6話 保護③
気が付けば小雨が降り始めた頃。
まずは簡単な自己紹介から始まった。
「先程はお見苦しい物をお見せして申し訳ありませんでした……改めまして私は『セリカ・アルバート』と申します。この度は行き倒れていた所を保護していただいただけでなく、食事まで用意してくださりありがとうございます」
食事に続き入浴とフィオナによる施しのおかげか、謎の行き倒れ金髪少女セリカ・アルバートはどうにか口が利ける程までに回復し、装いも新たに謝罪と礼の言葉を並べ頭を下げていった。
「はっはっはっ! 気にするな! これは余が勝手に行った事だ。だから今さらそんな堅苦しい挨拶や礼など不要だ。それにお主の裸体が見苦しいなどある筈が無かろう。この小僧とて一端の男なのだから乙女の素肌を見られただけ眼福に決まっている! なあ小僧?」
「……そうだな。でもその前にお前はとりあえず“服を着る事”と“恥じらい”を覚えようか」
対して家主であるグリフは曲がりなりにも男女一つ屋根の下で暮らしているにもかかわらず、毎度毎度入浴後は素っ裸で家中を闊歩しようとするフィオナに口を酸っぱくして注意すると、
「それで、セリカさん……だっけ? 一応この裸女から軽くは聞いたんだけど……なんでも俺が『最強の賢者』だとかいう噂を聞きつけて、助けを求めに来たって――」
「なっ!? 失敬な! 誰が裸女だ!? それではまるで余が男に肌を晒すのが大好きなように聞こえるではないか!? 前言撤回せよ小僧!」
「じゃあ服着ろっつってんだろうが!?」
「ぐぬぬ。だから余の身体は美の結晶につき隠す必要など無いとあれほど……それに別に余が肌を晒すのは主である貴様の前だけ――」
「……はいはい! 反論なら後で聞くから」
と、後半部分にしれっと何やらとんでもない告白があったように思われたが、グリフはこれ以上話に付き合っていると前進しないと踏んでか彼女の反論を右から左へ聞き流すと、
「じゃあ話を戻すとして……セリカさん。ひとまず聞いた話を纏めると、ある日の夜に謎の武装集団に住んでいた教会を襲われ、今も牢屋の中に捕まってしまっている子供達を助けたい……と」
「はい。そしてその見張りの兵士が、世界最強のギルドでも歯が立たなかったダンジョンを始めて踏破した人物こそが賢者グリフ様、貴方様だと口にしていたのを聞きつけて参りました」
「……なるほど。それで最強の賢者ってか」
かなり尾ひれが付いて回っている感触はあったが、グリフはセリカの期待を踏みにじるまいと自分が未だ初級魔法しか扱えぬ半端者という真実を敢えて隠しながら経緯など尋ねる。
「そういや、さっき名前でアルバートって言ったよな。アルバートって言うとまさかあの――」
「……はい、仰る通りです。私はあの魔法使いの名家であるアルバート家の生まれでした。ですが……いつまで経っても強力な魔法を習得出来ず、未だに回復魔法しか扱えぬ私は当主である母から見放され、最終的には出来損ないとして【勘当】されてしまったのです」
勘当……か。
グリフは聞き洩らさなかった。
セリカが重い表情で語った普段では滅多に聞かない二文字に、自身の生い立ちの一部を重ねつつ彼女の発言をより集中して聞いていった。
「そして家から追放された私は住む場所を失い、一人露頭に迷っていたところ。生き倒れそうになる直前で神父様と出会い、拾っていただいたのです」
勘当。
一言で言えば親が子を追放する事。
その動機については子が取り返しのつかないような大罪を犯した、あるいは今回のセリカのように親自身が子供に絶望して捨てたなど様々ではあるのだが……とにかく。
(この子もまた家族や周囲の人間から見放されて追放されて、最終的には優しい誰かに救ってもらったってワケか…………まるで俺と同じだ)
グリフは共感して静聴した。
自分もまた一部の理解者を除き多くの人間から役立たずと揶揄された挙句、最終的には身を置いていた冒険者ギルドからも追放された身だと。
「ゲホゲホ……すいません。ですので私は命の恩人である亡くなった神父様の意思を継ぎ、あの方が護ろうとしたあの囚われし子供達を助け出さなくてはならないのです。たとえ命に代えてでも」
まるで運命の巡り合わせとでもいうべきか。
何度か咳を交えながらもセリカの語る事情を聞けば聞くほど、グリフには彼女の生い立ちがますます他人事のように思えなくなっていく。
(確かフィオナが聞いた話だと、ほとんど飲まず食わずでろくに寝る事も無く必死に俺の所へ来たって話だったな。本当に死に物狂いで希望を捨てずにこんな未熟な俺を頼って……)
だからこそ――
「ゲホ……ゲホ……非常識なお願いである事は承知しています。それに報酬もお約束できません。ですからもし頼みを聞き入れてくださるのでしたら、この命であったり身体に変えてでも――」
「分かった。依頼を引き受けよう」
受託した。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、俺達の出来る範囲で協力するぜ。ただしっ! 礼についてはその子供達が作った菓子とかで良い。だから、その……命を引き換えにとか身体をどうとかみたいな破廉恥な要求もしないからな! ってか、そんな発言をする乙女なら横に座ってるこの恥知らずだけで充分だ!」
「なんだと小僧!? 誰が恥知らずだ!? 確かに恥じるべき所があるかと問われれば、先程の入浴後も含めこれといって思い当たらぬが……」
「だからそれを恥知らずって言うの!」
あくまでも同じ境遇である彼女を救いたい。
細かい点こそ違えども、追放されてしまった自分がこうして召喚者フィオナと巡り合い、今も退屈しない毎日を送っているように、彼女もまた明るい日々を取り戻してほしいと願ってなのか、
「よし。それじゃあ色々と横槍入って脱線しちゃったけど、早速アンタを含めた子供達がどこに囚われていたのかを詳しく教えてくれるか?」
「は、はいっ!」
グリフは何かこれと言って特別な報酬を望んだりもせず、セリカでも簡単に出来そうな菓子作りを報酬として要求し依頼を掘り下げて始めた。
名声や権威の為では無く、誰かを守りたいが為にここまで来た彼女の心意気を汲むように、自分達が向かう目的地の場所を尋ねた……すると。
「ゲホゲホ……何度もすいません。では肝心の私達の囚われている場所ですが、このメザーネの町よりずっと北西。数年前に“大規模な政権変革”があった事で有名なあの【ギルティア王国】で、先程申し上げました私達の住んでいた教会も元々はその国の中に――」
「……なっ!? ギルティア王国だって!?」
「えっ? はい。ギルディア王国ですが?」
「うんん? どうした小僧? いきなりそんな血相に変えて。まだ話の途中ではないか?」
「あっ……いや悪い。続けてくれ」
ギルディア王国。
何か思う所でもあったのかセリカが言い放ったその国名が出た途端。グリフは度肝を抜かれたように驚くと思わずバッと席を立ちあがった。
けれども、直後フィオナの告げた通りにあくまで話の途中につきすぐに気持ちを落ち着かせると、ますます気になった事の詳細をセリカへと尋ねようとしていった……………………だがっ!?
「はい、それでは続きを……ゲホゲホ……ゲホゲホゲホッ!? ウグググ……ガ、ガハッ!?」
「「!?」」
詳細を聞こうとした束の間!
残念ながらこれ以上グリフ達がセリカの説明の続きを聞く事は叶わなかった――――なぜなら。
「ゲホッ!? ゴホッ!?」
吐血したから。
「お、おいっ!?」
「一体なにが――」
「ゲホッ、ガハッ……申し訳ありま――」
セリカは発言の最中にて激しい咳を伴ったかと思えば、瞬く間に胸を押さえつけるように苦しみだしそのまま口元を抑えていた手を真っ赤に染めながら倒れるようにして昏倒してしまうのだった。
「小僧よ。これは一体……」
「……分からねぇ。とにかく! お前は一度彼女の身体に外傷とか無いかを診てやってくれ! 俺は家に残っている回復薬を集めてくるから!」
「了解だ!」
対して、あまりに唐突過ぎる現状にグリフは困惑しながらも気絶したセリカの回復に努めるべく、フィオナへ指示を出し別室へと急ぐのだった。
そして残されたフィオナはというと――
「な……なんだ? この紋様は――」
目撃した。
入浴時に確認出来なかった外傷が無いかを調べるべく、服を脱がせたセリカの背中を覆うように黒く不気味な紋章が浮かび上がっているのを発見するのだった――




