5話 保護➁(☆)
挿絵回です。
――未だに人は絶えなかった。
「いやぁ、わざわざ遠方から来た甲斐がありましたよ。まさか滅多に市場に出回らないミラークリスタルが購入出来るとは。バザーさまさまですな」
「ええ、同感ですね。実は私もこのバザーの噂を聞きつけて、遠方より馬車で一週間程費やしてこのメザーネへ来たんですが……いやはや、本当に噂通りで意外な掘り出し物が多く驚きましたよ」
「ほぉ、ではそちらは何をお求めで――」
時間としては昼をとうに過ぎた頃。
そして天気としては、もういつ雨が降り始めてもおかしくないような暗く分厚い雲が空を完全に覆い始めてゆく悪天だったにも関わらず、
「さあさあ! 安いよ安いよ! 今回は貴重な【呪木の根っこ】と【闇の葉】がセットでたったの500Gだ! 煎じて憎たらしい奴に飲ませて悪夢を見せるもよし! 呪術などに使って他人の幸福を呪うもよし! 使い方は様々だよっ!」
「へぇ……呪木の根っこか。一つ貰おう!」
「おうおう、そこの馬鹿でかい大剣背負った屈強な兄さん! 武器の加工に貴重な鉱石はどうだい? ほら! 世にも珍しいレッドメタルさ! 値段としては7,500Gと少し値は張るが、市場にゃほとんど出回らない超掘り出し物だぜっ!」
「なに!? あのレッドメタルが7,500Gだと!? 買いだ! 即買いだ! たとえ5倍の値段だったとしても俺は喜んで買わせてもらう!」
「ほらほら! 新鮮な野菜や果物はどうだいっ! 特に今回はあの滅多に実らず、突然変異種で有名な旨み数倍の『キングカボチャ』や一口かじるだけで美肌になる『うるうるトマト』を出してるよ! あと数個しかないから早い物勝ちだよっ!」
「まあ! キングカボチャですって!?」
「それにうるうるトマトまで……買うわ!」
商人と客。
その両者ともにまるで天候の変化など気にも留めず、このメザーネの町一つを巻き込んで開催され周辺諸国から珍品や目玉商品を持つ商人が一斉に集う超大型バザーを満喫していた。
「さあさあ! ウチの次の目玉商品はこれまた世にも珍しい、幸運をもたらす空獣の蹄だ! 加工してアクセサリーにするも良し! そのまま家に飾るも良し! 恋人へのプレゼントにでもするも良し! 最近落ち目な人生を切り替える為にも一つどうだい!? 今ならなんとたった9,900Gポッキリでお譲りするよっっ!!」
場に響くは集った客の興味を惹いて逃すまいと、売り手による声を張った覇気のある宣伝文句。
いずれも自分達が揃えてきた珍しい品揃えに絶対の自信を持ち、中にはぼったくり価格もあったが大抵は本来の市場価格を無視して格安で提供している店が多く、少しでも自分達の商人としての名声を広めようと躍起になっていた。
そして……さらに!
「空獣の蹄……ひづめっ!?」
「おい嘘だろ!? あのレアアイテムが!?」
「最近は出回ることすら少ないってのに……」
「買うよ! 俺が買う! 親父一つくれ!」
購入する客側もまた同様。
首都などの規模の大きい場所に位置する店にすら並ばないような珍品を買い漁りに来た客。
他にも武具の更なる強化の為に必要な素材を探しに来た客などなど、このメザーネバザーへ訪れた目的こそ人によってバラバラではあったが、
「ほら、100,000Gだ! 確認してくれ!」
「まいどあり! じゃあこれがSランクモンスターであるシルバリウスの鬣だ! アクセサリーにするなりして上手く使ってくれ!」
「店主! 俺もその鬣をくれ!」
「私にも一つ! 金ならここに!」
「オイラにも一つ譲ってくれ!」
「はいはい! 少しお待ちをっ!」
こちらも負けず劣らずの盛況ぶり。
用意された品々あるいは店によっては物珍しさに吸い寄せられた客も入り混じっており、多くの露店前には常に財布を握った客が並んでいたり、もしくは商品を吟味する様子が散見出来る。
中には既にめぼしい物を一通り揃えて喜ぶ者、またはすんでのところで買いそびれてしまい落胆する者、商品が入れ替わる頃合いを見計らう者と非常に多種多様な客層が歩き回っていたのだった。
……しかし?
「ったく……なんつう人ごみだ」
そんな大盛況なメザーネの町中にて約一名。
彼、賢者グリフだけは違った。
その黒髪の青年だけは盗賊もとい一部では名の知れた情報屋ボロドの店より離れ、流れるように移り変わる人ごみの間を縫うように抜けて、一刻も修行の疲れを癒そうと帰路に就いていた。
「にしても、今にも雨が降りそうだってのに皆ご苦労なこった。まあ、このメザーネバザーには割と上質なレアアイテム揃ってるし無理ねぇか」
足先としては町外れの自宅へ進めつつ買い物を終えてバザーの会場から離れていく客達を目にしながら、ふとグリフはそう独り言を呟いていく。
「そういえば蒼穹の聖刻団にいた時も、たまにメンバー全員で訪れては幾つか珍しいアイテムを買っていったな。特にあの超レア鉱物の『メタハルコン』が店頭に並んでいた時なんか全員血眼になって買い占めにかかってたしな――」
すると一部共感できる節があったのか。
グリフは冒険者ギルドを追放される前。
時期としては数年前の記憶を蘇らせつつ、買い集めたアイテム片手に友人と談笑しメザーネの町を後にする者。またはそのまま家へと戻っていく住民達へチラチラと目を配っていくのだった。
「それでレアアイテムを買った後はギルド内のアトリエで調合や錬金に失敗してはしょっちゅう頭を抱えて悩んでたっけな。色々懐かしいぜ」
以前までの自分と重ねるように――
「……さあてと。そんなこんなで昔を思い出している間に愛しのマイホームに到着だ。雨が降りだす前にどうにか戻ってこれて良かったぜ」
すると、物思いに耽っている内。
グリフは空覆う分厚い雨雲から豪雨になるかもしれないと予想し、ある程度意識して足早に進んでいたせいか気が付けば自宅の玄関前へ到着。
「そんじゃあまずは何をしようか? まだ読めていない古文書を読むのもいいんだけど……昼寝をするのもアリだな。それかいっその事ちょっと休憩したらクエストでも見にいくか――」
そして曇天だろうと未だバザーの客足が減らず、次から次へと人が詰まっていく光景を他所に、グリフはすっかり家でのくつろぎ方を模索しつつ、
「うーん……そうだなぁ。まあ、ひとまず小腹も空いてるし何か食うか。どうせ俺の忠告なんか無視してアイツが色んな食い物を無駄に買ってるだろうし。説教しながら食おう」
既に相棒が自分の忠告など聞く筈が無いと諦めきったうえで、まず間食を挟もうとグリフは玄関のドアノブを捻って自宅へと入っていくのだった………………すると!?
「………………おや?」
「………………えっ?」
「…………へっ?」
ドアを潜った途端。
グリフは視界に入った自宅内の光景に思わず目を丸くすると、一瞬だけ思考の一部が止まったような感覚に襲われてしまった。
なぜなら――
「…………つっ!?」
「おお! ようやく戻ったか小僧! 今、丁度“風呂”に入ってた所でな! 悪いが今からこやつの髪を乾かすのに部屋を使うから席を外して――」
一糸纏わぬ召喚者フィオナが告げた通り。
彼女含め、もう一人は見知らぬ金髪の美少女である二人がその艶のある美しい肌を露わにしていた場面と遭遇してしまったからだった――




