28話 強者①
……おかしい。
ヌルは真っ先にそう思った。
ガキンッ! バキンッ! ジャキンッ!
「そらそら! どうしたヌルとやら!? 攻撃の速度が落ちているぞ! その腕から伸ばした刃で余を狩るのではなかったのか!? それともこの程度の実力で余の首を獲れると自惚れたか!?」
明らかにおかしい。異常だ。
いったい何なんだ……こいつは。
この人間……いやそもそも人間か?
「グギギ……調子にのるな……よ。ヌル……負けない……いっぱいご飯食べた……だカラ今のヌル……最強……だからお前……負けて死ぬ。それで終わリ……それで邪魔者消えて……マスター・ディアスが……王……なる。それだけッ!」
武器が交わる度、ヌルはさらに困惑した。
ガキンッ! ジャキンッ!
ガキンガキンガキンガキンガキンッ!
「うおおおおっ! そうだ! それでよい! こう本気を出してもらわなくては余も魔女帝としての張り合いが無いというものだっ! さあ、もっともっと力を入れてかかって来るが良い!」
いや、正確に言うならば通常の人間とは違い、感情の起伏が皆無の怪物ヌルからすれば今自分は困惑しているという認識があったのかは定かではないのだが、少なくとも戦況を鑑みるに――
「ギギギギギッ! コロス! 絶対に殺ス! ヌル……最強! 第四階層にいた巨人ゾンビ……ゴリアテ・デッドも相手じゃなかった! 殺した兵士達言ッテた! ゴリアテ・デッド……ダンジョンで一番強イって! だから……そんな強イ奴倒したヌル最強! だからヌル……勝つ!」
違和感らしき蟠りはあった。
しかもその蟠りの正体もハッキリしていた。
ガキンッ! バキンッ! ジャキンッ!
「…………哀れなものだ。その見え透いた虚栄と自惚れ混じった慢心こそが【この現状】を生み出している大きな要因だというのに…………まあ今さら貴様がどう懺悔しても許す気は無いがな」
それはフィオナが未だに死んでいない事。
どうしてコイツは死なない?
なぜ自分は未だにコイツを殺せていない?
それどころかどうして攻撃が当たらない?
なぜだ? なんで? 一体どうして?
「キョエイ……マンシン? 何だ……それ……ヌル知らない……意味不明。でも、ヌルは勝つ! お前みたいな変な奴に負ケナい! だカラ……ちょっとだけ調子良いくらいで……図に乗ルナ!」
分からない。
ヌルには一切理解が出来なかった。
ジャキンッ! ガキンッ!
ガキンガキンガキンガキンガキン!
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね……死ねっ!」
「ふむ……やはり余は貴様のことをちと過大に評価し過ぎていたようだ。少し煽られた程度でここまで攻撃が荒くなるとはな。貴様からすればどれだけ素早く斬りかかっているつもりでも、余からすればその抑えきれていない殺気を辿るだけで容易くその刃先が読めるというのに――」
「ダ……マレ……黙れ黙れ黙れ黙れ! 黙れ!」
自分は狩人。よって他は狩られる者。
自分は最強。よって他はただの弱者。
自分は怪物。よって他は恐怖する者。
と、ディアスの手で黒い棺より目覚めてから数時間しか経過しておらず、未だ言葉遣いを含め情緒が不完全な部分もちらほら伺えるが、しかし常人離れした実力を発揮し邪魔者を簡単に葬ってきたヌルからすれば少なくとも自分は強い存在という認識だけは存在していた。
ヒュンッ! ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
「右から2回……次に左から3回。そして、しゃがんでの余の脇腹から右肩へかけて斬りあげていき……最後に余の首元をめがけて……と見せかけて縦に両断しようと大きく身を振りかぶり――」
「グギギ!? 死ね死ねっ! 早く死ネッ!」
そう。自覚していた筈だった。
少なくとも彼女と戦うまでは――
ヒュンッ! ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
「……縦方向にわざとらしく大きな一撃。だが、そうやってあっさりと敵に躱させておき、敵が貴様の攻撃の隙を狙い、相手が反撃を仕掛けようとする所を逆に狙い撃ち。懐に飛び込んできたその者の首めがけて一閃か……見え透いた奇襲だ」
ヒュン! ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
「なン……デ? なンデ一度も攻撃が当たらナイ!? なんで……なんでナんでなンデ!?」
「ふう……まったく、進歩の無い奴だ。今まさに余が口にしたであろう? 貴様の攻撃は殺気に満ち過ぎているとな。だからそんなにいきり立って攻撃されては嫌でも攻撃の軌道が読めてしまうのだ。ふっ、さてどうだろうか? いっそのこと、余は目隠しでもして戦ってやろうか? 無論、結果は同じだと思うが」
「メ……目隠し? ふ……ふざケルな!」
フィオナ・スカーサハ。
彼女だけはここまでの相手とは全く違った。
赤黒い稲光を纏った魔槍【ゲイ・ボルグ】を鮮やかに振るい、実力に見合った大言を口にしていくその異世界の魔女帝だけには通じなかった。
「ふふっ、ならば最後まで足掻いてみるが良い。いずれにせよこの戦いが恐らく貴様にとって最後の戦いとなるだろうからな。この世に未練を残さぬためにも今は思う存分その刃を振るい、余を徹底的に惨殺する気でかかってこい。しかし、もし……それが出来ぬというのであれば――」
当たらない。
虚しく空を切るだけで刃を躱される。
だが当てても通らない。全て弾かれる。
自分は強い。けれどもまだ倒せていない。
それどころかこの女は一切恐れない。
「デ……出来ぬというのであれば?」
「……このまま敗北し、惨めに散るが良い。それが貴様の喰らい殺した幼子達へのせめてもの贖罪になるだろう」
「惨めに……散ル? つまりヌル……負けル?」
明らかに異質。異常な存在。
強いから? いや、強いのは自分だ。
だったらなんでこの女は未だに立っている?
どうして未だに血を一滴も流していない?
哀れにもヌルはそんな飲み込もうにも飲みきれない不可解な連鎖に吞まれながら――
「さあ、これで話は終わりだ。ヌルとやら。そろそろ再開しよう。互いにいがみ合う者同士もう一度その刃先を交えようではないか。そしてどちらかが骸になるまで殺し合おう……」
「ヒッ!? グググググ……コ……ロス……絶対にお前コロス……絶対殺してヌルが勝ツ!」
瞬間。
やはり理解自体は出来なかった。
しかしヌルは言葉の最後と同時に向けられたフィオナの冷たい視線を見た途端。全身の底から【何か】が溢れんばかりこみ上げ、本能的に一歩身を退かせられながらも彼女に挑んでいくのだった。
「切り刻んでヤル! バラバラにしてやる!」
「………………………………」
まさか直後にそのフィオナの圧倒的な実力。
格の違いを見せつけられるとも知らずに――
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話は色々あって書き貯めが間に合わなかったので、23日(木曜日)に投稿予定です。
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1月21日追記
諸事情により投稿日を変更します。
次話は1月25日(土曜日)に投稿致します。




