4話 召喚 ➁(☆)
挿絵回です。
※挿絵差替えました。(2022/2/19)
満月の夜。
「よいしょっと。この辺でいいかな?」
月明かりに照らされる林の中、グリフは持ってきた荷物を足もとに下ろすと、誰かに見られたりしていないかと警戒し周囲を見渡した。
しかし誰かが林をうろつく気配はなく、また深夜という事も相まり生き物の気配もろくに感じられなかった。
「……よし。そんじゃあ早速始めよう」
これから行う儀式を他人に見られたくないのか。
彼は再度人目が無い事を念入りに確認しながら、地面に下ろした荷物の麻袋を漁ると今宵の儀式に必要なアイテムを取り出していく。
煌々と満月が輝く中で行う【召喚の儀式】に必要なアイテムを――
「えっとまずは《バイオスネークの毒袋》とこの《カエルゾンビの干物》で錬金をして……うっわぁ……相変わらずひでぇ臭いだな。この干物を食うか死ぬかって聞かれたら、躊躇なく死を選ぶな」
【召喚の儀式】
文字通り何かを呼び出す儀式のこと。
技法としては諸説ではあるが、確実に必要なアイテムは三つ。
まず初めに必要となるのは魔法陣を描く為の品。
「よし、無事に≪歪みの悪汁≫へと錬金出来たな。次はこれに家畜の生き血≪ニワトリの血液≫と契りを交わす俺の血を混ぜてっと……ほい、これで魔法陣を描く絵具の完成だ」
そこで、グリフは絵具としてニワトリの血液だったものを名称不明のどす黒い紫の液体に変化させると、用意した空瓶に詰めてそのまま地面へと垂らしていく。
召喚に必要不可欠な魔法陣を描くために、
「それで……形は確か五芒星に近い形だな」
なお、描く紋様についてもまた然り。
五芒星、六芒星、七芒星と用途によって様々な紋章を描く必要性があり、誤った模様を描いてしまうと召喚に失敗。次の機会まで待つほかない。
「俺が必死に解読したあのボロボロ石板の内容があっていれば、この形で間違いない……はず」
グリフは時間をかけて解読した己の情報を信じつつ、緊張からか手元の瓶を震わせながら地面へ大きく不気味な紫色の魔法陣を順調に描き終えていく。
緊張の理由としては知識としての蓄えは充分にあったが、実践としては初の召喚という影響もあったからだろう。
「さてと、それじゃあ次は――」
そして二つ目は【贄】。
いわゆる捧げもの。
召喚した者をてなづける為の品であり、もし仮に贄無しで悪魔等を召喚してしまうと代償無しで使役する気かと反感を買う事も多く、最悪は呼び出した側の死に直結する事もある程。
「……ちょっと贅沢だけどこの≪竜の魔眼≫と結晶化した≪大悪魔の心臓≫があれば満足すんだろ。逆にこれで満足しない奴が出て来たらすぐに強制送還してやる」
グリフは袋の傍に置いていた残りの品を拾うと、描いた魔法陣の中央へ供えていく。
今回の召喚の為だけに用意した高価なアイテム。青光りする竜の目玉と、強力な悪魔系モンスターの心臓が封じられた結晶を捧げものとして――
「……そんで、ラストはこの石板だな」
そうやって最後は【触媒】。
ある種、儀式で最も肝心とも呼べる品。
言ってしまえば別時空から呼び出す召喚者の性質|を決定づける品々であり、例えるなら生物の生き血や生命力を源とする悪魔ならばたいてい新鮮な家畜を使用する例が多い。
「えっと『我を大いなる月光の元へ捧げ、星界に浮かびし五星の紋を描け。さすれば応えに応じ眠る者を汝の前へ呼び出さん』……ってか。まあ、我ながらよくもこんだけ解読できたもんだ」
一見、先程の贄と大差ないと思われがちだが決定的に違うのは触媒が無くとも、召喚に支障なし。呼び出した相手の機嫌にも影響しない点に尽きる。
「ったく……ここまで解読しにくい古代文字で大仰な文面を載せといて、もしも出てくるのがチンケなザコ悪魔とかだったら泣きたくなるぜ」
けれども触媒無しの場合、召喚者の形状を指定出来ずに、さらには戦闘能力も皆無という大きなデメリットが存在する為。召喚に成功してもせいぜい雑用係か愛玩用に成り下がってしまうのがオチ。
よって召喚者の力の根源にもなる触媒を用意すれば、多少のズレはあるが召喚者の指定のみならず性能などにも大きな影響を及ぼせる。
「さてと【魔法陣】も描いた。【贄】も豪勢なのを二つ用意した。儀式の【触媒】になるボロ石板も中央に捧げた。指定された満月もちょうど俺の真上で光ってる。よし、これで儀式の準備は出来たな!」
と、そうしている内に淡々と全ての準備を済ませたグリフは満足げに儀式準備の確認をした後、自身が描いた魔法陣へ向けスッと手をかざした……。
(このヘンテコな石板を触媒にしてどんな奴が出てくるか見当もつかないけど。頼むから変な悪魔とかだけは勘弁してくれよ……じゃあ――)
そうして。
《石板に宿りし魂よ 覚醒せよ 我 汝の望みに応じ 天高くより闇照らす夜の支配者である煌月の瞳の元 至高の褒美を持ち 汝をうつしよの門を通じて その蜿蜒たる長き眠りより 今こそ解き放たん》
……始まった。
《光は闇へ 闇は光へ 不変たる正義は虐殺たる血の海へ ただひたすらにうつるうつるうつろいゆく 亡骸の鎮魂歌 絢爛たる不死の唐菖蒲》
手をかざしたままグリフはひたすら唱える。
異空間を彷徨う者を現世へ召喚する呪文。
触媒の石板に刻まれた十数行に渡る難解な古代文字の羅列にグリフは意識を集中させると、召喚の呪文をただ次々と告げていくのだった。
《未知なる神世の弔花 鼓動する煌めき――》
さらに絶やさぬように唱える彼の呪文に、描かれた魔法陣も共鳴しているのか。
ヒュウゥゥゥ……ヒュオオオオォォォと魔法陣自体が僅かながら風を纏い始めたほか。黒紫色をした絵具も同じく呪文に反応してか光を帯び始め、やがてその黒紫色は青白い閃光へと色を変えていった。
《告げよ 其方の血肉は我との盟約の為に 其方の命運は我が運命と共に 今宵用意されし我が碑文に従うならば この理 我が意思が――》
けれども、グリフは動じない。
なぜならここまではあくまで予定調和。
魔法陣が輝きを帯び始めたのはあくまで儀式に合致した魔法陣を描いたからに過ぎず、傍から見ると派手に見えるが通常の召喚儀式ならばどんな魔法陣でも同じ現象が表れる。
(……やっぱ見た事ない変な石板でも同じ反応だよな。あんま期待しない方がいいか)
したがってグリフも呪文こそ唱え続けているが、古い文献などで読み漁った儀式と同じく、これといって特に目立った変化の無い進捗に僅かながら落胆を覚えていく。
《誓いを 我は生を求めし影の者なり――》
どうせつまらない使い魔が出てくると。
仲間から役立たずの烙印を押された自分に相応しい。いまいちパッとしない弱小悪魔かワガママで使い勝手が悪い魔物でも出てくるかもしれないと頭に不安をよぎらせつつも、
《我が声が通ずるならば応じよ 我は力を求めし賢者なり 汝 我との今宵の盟約に応じ 異界の門を越え我が元へ参上せよ 深淵たる力を操りし影なる者 今こそ汝に再臨の祝福を与えん!》
ようやく召喚は最後となる部分。
最後にグリフは触媒の石板には存在しない己の望みを召喚者へ伝える意思を含んだ独自の呪文を唱え終えると、終始手をかざしたままで召喚の儀式を完了させるのだった。
決して大きな期待など寄せる事無く。
(…………………………)
ヒュオオオオオオと未だに輝きを失わない魔法陣をただ無言で眺めて――――だが次の瞬間!?
カッ!
ビュオオオォォォォォォォッッ!
「うおわっ!?」
穏やかだった魔法陣の反応が一変。
グリフは咄嗟に両腕を盾にして身構えると、突如魔法陣から放たれたその強烈な閃光と周囲の木々をなぎ倒さん勢いで発生した突風に飛ばされぬよう、足に力を込めていき、
「な……なんだ!? この凄まじい反応!?」
そのまま分かりやすく驚愕する。
けれども無理もない。
なぜなら自身が知り得る従来の召喚儀式のどこにも載っていないような超反応がまさに眼前で巻き起こっていたのだから。
――そして。
『貴様だな? 此度、時の果てにより【余】を悠久たる眠りから覚醒させてくれたのは――』
「…………へっ?」
グリフは目撃する。
未だに勢い止まぬ暴風と閃光を纏う魔法陣を通じ、異世界より現れ出でる召喚者の姿。
予想していた悪魔などとはまるっきり違った存在をグリフはしかと自分の目で視認した。
「……余はかつて闇界に君臨した魔女帝なり。して改めて問おう。貴様が余の主人か?」
まるで闇に溶けるような葡萄酒色の髪に、身の丈はありそうな漆黒の大鎌状の武器を片手に携えた麗しき女性の姿を――
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