30話 真名 ③
【望みの魔宮 入口】
……グリフは発した。
「……行けよ」
「うん?」
対して召喚者フィオナは、この魔宮ダンジョンの探索を最後まで共にした相方が唐突に向けてきた短い発言について思わず振り返る。
挑戦前の時こそどうなるかと思われたが、結果的には難攻不落の難関ダンジョン【望みの魔宮】の攻略を見事に成し遂げて地上へと帰還した賢者グリフ。
そして……もしもこの偉業を成し遂げたのが通常の冒険者なら界隈では空前の話題を呼び、世間で己のも知名度をグンと引き上げられるなどなど大きな達成感や喜びに浸る機会だっただろう。
しかし。
「もう俺達の冒険はここまでだ。あとはお前の好きなように思うがままに生きていけよ」
彼、賢者グリフだけは違っていた。
最難関ダンジョン踏破という前人未踏の功績を打ち立てたにもかかわらず、どこか浮かばれない暗く重たい表情を浮かべながら発していった。
「……小僧? 貴様は一体なにを言って――」
それこそ本来ならば喜ぶべき場所。
確かに最終的には獲得でき持ち返れた宝物こそ無く、道中予想だにしなかった悲劇に見舞われたりと色んな目に遭ったりはしたがそれでも無事生還。
最深部を守護していた願いの番人こと、首無しの巨人との激戦に勝利し自分もフィオナも深手を負わず五体満足で再び眩しい日の光を浴びる事が出来るという充分な結果――
「……………………」
「ふむ……冒険はここまでだと? 小僧らしくない発言だな。それにその表情もだ。勝利者の顔とは程遠く、まるで何かを一身に背負い込んでいるような険しい表情だ……なぜそんな顔をしている? もし余で良ければ相談に乗ってやるぞ?」
……の筈だったのだが。
「なぜって……ごまかすなよ。決まってるだろ? だって俺はケーキ屋でお前と交わした約束を守れなかったじゃないか。最深部に到達した暁には【最強の呪文】を会得して、今まで役立たず賢者と嗤ってきた奴らを見返して成り上がってやるって。だからこそお前は俺を信じて――」
グリフは首を傾げるフィオナへ打ち明けた。
内心では幻滅しているのではないか?
とどのつまり。事情はどうあれ自分は恩人エルーナの死という悲劇から抜け切れず最後は最強呪文の会得よりも彼女の復活を望み、フィオナと約束した内容と違えてしまい当初の願いを叶えられなかった以上、
「だから……つまり俺はお前の言っていた口先だけのダメな主だったって事だ。自分の欲していた願望すらろくに貫けずに、土壇場で考えを変えてしまうような意思の弱い人間だったんだ……」
「……………………………」
彼なりの責任感の強さからなのか。
始まりから終わりまで自分に従い命を賭けてまで戦ってくれた女帝フィオナへ大きな罪悪感を抱きながら、グリフは深い謝罪を続けるのだった。
……そして。
「だから……ここで“お別れ”だ。それに冷静に考えたら火炎魔竜や再生巨人ですらあっさりと倒しちまうようなお前なら、俺なんかの所で燻ぶっているよりもっと活躍出来る場所があるだろ?」
もう契約を解いて自由にしてやる。
はっきりと口にこそ出しはしなかったが、続けざまにグリフはそういった解放の意思を含ませて彼女の返事を待っていた…………けれども!?
「賢者グリフ・オズウェルド!!」
「…………へっ!?」
瞬間。
グリフは顔をあげて驚いた。
だが単に彼女の大声に驚いたワケではなく、
(今……確かに名前で――)
そう、名前。
今まで注意しても一切直そうとはしなかった“小僧”呼ばわりでは無く初めて“グリフ”という名前で呼ばれた点について激しい違和感を覚えると、美しくもキリッとした鋭い眼差しを向けてきたフィオナに目を合わせていった。
「此度の活躍、誠に見事であった! ダンジョン内における道順の先導から始まり、続けての冷静な状況判断能力。さらに辛かったであろう仲間の死をどうにか乗り越えようとした心――」
「えっ? えっ?」
「他にも愚者の罵倒に対しても激昂せずじっと耐え忍ぶ忍耐力。己の弱さを熟知しながらも技術の応用で窮地を脱し敵の弱点を見破った機転! いずれも称賛に値する見事な活躍ぶりであった!」
対しフィオナは勢いに任せるように自分へ注目する賢者へ立て続けに言葉を並べていった。
ハプニングがあったとはいえ道中でも人任せにせず、最後の最後まで芯を通して行動していた相方を励ますべく彼女は自身の目でしっかりと確かめた無能賢者グリフの有能振りを次々にあげていき称賛。
この場面において小僧などという男性を軽視するような呼称ではなく、礼節を弁えた名前で呼ばれた事に未だ困惑の様相を見せるグリフへと次々と語っていくと――
「そして……最後に己の欲望を優先せず誰よりも大切な仲間の明日を望み、再び笑って生きる姿を願い叶えた貴殿の尊ばれる絆の力と施しの精神力。その並大抵の凡人では持ち合わせぬ器と情の深さに最上の敬意を表し、伝えるべき事がある!」
「つ……伝える?」
皮肉なき称賛に嫌悪感などの類は無かった。
けれども息付かせぬ程のフィオナの勢いのある賛美の声に、グリフは喜んだり照れる暇も無くひたすら翻弄されんばかりに呆気に取られつつ彼女の言葉を思わずそのまま返した。
まるで手のひらでも返したかの如く。
自分の弱気な発言を引き金に急と畏まった態度に切り替えた彼女の真意について――すると。
「……貴殿に我が【真名】を明かそう」
「なっ!?」
三度。
続けざまにグリフは唖然とした。
しかし理由は至っては分かりやすかった。
「なっ……お前何をして――」
「……何を今さら慌てている? これは忠誠の儀式だ。余はここで貴殿に真名を明かし、永遠なる忠を誓う事に決めた。そして僕が主と同じ視線に立つ事など許されぬ。よって――」
なぜなら、なんと彼女が跪いたから。
真名の披瀝から続けて忠を誓う儀式。
最早驚く材料としては既に手一杯過ぎて今にも溢れそうな状況であり、なにより自分に対してへりくだる彼女の姿に茫然とするグリフだったが、
「よって……今こそ明かそう。余の名を」
「……分かった、じゃあ聞かせてくれ。お前の本当の名前である真名を。この世界へお前を召喚した主である俺の責任として聞き届けよう」
自分も締める時はきちんと締めなくてはと、グリフはいつものふざけた様子など一切見られない相棒の平伏する姿勢について同様にひたむきな眼差しで見つめ返していった。
そして。
「我が真名は【フィオナ・スカーサハ】。かつてこの世界とは違う異世界にあるブリテンと呼ばれる島にて城塞を構えた者であり、この魔槍【黒雷の魔死槍】を振るい多くの敵を前に薙ぎ倒していった孤高の女帝である」
告げた。
“フィオナ・スカーサハ”
後半部分は自身の活躍もそこはかとなく語ってはいたが、この名こそがグリフ達の世界で未だ誰にも明かす事が無かったフィオナ自身の持つ真名であり、それと同時に彼女がいた異世界における真名の流儀に乗っとるなら――
「この名前。貴殿に捧げよう」
「ス、スカーサハ……それがお前の――」
「ああ、そうだ……」
この魔宮ダンジョン探索中から終わりまでグリフが自分の主君として相応しいかを見極めた結果。フィオナは懐の深さと秘める大きな可能性に魅せられたのか真名を開示。
つまり。彼に対して絶対の信頼だけではなく、いざという時は【己の全てをも捧げられる】という実に尊く何人だろうとも穢しがたい神聖な儀式を執り行うと、
「では賢者グリフよ。改めて我が真名と力を捧げるに値すると認めた貴殿の真名を今一度問おう。もう一度、貴殿の口から直接聞かせてくれ」
続けて彼女は問うた。
全てを捧げるに相応しい器の持ち主の真名。
仲間の絆や恩といった仁愛を大切にし最後まで助けようと奮闘する姿勢。安易に欲望へ走ろうとはせず冷静になれる実直さ。それでいて目標に対してはたとえ危険な死闘が待っていようと身を投じる勇気。
「さあ聞かせてくれ! 貴殿の真名を!」
フィオナはそんな仕える臣下が主君に憧れ、魅せられる生き様としては充分すぎる程の才覚をなんと三種も携えた有能すぎる賢者の名前を再び尋ねると、
「……俺は【グリフ・オズウェルド】だ。異世界より呼ばれし影の女帝フィオナ・スカーサハ。これからも迷惑をかけるだろうけどよろしくな」
「賢者グリフ・オズウェルド……うむ、やはり良い名だな。では余の方こそ世話をかけるかもしれんが、その代償として余自らが貴殿の魔法の指南役を仰せ遣おう。少し厳しいかもしれんがな」
「はっはっは……そりゃ楽しみだ」
互いに大切な真名を預け合うのだった――




