13話 待つ者
……不安で押しつぶされそうだった。
「ねぇ……ガレンお兄ちゃん」
「どうした? ミール」
「セリカお姉ちゃん……大丈夫?」
「……またその話か。昨日もしただろ?」
セリカが床下の穴より脱獄して数日。
相変わらず毎日望みもしない労働が続くだけでなく食事も満足に摂る事は叶わなかったが、それでも時間が経過した影響か、見張り達によるセリカの動向についてのしつこい問い詰めもようやく止み、
「うん……でも、やっぱりミールは心配……」
「あのなぁ、気持ちは分かるけど。今は――」
「いや、ミールの言う通りだよ。ぼくも声に出さないだけでお姉ちゃんが心配で堪らないんだ」
「……あたしもセリカお姉ちゃんが心配なの」
「オイラも。早くお姉ちゃんに会いたい」
「お、お前ら……次から次へと。しかも今度はノルンだけじゃなくてマリンやネルまでか……」
一応は無事に……とでも言うべきなのか。
子供達はセリカの言いつけ通りに証言。
彼女は“自分達を置いて牢屋の床下の穴から逃げた”という脱獄したという【事実】のみの一点張りで、実際は自分達を助ける為に逃げたという【真実】をひた隠しにし、見張りを欺き続けた結果。
「ガレンお兄ちゃんは心配じゃないの?」
「いやいや……そりゃあ俺だって心配だぜ、ノルン。確かにセリカお姉ちゃんはそそっかしいところあるし。誰かの為なら平気で自分を犠牲にして無茶するような悪い癖もある。でもな――」
誰も拷問の恐怖に晒される事も無く。
まして子供達の誰かが見せしめに全員の前でいたぶられたりと非人道的な行為も行われず、これといって痛々しい生傷の類も見当たらなかった。
ただし――
「でもな……セリカお姉ちゃんが俺達に必ず戻ってくるって約束したんだ。だから俺は信じて待つ。無事にセリカお姉ちゃんがすっごい助っ人を連れてここから助けてくれるその時をさ」
【心】だけは別だった。
「う、うん……分かった。ガレンお兄ちゃん」
「そうだね。セリカお姉ちゃんは来るよね」
「お姉ちゃんは約束を守る人だもんね」
原因はもちろんガレン達の話題。
自分達を助ける為にと脱獄したセリカが未だ戻らず、完全に音沙汰が途絶えたこの状況に子供達は肉体の限界よりも先に心が限界を迎えてしまい、既にこうして悲鳴をあげ始めていたのだ。
「そうだ。セリカお姉ちゃんは必ず強い人を連れて戻ってくる。それにみんなも知ってるだろ? お姉ちゃんが本気を出した時のスゴさをさ」
ただ、今も彼らの会話に何度も挙がる通り。
子供達の不安の矛先についてはセリカの築き上げた信頼の賜物なのか。決して彼女が裏切って一人で逃げたという点に疑いを向けるのではなく、あくまでも無事に脱獄して今も生きているのかどうかという安否をひたすら気遣っていたのだった。
例えるなら脱獄途中で見張り達に捕まり殺害。
あるいは狂暴なモンスターに襲われて死亡。
もしくは途中で飢え死になどしてないか等。
「「うん。それは嫌と言うほど知ってる」」
「えっと……あれは確かノルンの大切にしていた絵本がカラスに取られた時だったよね?」
「そうそう、必ず取り返して来ますってお姉ちゃんが飛び出していったきり三日間ぐらい戻ってこなかったんだよね……本当にもう少し遅かったら神父様も探しに行くところだったんだ」
「それでようやく戻ってきたと思ったら、確かに絵本は無事だったんだけど……お姉ちゃん本人はやたらとズタボロで帰ってきたんだよね?」
セリカお姉ちゃんは必ず戻って来る。
そう子供達は信じてあまり考えてはいけないと自覚を持ってはいたが、だがそれでも戻らぬ彼女に対しどうしても不吉な予感がよぎっていた。
「あははは! そう、それそれ! それで後からお姉ちゃんにどこに行っていたのって聞いたら、最初は絵本を盗ったカラスが大きな森の中に入っていったせいで一日中迷っちゃって――」
「それでカラスに突かれながらノルンの絵本はどうにか取り戻したんだけど、今度はその帰り道にうっかり森の中で寝てた怖い牛のモンスター『ブルダーク』の尻尾を踏んじゃって、そのブルダークに追いかけられる羽目になったんだよね?」
「そうそう。あの時はみんな大笑いだった」
「セリカお姉ちゃん……本当にそそっかしい」
「でも普通に考えるとそんな事あり得ないよね」
「どんな不幸の星の元に生まれたんだろう……」
「100%当たる福引でもハズレを引きそう」
しかし、実際の所はまるで真逆。
子供達の予想とは裏腹にセリカは奮闘。
確かに一度は野垂れ死にしそうになったが、それでも彼女は当初の目標通りにグリフの元へとたどり着き、今も子供達を救うべくギルディア王国へと再度赴き救出の算段を整えていたのである。
「でも……今思うとそうだよね」
「セリカお姉ちゃんは必ず約束を守るの」
「まあ、後先を考えないとこあるけどね」
「そ、それじゃあ……僕達もガレンお兄ちゃんみたいに信じようか。セリカお姉ちゃんがここに戻って来てくれるのを。だから僕達もお姉ちゃんと約束した通りにもう少し我慢するんだ」
だが当然、外の情報どころか日光でさえろくに入らない獄中の彼らからすればそんな進捗など分かるワケもなく、ただ唯一の希望であるセリカの身を案じる毎日を送っており、
「よしよし、いいぞノルン。その調子だ。そうだぜ、きっとセリカお姉ちゃんはこうしている間にも必死になって俺達を助けようと頑張ってるんだ。だったらこっちも頑張って待つんだ。それに今の俺達にはそれくらいしか出来る事がな――」
そして今回のように誰かが弱音を吐いた際には年齢こそ成人に近いセリカに比べるとずっと下だが、次点で年長者である少年ガレンが彼女に変わり励ましては全員の心を支えていたのだった。
……そうして。
「おい、お前ら出ろ。【祈り】の時間だ」
「「「「…………………………」」」」
今日もまた同じ苦痛。
別所より戻ってきた見張りの冷たい声と共に牢屋が開かれたかと思えば、そのまま不気味な黒い棺桶の元へ連行されていくのだった――




