないで、試しにあれも食べてみないかい? 美味しいよ? 食後の満足感だって半端じゃないし」
「冗談きついぜ。あんな肉塊のオブジェを俺に食わそうとしてたのかよ。ゾッとするぜ」
「そうかい? 美味しんだけどな……」
「お前の胃袋にも恐怖を覚えるよ」
そのフォーク、留まる事を知らずに友人との会話で余計に食が進むのか、切り分けた肉を次々に刺しては腹に流し込むケントル。
対してケリーはそんな彼の旺盛すぎる暴食の様子に驚きを禁じ得ないまま、皿に残していた数本のポテトフライを口に運んでいく。
「ムグムグ……で、どうするんだい?」
「は? どうするって何を?」
すると、切り分けた最後の肉を流し込んだ直後。唐突にケントルはポテトを口に咥えたケリーに質問、もとい彼からすれば食事を共にする前から尋ねようと考えていた問いを向けていった。
「なにって……最強ギルド決定戦だよ。事情や世間の目がどうであれ君のギルドは決勝戦まで勝ち進んだんだ。なのに君はまさか本当にこのまま参加しない気でいるのかい?」
「その話か……」
咥えていたポテトを飲み込むケリー。
「前にも言っただろ。俺は観戦しにここに来たんだ。それ以上でもそれ以下でもない。アイツらが決勝戦まで勝ち上がっちまったのは誤算だったけど、それでも俺のやる事は変わらない」
彼は首を横に振りながら返答。
ひきつづき観戦する予定だと明かし、気分的にもケリーはこれ以上この話を引き延ばすまいと切りあげようとした……………………。
だがその返事では納得しなかったのか、
「勿体ないなぁ。君とシリウスの連携技は相当なものなのに。それに決勝戦まで勝ち上がったことで観客の一部では彼ら煌々たる銀翼に対する評価を改めている。だから今から参加しても、そこまで酷いバッシングは受けないと思うけど」
「なんと言われたって参加する気はねぇ」
「でも装備持ってきてるんだろ? その証拠に左手にいつものナックルしてるじゃないか。さっきまでトレーニングでもしてたのかい?」
「…………そ、それは」
ケントルは話題を続行。
決して引き下がろうとはせず。
彼の実力を知る者としてなのか。
その戦いぶりを観戦たいという興味からどうしても参加させたいのか。ケントルは続けざまにケリーへと向けていき参戦を煽っていった。
――けれども。
「だったらなおさら参加すれば良いじゃないか。幸いまだ除名はされていないんだ。ズルい方法にはなるけどシリウス達に参加したいって言えば強引に出来なくもない。だから――」
「やめろ」
「なんだったら今からでも――」
「やめろ。俺は言ったぞ?」
ケリーは激しく拒絶した。
手のナックルダスターを見られたのは痛手だったが、出発前から断固とした強い意思の元。ギッとした鋭い目つきも一緒に向け間髪入れずしつこく煽るケントルの発言を止めた。そして。
「いいか、勘違いするな。俺は……俺はただアイツら煌々たる銀翼の敗北。特にシリウスが惨めったらしく負けるのを見に来ただけなんだ。だから参加する気も、ましてや協力する気も更々ない」
「で、でもケリー……君は」
「それ以上は何も言うな」
ケントルも思わず口を紡いだ。
反論含め、もう聞ける雰囲気ではなくなった。
彼がどうしてここまで仲間の敗北を望むのか。
いったい彼とシリウスの間に何があったのか。
(やっぱり禁足地に入った後から……なのか?)
過去にギルド同士で顔を合わせた時も仲良し。
二人とも気さくに冗談を交える間柄だったはずと、ケントルが抱く疑問は尽きなかったが、
「少し話し過ぎたな。代金はここに置いておくぜ。あとそれから、くれぐれもアイツに俺が来ている事は言うなよ? じゃあな」
「分かってる。約束は守るよ。私と君はここで会わなかった。いやそもそもこのグランディア―ナに来ていた事すらも知らなかった。だろう?」
「それでいい。ああそれからもう一つ――」
「なんだい?」
「……腹、壊すなよ」
「ふふっ、ありがとう」
いずれにせよケントルが介入出来る暇も無く。
ケリーは彼にそう注意だけ促すとそそくさと退席。フードを深くかぶり直しこっそりと誰にも気付かれないよう2階から1階、そのまま店の外へと出ていくのだった。




