4話 保護①
丁度、雲行きが怪しくなる頃だった。
「むむ……むむむ?」
朝の清々しい晴天振りはどこへやら。
いつの間にか分厚い雨雲が青空を覆おうと蠢き空模様が著しく変化する中、自宅へ戻って来た召喚者フィオナは思わず首を傾げた。
「はて、誰だろうか? 家の前に見覚えのない少女が倒れているが。小僧の知り合いか?」
彼女の手元には先程までバザーで散々買い漁った品々。
それも欲張って買い過ぎるなよという主人である賢者グリフと交わした約束などとうに忘れた、はたまた完全に無視するかの如く。
「いや、しかし。余が召喚されてから小僧の周辺でこんな金髪の美少女は見なかったぞ――」
嗜好品である紅茶の茶葉や自分がいた世界には無かった菓子を筆頭に、肉、酒、読み物、他にも口にした事が無い珍味などなど、もはや衝動買いの域を超え明らかに尋常ではない品数の荷物を詰めた袋をぶら下げ、フィオナは改めて視認する。
「う……うう……」
「おお、どうやら息はあるようだ」
玄関前に倒れていた【謎の金髪少女】を――
「……さてさて。一体どうしたものか」
まずフィオナは荷物を傍に下ろし考える。
詳しい事情は一切掴めないが、ひとまず可憐な少女が行き倒れている時点で只事ではない。
さらにフィオナにとってはこのまま何事も無かったように倒れる少女を放置し、そのまま見過ごそうなどという薄情な行動が出来る性分でもないため、
「おい、大丈夫か?」
「うう……う……あうう……」
「むむぅ、残念ながらまともに口は利けそうにはないな。それにこの顔色の悪さといい、相当な無茶をし続けてちょうど限界を迎えたといった具合だな」
大量の荷物を下ろしたフィオナは気絶中の少女の様子。
呼びかけに対する応答、他にも姿であったり血色の悪さなどなど一通り確認していくと、
「よし。何だかよく分からぬが、一旦家へ連れて入るとするか。いずれにせよこんな堅い地面の上でいつまでも疲弊した少女を放置するなど、それこそ血の通った者のすべき所業ではないからなっ!」
そうフィオナは力強く一つ意気込むと下ろした荷物を後回しに、ひょいと軽々しく丸太でも担ぐかのように行き倒れた少女の体を肩へ担ぎあげると、そのまま家の中へと戻ろうと足を動かしていった。
しかし、その前に――
「スンスン……それにしても少し臭うな。恐らくここ数日まともな環境で生活出来ていなかったのだろう。はて、ますますこの者はどこから来たのか。不明点がいささか多すぎるな……」
念のための警戒だったのか。
玄関の扉前で一度歩を止めたフィオナは担ぎ上げた少女の体。
もといひどく汚れた衣服から放たれてる異臭を嗅ぎつつ、謎の少女が行き倒れるに至った経緯について彼女なりに推測を立て始める。
「今日、小僧はあの情報屋のボロドと会う約束を立てておった。余もそれは知っておったし、こうしてバザーに興じる事が出来た。だが家へ客人が来るなどという話は聞いていなかった筈――」
まず主人の知り合いなのか。
それとも単なる物乞いに来た少女なのか。
あるいは服装の汚れ的にどこかから逃げて来たのか、はたまた別の事情があるのか――
「うーむ……それにだいぶ傷んではいるようだが、これはいわゆる【修道服】のようにも見えるな。という事は教会か何かの関係者か? だがそれにしては妙に不衛生だな。余はあまり信仰について詳しくは無いが、神に仕える身であるなら身を清らかにしておかねばならぬ気もするが――」
「う……うぅ……ううぅぅ」
そもそも自宅前に少女が倒れているなどという明らかに非日常的な展開ながら、フィオナは特に困惑する様子も見せずにそう独り言を口ずさみながら、肩でうなされている少女の正体について幾つか予想を立てては次々と不要なものを潰していき、
「……それに仮に逃亡者だったとしても周りに殺気や怪しい気配なども感じぬ。という事は未だに逃亡が発覚していないのか。もしくは――」
そう全身の感覚を研ぎ澄ませ確認。
少女を担いだまま周囲を訝しむように見渡して妙な気配が無いかを探ったりと、フィオナはさらに選択肢を狭める為に状況の把握を進めていく。
中でも注視すべきは野盗といった類の悪漢。
もしくはどこかの国の憲兵など、この平和なメザーネの町から浮くような鋭い殺気を放つ異端の存在を検知すべく、フィオナは暗雲で僅かに暗くなった町中を静かに一望する。
「怪しい奴が紛れ込んでいる様子は無いな」
だが、そう一通りの確認を終えた後。
結局フィオナが最後に取った行動は――
「まあ、深く考えても仕方がないな。とにかく今は余が身柄を預かり保護してやるとしよう。たとえどんな事情があったとしても、目の前で少女が苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかぬ!」
可憐な少女が気を失って倒れている。
正直フィオナにとってはそれだけで充分この見知らぬ金髪の少女『セリカ・アルバート』を救う理由になりえた為、事情諸々については元気になった本人から聞こうと思考を柔軟に切り替え、
「しかし軽いな……どうも、ろくに食事を取っていたとは思えん。ならばまずは食事を用意しなくてはいかんな。それに胃も弱っているだろうから、絶望的に料理が下手な余でもどうにか作れる簡単なスープを作ってやろう!」
たとえ仮に自分が助けようとしているこの少女が極悪人や脱獄犯だったとしても、それはその時の話だと果てしなく前向きな気持ちでフィオナは少女セリカを肩に担いだまま玄関の扉を開け、そのまま身柄を保護すべく入っていくのだった。
「それからはやはり【風呂】だな! 今思えば召喚されてからは一人で入る事が多かったからな。余にとっても良い気分転換になるかもしれん! よし! ならばとっとと食事の支度をして、久し振りに女水入らずの入浴へ洒落こむとしよう!」
それもやたらと気合いを入れて――




