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1話 脱獄

新章開始です。



 彼女達は“奴隷”だった。



「では……必ず()()を呼んできますね。怖いでしょうけど、もう少しだけ我慢してください。私が責任を持って貴方達を助け出しますから」



「う、うん……気を付けてね」

「わたし達、待ってるから」

「お姉ちゃん頑張ってね」



 と言っても、ほんの数か月前までの彼女。

 あるいは子供達は元よりそういった()()といういかにも血生臭く重々しい単語とは無縁に等しい、質素ながらも平和な環境に身を置いていた。



「お姉ちゃん。これ持っていって」



「……これは?」



「お守り……みんなでこっそり用意しておいたの。お姉ちゃんがお外へ出る時にモンスターに襲われないように祈りを込めて、見張りの人が見ていない間に十字架ロザリオを皆で磨いておいたの」



 そう、今までの日常風景。

 早朝は朝を知らせる鳥の鳴き声と共に起床。

 窓を開けて、気持ちの良い朝の陽ざしを屋内へと入れて部屋を移ると、次は家主である神父と一緒に神へ感謝の祈りを済ませて皆で仲良く食事。


 それからは各々が出来る範囲で恩人であり自分達を養ってくれている神父の為にと、町の人々の仕事などを手伝っては駄賃を稼ぎ、子供ながらその恩に必死に報いようと奮闘する毎日を送っていた。



「ありがとうミール。それに他のみんなも……絶対に助けを呼んで戻ってきますから――」



 対し全員を温かく迎えた神父側もまた同様。


 幼い子供が労働に出る事について快く思わないながらも皆の思いを尊重し敢えて黙認。その厚意に甘んじつつ、全員が独り立ち出来るよう成長するまで見守っていこうと胸に決めていた…………。



「うん……でも無理だけはしないでね」

「もうぼく達にはお姉ちゃんしかいないんだ」

「だから無茶して大怪我したりしないでね」

「お姉ちゃん、そそっかしいところあるから」



 と、そんな互いを思いあう誰から見ても微笑ましい姿勢に子供ならでは純粋さも相まって、いつしか神父だけでなく近隣の住民からもいつまでもこの温かい日常が続いて欲しい。そう望まれるような平和な日々を送り成長していく筈だった。



 だが――



「ええ、任せてください。それよりも誰ですか? 今私の事をそそっかしいって言ったのは――」



 そんな“平和の崩壊”は唐突にやって来た。



 ある満月の夜。

 突如、謎の武装集団が彼女らの住んでいた教会もとい孤児院手に押し入ってきたかと思えば瞬く間に火の手が上がり、まずは住居が失われた。


 さらに続けて至る場所から身焦がす炎の勢いが増してゆく中。

 慌てて彼女や子供達を避難させようとした恩人である神父すらも子供達の眼前で無惨に殺害されてしまったのだった。



「じゃあ神父様みたいにならないでね……」

「ぼく達、ここからずっとお祈りしてるから」

「辛い事があっても泣かずに待ってるから」



「貴方達……ありがとう」



 そうして。それからというものの現在。


 残念ながら全員を襲った惨劇はこの一夜だけに留まらず、神父の奮闘虚しくそのまま武装集団の手に落ちた後。ある()()()()()を経てこんな日の光もろくに届かない、薄暗く不気味な牢屋へ収容されてしまっていたのだった。



「それでは……みんな分かっていますね?」



 だが。これ程までに鬱屈し絶望的な環境の中であっても一人だけは諦めようとはしなかった。


 神父に拾われた者達の中で年長者である“彼女”。美しい金髪が目立つ可憐な少女『セリカ・アルバート』だけは未だに希望を捨てずに行動。



「もしこの後見張りが戻ってきて、私の脱走が発覚したら、きっと貴方達に彼らは色々と質問してくるでしょう。でもその時は自分達は()()()だと絶対に言い張ってください。それでも――」



 何としてもこの子達を助け出さなくては。


 命果てる最後まで自分達を護ってくれた神父の慈愛の精神を受け継ぎ、今度は自分が年長者として、反対側の牢に入れられてしまっている子供達を守らなくてはという使命感を胸にして――



「そ……それでもまだ見張りの人がぼく達を問い詰めてくるなら、セリカお姉ちゃんの牢屋に“穴が開いていた”って言って……その……お姉ちゃんへ注意を逸らすようにするんだよね?」



「偉いですよノルン。その通りです。私は何としても貴方達をここから救い出す為に脱獄します。けれども……そのせいで貴方達の身に危険が及んでしまっては本末転倒です。だから全て私の責任にしてください。貴方達は“何も見てなかった”でも“私が一人で脱獄を計画していた”と言えば彼ら(見張り)は私の捜索に集中するでしょう」



「で、でもそんな事したらお姉ちゃんが――」

「もしも……捕まったりなんかしたら――」

「こ、殺されちゃうかもしれないよ!?」



 そして総数としては10を超える子供達は収容された鉄格子の向こう側から、誰から見ても明らかに無謀な策に走るセリカの身を案じて次々と心配する声を挙げていく。



「そ、それに……セリカお姉ちゃんはわたし達を助ける為に頑張ってくれるのに……わたし達は見張りの人にお姉ちゃんの情報を言うなんて――」


「そうだよ。ミールの言う通りだ」


「こうして命がけでぼく達を助けてくれるお姉ちゃんを売るような事なんかしたくない……やっぱり混乱させるために何か上手い嘘を付いて――」



 やはり……あの優しかった神父様の元で過ごしただけありますね。

 セリカはそう子供達が向ける優しい言葉の数々に口元を僅かに緩ませる。


 彼、彼女達もまた神父の慈愛の精神をしっかり受け継ぎ、たとえ自分達に危機が及ぶ選択肢であっても誰かの為なら覚悟を決め選ぼうとする。



「じゃ、じゃあ……一体どんな嘘を――」

「そうさ、何か良い嘘のアイデアでも――」

「えっと……お姉ちゃんが()()したとか?」


「「「勝手にお姉ちゃんを爆発させるな!」」」



 その心意気や身を案じてくれる優しさだけでも、これから死の危険を伴う行動に出るセリカにとっては充分な活力へと変わるのだった……よって。



「……みんな、ありがとう。でも嘘はいけません。もし嘘だと発覚したらそれこそ貴方達に危険が及びます。ですから貴方達は正直に私が逃げようとしていたと言ってください。いいですね?」


「「「う、うん……分かった」」」



 セリカは嘘を付いて誤魔化そうとする子供達を優しい口調で嗜めると、あくまでも注意の目が自分のみに集中するようにと再度忠告していく。


 決して“拷問”のような惨い仕打ちが子供達へ向かないように実行犯はセリカただ一人だけ。


 それこそ自分達は彼女が脱獄を図りコソコソと動いていたと、脱獄の罰を全てなすりつけるような勢いでセリカは子供達へ優しい嘘を告げるよう促していくのだった。


 そして。



「ここから出たら……またセリカお姉ちゃんとお花をたくさん摘みに遊びに行けるよね?」


「勿論です。一日中付き合ってあげます」



「ぼくは……温かい布団でぐっすり寝たい」


「ふふ、お任せください。お日様の光の当たったお布団だけじゃなくて、私自身も貴方ノルンの傍に付き添って子守歌を歌ってあげますね」



「えっと……じゃ、じゃあ俺は――」


「湖へ遊びに行きたい……でしょうガレン? 大丈夫です。また近くの湖へ連れていってあげますから。今度はみんなで水浴びに行きましょう」



 諦めない彼女の意志に子供達は希望を見出していったのか次々と望みを溢していく中。全員を安心させるようにセリカは答えていくと――



「では、また必ず“最強の賢者”と噂された方を助っ人にしてここへ戻ってきますから! それまでは希望を捨てずに待っていてくださいね!」



「「うん! 頑張ってねセリカお姉ちゃん!」」

「「わたし達も無事を祈ってるから!」」

「「変な人に付いていっちゃダメだよ!」」



「ええ、それでは!」



 いよいよ実行。


“ある作業”が一段落つき、見張り達が一旦別所に移ったこの機会を見計らい金髪少女セリカは子供達を救うべく動きだすのだった。



「では……この穴へ入ってと――」



 以前にも脱獄を図った者がいたのか。


 セリカは床石の下に隠れていた外へと繋がる大穴に潜り、見張り達の噂に挙がった南東のメザーネという町にいる()()()()()へ助けを求めるべく、牢屋からの脱走を図るのだった――


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