8話 禁術➁
「グリフさん。これどこで拾ってきたんで?」
ザアザアと外では激しい雨が降り注ぐ中、情報屋と盗賊を兼任する初老の男ボロドは突然押し入るように店へやって来たグリフへ尋ねた。
「おいおい、人聞きの悪い事言うなよボロドの旦那。拾ってきたって犬とか猫じゃないんだから。その子は尾びれが付きまくった俺の活躍を聞いて、このメザーネの町まで来たんだよ」
対して少女セリカを抱きかかえてボロドの店を訪ねたグリフは、誤解を招く発言を向けてくるボロドへ簡単に経緯を改めて説明する。
セリカ・アルバートと言う運び込んだ少女の名前から始まり、彼女が囚われた子供達を助けるべく自分達の元へ訪れた事。さらに事情を話していた最中に容態が急変し、突然自分達の前で“吐血”しそのまま意識を失ってしまった事…………そして。
「して、情報屋よ。何か分かったか?」
ボロドの診察を待つ間。
店内の品を幾つか眺め終えた後、グリフと共に店を訪れた召喚者フィオナも尋ねた。
「その背中より少女の身体中を蝕んでいるような黒く禍々しい紋章の正体については――」
セリカの吐血時。
彼女はグリフの指示で吐血の原因となるような外傷が無いかを調べ介抱すべく、一度彼女の服を脱がし肌を確認。その際に背中に“怪しげな紋章”が浮かび上がっていたのを見つけていた。
「この物知りな小僧でも心当たりが無いという程だ。相当厄介な代物なのだろう?」
そうして現在。
今まさにフィオナが告げた通り。
主人である物知りなグリフでさえ正体の掴めなかった紋章。今もなお僅かに怪しく光るその“骸骨を象ったような紋章”をボロドへ診せた後。フィオナは診察の為に肌蹴たセリカの衣服を整えつつ詳細を求める。
「う~む……そうですねぇ」
するとボロドは額を指で掻き、唸りながら間を置くと思い当たった紋章の正体を答えた。
「恐らくですが、コイツは【命奪の儀式】の紋章だと思いやす。と言ってもかなり前に聞いた情報ですし、アッシも実物を見るのは初めてなんで確証は持てませんが。この骸骨に悪魔の羽を生やしたみたいな薄気味悪い紋章だった気がしやす」
「「命奪の……儀式?」」
聞き慣れない儀式の名前だ。
そうグリフは首を傾げるフィオナと同じく。これまで読み漁った書物等では読んだ事が無い、初耳の儀式の詳細をボロドへと求めていく。
「ええ、まさに命を奪うって意味です」
ザアザアと勢いよく降り続ける雨音が気になったのか、彼は開けていた窓を閉じると頭に疑問符を浮かべるグリフの質問に、
「命奪の儀式。いわゆる“禁術”ってやつですね。アッシの知る限りだと、なんでも大昔に異国から攫ってきた捕虜が逃げねぇよう編み出された儀式の一つらしくて。まあ簡単に言えば奴隷契約の中でも最もえげつないと云われた儀式です」
「最もえげつない? 店主よ、それは一体――」
「もったいぶらずに教えてくれ。ボロドの旦那」
答えた。
だがボロドはさらに回答を続けるように、未だに気絶したまま目を覚まさないセリカにチラリと一度だけ目をやると詳細を語り始めていった。
儀式名の【命奪】の意味を――
「【寿命】ですよ。寿命を奪う契約です」
「じゅ、寿命だって?」
「ほお……確かに不穏な響きだ」
寿命を奪う。
その返答に困惑するグリフと冷静なフィオナ。
互いにまるで対照的な反応を示してはいたが、両者共にボロドより更なる説明を求めていく。
「ええ、まあ極端に言えば許可も無く“勝手に主人から離れたら死んじまう”って契約です。複雑に言っちまえば主人との契約による魔力供給で生かされている状態なんで、その接続が切れた時点で辛うじて残っていた寿命が尽きて死ぬんです」
「なるほど。ということは脱走し主人の元を離れたせいで、今のこやつはその接続とやらが切れてしまい、こうして死の瀬戸際に立たされているというワケなのだな」
「おっしゃる通りです」
「…………………………」
なんて惨い儀式を……。
自由を求めようと抗えば寿命が尽きて死ぬ。グリフは腹の底からそんな吐き気がこみ上げてきそうな闇の儀式が未だに執り行われている事。
ましてやその恐ろしい矛先が彼女や子供達のような、罪の無い純粋な人達へ向けられている事に激しい嫌悪感を抱くと、
「ボロドの旦那。その子はあのギルディア王国のどこかから脱獄して俺の所まで逃げてきたんだ。一緒に囚われた子供達を助けて欲しいってな」
「……そうでやんすか。まさかのあのギルディア王国から……うーむ、確かに大昔のあの国でも使われていたって聞いた事がありやす。それにしても少女の足でこのメザーネの町までとは――」
「なあ教えてくれボロドの旦那。この子は“いつまで”持つんだ? 何日生きられる?」
「えっ、いつまでって……まさかグリフさん、この子を助ける気なんでやんすか!? おいおいおい、悪い事は言わねぇ! 後味が悪いでしょうがこの件は手を引いた方が止めといた方が身の為ですぜ! だってこんな大昔の儀式を知ってるって事は相手は恐らく王族の類でしょうし。それに……ギルディア王国っていやグリフさんのいたあの『蒼穹の聖刻団』が昔――」
「御託はいい。いつまで持つんだ?」
表情を変えた。
それこそ忠告など野暮だと言いたげに発言を押しのけて、鋭くキリッとした顔付きに変わったグリフはセリカに残された制限時間について重ねるようにボロドへ尋ねる。
「……詳しい時間まではアッシでも分かりやせん。ですが伝承によると……そうですね。残り一週間、いやもしかしたら早くて3日ぐらいで限界が来るかもしれやせん。とにかく兆候としては紋章が体中に広がり始めたら終わりです」
「解約の方法は?」
「術者。つまり契約主である人間が死亡や気絶、もしくは自分の意思で契約を解除すれば紋章もすぐに消えやす。そうすりゃ失われた寿命も戻り、全ては契約前の状態に戻って話らしいです。ですんで本気で救いたいならまず契約主をボコボコにして解約させねぇと――」
「分かった。ありがとうボロドの旦那。この礼は後で必ず払うぜ。好きなだけぼったくってくれ」
「へへへっ! そいつぁ楽しみでやんす!」
ったく、良い目をするようになりやしたね。
ボロドは口元をニヤリとさせると、以前に超難関ダンジョン【望みの魔宮】を攻略したのがきっかけなのか、今までとは見違えるような表情を向けるグリフに成長らしきものを感じていた。
――そうして。
「よし、行こうギルディアへ。俺達が彼女を、そして子供達を救うんだ。遠路遥々こんなへっぽこ賢者を訪ねてきてくれた為にもな!」
「ふふふ! その言葉を待っていたぞ! それでこそ我が主だ。よかろう! では再びこのフィオナの身を貴様に預けようではないか! 道中の戦闘面は全て余に任せるが良い! 邪魔するモンスター共は余が全て蹴散らしてやろうぞっ!」
「ああ! 頼りにしてるぜ相棒!」
迷う事無くグリフは決意。
自分に希望を見出しやって来た少女セリカ。そして彼女が文字通り命懸けで護らんとする子供達を救うべく、形式上は従者であり今は魔法の師でもある召喚者フィオナを率いて動くのだった……。
(そうだ……もしかしたらこの騒動の引き金は俺達のギルドかもしれないんだ。だってギルティア王国って以前に俺達が――)
……ある予感を胸にして――




