9話 腕試し ➁
「おいおい……嘘だろ?」
賢者グリフは思わず疑問符を浮かべた。
強力で凶悪な魔竜撃退という、命をも賭ける覚悟で挑んだ高難易度クエスト。グリフ達はそのクエスト対象となる魔竜サラマンダーの住み家。この離れた平原地帯へと来たのだが、
「グワアオオオオオオォォォッッッ!!!」
「おおおっ! 中々に生きの良い奴ではないか! 気に入ったぞ! それでこそ余の腕試しに相応しい狂暴な魔竜だ!」
(なんでアイツ、魔竜相手にあんな余裕なの!?)
正直現在のグリフにとって、今も対峙する両者。
そのどちらの方が怪物なのかの区別もろくに付いていなかった。
「グオワアアアアアアアアアアア!」
「うわわわ!? やっぱすげぇ迫力!?」
まず片方は狂暴なドラゴン。
咆哮による凄まじい風圧で生えている草花を激しく揺らすだけでなく、当事者の賢者グリフさえも軽く戦慄させる【火炎魔竜サラマンダー】。
全身の紅蓮色の鱗は溶岩のようにグツグツと煮え滾り、さらに飛行能力の高い両翼を巧みに扱い宙を舞いながら生息地域を侵す者がいれば即座に捕捉し襲撃する気性の荒さ。
また着地時もまるで獣かの如く四足歩行に切り替え、獲物や邪魔者を見境なくなぎ倒すというこれまた狂暴性を象徴する姿についても圧巻の一言。
(やっぱり高報酬に見合うだけの魔物なんだよな……確かに撃退だけでも500,000Gは妥当か)
だからなのかグリフは今回狙われる対象とされたサラマンダーが持つ実力や強靭な姿から、改めて今回のクエストの難易度の高さや報酬の設定に納得する。
だが……肝心なのはもう片方。
「あっはっはっは! 気に入ったぞ小僧よ! 余はこのサラマンダーとやらを痛く気に入ったぞ! よもやこれほど大型の魔物と戦えるとは!」
そんな狂暴性に満ち満ちた火炎魔竜サラマンダーが轟かせる咆哮を聞こうが、どれほど鋭い視線で威嚇されようが構わずに特攻。高笑いを決めつつ上機嫌に立ち向かう怪物がもう一匹いた。
「グワオオオオォォォォッッ!」
「うおおおっ! 次は爪の振り下ろし攻撃と来たか! うーむ、実に素晴らしい一撃だ。貴様も余の体を切り刻まんと必死なワケだなっ!」
召喚者フィオナ。
女性らしい軽やかな身のこなし。その洗練された華奢な体を生かして、サラマンダーの剛腕攻撃やまともに受ければ致命傷の爪攻撃を回避。まるで間を縫うかの如くするりするりと軽々しく避けていき、
「しかし……残念だが余もここで殺されるワケにはいかぬのだ。あの岩場の影で怯えている小僧に余の実力を見せてやらんといかんからな!」
「グギュゥ!? グゴオオオオオオオッ!!」
手に握る大鎌状の武器を振り回し応戦。
巨躯ゆえに動きが鈍い。フィオナは相手が一動作する間に、何度もその鎌状の刃から赤黒い斬撃を放ち、次々に硬い鱗ごと身を切り裂いていく。
「そらそら! どうした魔竜よ。貴様の力はこの程度ではあるまい? 多くの人間達より畏怖されし狂暴な火炎竜なのだろう。貴様も生を望む者であるならば死ぬ気で余と力比べをするが良い!」
踊り子さえ見惚れるような鮮やかな足さばきを見せ、フィオナは続けて挙動の鈍いサラマンダーにビュオンビュオンと風を纏わせた斬撃で怒涛の攻撃を仕掛けていく。
「グオオオオオオッ! グアン! グアン!」
対しサラマンダーもフィオナの猛攻に対し、持ち前の耐久力を生かしつつ攻撃手段を変化。
黒い鋭利な爪の振り回しや鉄の盾をも砕く強固な牙の噛みつき攻撃以外にも、追加攻撃として口から大きな火球を吐きだしてはフィオナを牽制。
「グルルル! グオォォン!」
「うおっ! 今度は尻尾攻撃か!?」
加えて尻尾。鈍いながらも火球を回避するフィオナの動きを予測し、極太の鞭のような尾で追撃を仕掛けたりと立ち回りを強化。なんとしても彼女を倒さんと動いていく。
「す……すげぇ。予想以上過ぎる」
そうして完全にアウェイではあったが。
グリフは目前で巻き起こっている【大鎌の美女】VS【火炎魔竜】の激戦ぶりに呆気に取られつつも、フィオナの実力を測る為に眺める。
その災害のような戦いぶりに巻き込まれないよう、人一人隠れられそうな岩を盾にして、
「ググ……グオオオオオオオッッッ!!!」
「ほぉ、翼や腕を切り刻んでもなお戦意を失わぬか。邪悪な竜ながらもその胆力には敬意を表せざるを得んな……だがこうして戦火を交えた以上、最後に生き残るは一人のみ! よって――」
「ガボン! ガボン! ガボン!」
「おっと……また火球攻撃か。ったく、余が褒めてやっている時くらいは黙って聞かぬか?」
対しグリフ観戦の元。
攻撃の勢いでは決して引けを取っていなかったフィオナは、呑気にそう称賛の言葉をサラマンダーへ向ける。すると突然、相手との距離を取る為なのか、直後に足元へ放たれた火球攻撃を回避し、勢いを付けて後方へ大きく飛んでいく。
「さて……余のこの技には【距離】が必要なんでな。接近状態からは離脱させてもらうぞ」
バックステップに似た要領で途中で何度か地面に足を付けながら勢いよくジャンプを重ねて、サラマンダーの懐から離れていくのだった。
――すると?
「……では、そろそろ終わりにしようか。火炎の力を纏いし強大なる魔竜よ。実に楽しい余興であった。よって貴様へのとどめは余が直々に付けてやろう。死後の世界で誇りにするが良い……」
「グルルルルルル……」
フィオナは構えに入った。
先程まではサラマンダーの攻撃を楽々と回避し、縦横無尽に斬りつけるという。誰から見ても優勢だったにもかかわらず彼女は昂った感情を抑えるように意識を集中させると、
「余の武器は生命の終焉と闇を司る神器なり……今こそ対峙者へ向けて秘められし力の片鱗を味合わせん。死とは終焉なり、また死とは――」
(アイツ……一体なにを――)
グリフが固唾を飲んで見守る中。
フィオナは散々軽々しく振り回していた大鎌状の武器を大きく後ろに振りかぶると、なにか呪文のようなものを口ずさみ始めていった…………しかし!?
「グルルル! キュオオオオオオオオォォ!」
「なっ!? サラマンダーの奴、何を!?」
なんとサラマンダーも同様に溜め始めた。
これまでの数多のモンスターとの戦闘で培った経験からか、明らかに技に集中しているフィオナの隙を見計らい、攻撃を受ける前に倒さんと周囲の空気を大きく吸い込んだのだった!
(おいおい、あのサラマンダーの息を吸い込む溜め行動って……まさか!? ヤバい! 早くアイツに知らせないと――)
同時にグリフは察知。
前もって知りえていた情報から、目に入ったサラマンダーの次の動きを即座に予知した。
アレが飛んでくる。
そう、戦いが始まってから終始注意していた【例の技】を飛ばしてくるだろうと、
「おい! 技の溜めを解除して早く避けろ! じゃないといくらお前でも――」
それは直線状のあらゆる物を消し炭に変える技。
人智を越えた測定不能の高温を誇る【豪灼熱の息】が吐かれる前にと、グリフは未だに技の溜めに集中するフィオナへ呼びかけるのだった!
だがっ!?
「………………」
「おい! 聞こえてんのか!?」
フィオナは動かなかった。
構えを解く事も無かった。
彼の忠告が届いていたかは不明だが、サラマンダーのまんま直線状にいるフィオナは少なくとも慌てて避けようとしたり何かしらの対抗策を練ろうという素振りを見せる事なく、ただひたすらに武器を大きく構えたまま制止していたのだった…………そして。
「グルル……ガグヴオオオオォォッッッッッ!」
「しまった!」
ついに放たれてしまう。
サラマンダーは大きく身をよじらせると、通常のドラゴンなどとは比較にすらない煉獄の光線とも呼べる豪灼熱の息を口元から吐きだすのだった!
「もう回避は間に合わないぞ!」
焼き、焦がし、溶かす。
ギュオオオオオォォォォォォ! と。
木々を薙ぎ倒すような暴風と轟音を伴って、周囲の景色を赤く染めるサラマンダー最強の奥義が射程圏に捕えられたフィオナの肌を黒く焼き尽くさんと迫っていく…………。
(……あれほど注意しろって言ったのに!)
絶体絶命。
傍観していたグリフは技が放たれた以上。
もう自分では手も足も出せない憤りを覚えながら、目前まで灼熱の息が迫っているフィオナの行く末を案じた。
けれども。
グリフは直後に信じられない光景を目の当たりにする……それは――
「……さあ逝くがよい魔竜よ! これが余が貴様を黄泉へ送る黄泉送りの刃だ! 受けるが良い《冥闇なる命奪の一撃》!」
ビュオオオンンンッッッッ!!
シュバァァァァァンンッッ!!
「んなっ!?」
一閃&両断。
獄炎の光線息がほんの目前に迫る中。
ついにフィオナは構えた大鎌を縦に大きく振るうと、まるで地を割るような勢いで巨大な暗色の斬撃を発生させてサラマンダーの灼熱光線を真っ二つに切り裂いたのだった。
豪灼熱の息の音に負けず劣らずの音を響かせて――
「……冥福を祈ろう。火炎魔竜よ」
そうして……さらにフィオナの放った斬撃はサラマンダーの豪灼熱の息を両断するだけでは飽き足らず、勢いを一切衰えさせる事もなく突撃。
(おいおい、まさか!?)
「グギギギッ!? グゲギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!」
先までの攻防が例えるなら遊戯だったとでも言わんばかりに、フィオナが放った斬撃技は吐いたサラマンダー本体の肉体すらもそのまま両断していき、あっさりと地に伏せさせ葬ったのだった…………。
(う……そ、まさかの討伐成功?)
「ふう、中々の強さであった。だが余の真なる武器を見せるにはまだ力不足だったな――」
なんとも優雅な振る舞いであった。
本来の冒険者であればサラマンダー程の大型モンスターを仕留めたならば、誰もが大歓喜で声を荒げたくなる大金星なのは間違いないのだが、
「しかし貴様の死は余の実力を見せつける為の糧としてとしては充分であった。それだけは生涯の誇りにして黄泉の川を渡るが良い……」
攻撃こそ荒々しい強大な斬撃技だったが、当人のフィオナは有頂天になって喜ぶどころか武人の如く。対峙したサラマンダーへ自分なりに敬意を込めた言葉を手向けると、後ろで大口を開けてポカンとしているグリフの元へ振り返っていき、
「……小僧。どうだった余の戦いぶりは? 中々に見事なものであったろう。さあ……では答えを聞こうか? 余の強さは合格か?」
目標を警戒させて撃退させるどころかものの見事に倒してしまったフィオナは大鎌状の武器を担ぎあげると、美しい笑顔でグリフへと確認を取るのだった。
「ご、合格でございます……はい」
対しグリフはフィオナの圧倒的な能力に顔を引きつらせ、うろたえながら返答した――




