24話 番人 ①
【望みの魔宮 第五階層】
……まさに黄金郷だった。
「あははははは……凄いですね。ですがこの神々しい空間こそが未だに誰も到達したことの無い最深部の光景らしい……まさに神の領域です」
裏切り者の賢者ディーンは思わず慄く。
彼の視界に映るはまるで上層の強敵モンスター達をどうにか退けた猛者への褒美と言いたげにあちこちに金貨の山や宝が満載。
さらに壁や床などの建材ですらも黄金に煌めいているという実に浮世離れした絶景が広がっていた。
もし仮にトレジャーハンターがこの黄金まみれの豪華絢爛な第五階層を目撃したなら十中八九気絶で済まずに、はち切れんばかりの喜びと達成感で心臓が止まっていた事だろう。
……だが?
「ふふっ。ですが、今の僕にとってこんなお宝などに目を向けて喜んでいる暇ではありません。まあ……馬鹿な冒険者どもにとっては良い目くらましになるかもしれませんけど――」
ディーンは宝の山に目もくれなかった。
今まで私利私欲のままに利用し歯牙にかけてきた冒険者達を侮る独り言を溢しつつ、欲深い人間なら真っ先に飛びつくような光景とは裏腹に脇目振らずに足を速めて向かっていくのだった。
中央の“一つの物体”のみ焦点を当て――
「そうそう、あれです……あれこそが仲間とか云う甘ったるい言葉が大嫌いな僕が恥を忍んでまで、おめでたい『蒼穹の聖刻団』に入って手にしたかった品なんですっ!」
そして……目をつけたのは【指輪】だった。
煌めく宝物に囲われたフロア中央の祭壇へディーンはすたすたと素早い足取りで近づくと、まるで宝の王と主張するように捧げられた逸品へと意識を集中。
石座に蒼く神秘的な輝きを放つ宝石がはめ込まれた指輪のみを視界に捉えていくのだった。
「あはははははははは! ついに……ついにこれで僕の手に噂の願いの力が……このダンジョンで集めたという文献や資料を読み漁っていた学者を脅迫して吐かせた甲斐がありました。あの神々しい指輪を指にはめ込めば僕は情報通りに――」
すると念願だった品を前にしたディーンは喜びを隠せない様子でひたすらに歩を進めていく。
この《望みの魔宮》が地表に姿を現した直後。
強豪ギルドに同行し攻略こそ敵わぬながらも調査を続け、最深部へ到達した者へ褒美として願いを叶える力を与えるとの噂を流した学者本人より強引に聞きだした情報を呟いて――
「えっと確か……“強き欲望を抱きし者たちよ。この我が創造した魔宮を最後まで攻略したならば、褒美として用意した円環をはめるがよい。さすればその時は【望みを叶える機会】を授けん”……でしたね。あとは書物の老朽化が酷くて解読が出来なかったらしいですけど、まあ今は――」
とにかく早くあの指輪を手にしたい。
それで自分は史上最難関のダンジョンを攻略したという名誉と共に心中に抱いていた究極の願いを叶えて好き放題に生きてやるっ! と指輪の輝きに吸い込まれるように頭を欲望の文字で染めると彼はさらに足早に寄っていった。
「……僕の願いはただ一つ。万物を超えて破壊できる【最強の攻撃呪文】を会得すること。まさに最強の賢者であり偉大なる僕に相応しい願いです。だから仲間なんて必要ない。僕一人だけで充分。僕だけ幸せになり地上の馬鹿どもを力で支配して欲望の限りを尽くしてやるのですっ!」
……すると、なんという偶然だったのか。
奇しくも今もこうして自分を追跡している賢者と全く同じ願望を抱くと、ディーンは祭壇に捧げられた指輪を手中に収めんと手を伸ばしていくのだった。
……だが!?
「――待て」
「えっ?」
ディーンが指輪に触れようとした瞬間。
彼はどこかから突然聞こえた正体不明の重々しい声に反応してか、伸ばしていた手を止めた。
「だ……誰だ?」
おかしい……誰もいない。
それに気配すらも感じない。
ディーンはふと周辺を見渡し声の主を探してみるが、目に入るのは積まれた宝の山のみで自分以外の人間の姿どころか影も存在すらしなかった。
すると、目標である栄光を前にして邪魔をされて堪るかと言わんばかりにやたらと辺りを訝しみ始めた到達者ディーンの姿を見兼ねてか、
「……我はこのダンジョンの主であり願いの力を司る番人である。そして同時に我が力を行使してやるかどうかを見極める裁定者だ。よって我の承諾なしに軽々しく我が所有物には触れぬ事だ」
まだ姿を晒すことは無かったが、声の主は黄金に包まれた空間へ言葉を響かせていく。
そして自分こそがこの冒険者の多くを返り討ちにしてきた難攻不落ダンジョン《望みの魔宮》の主であると答え、同時に無断で指輪へ触れようとしたディーンの行動を嗜めるよう発すると、
「……裁定者? という事は僕がこの望みの力を手にするかを貴方が決めるという事ですか?」
「その通りだ。よって今より貴様を裁定する。我が秘宝にて願いを叶える資格を持つ者か否か。貴様自身の実力で証明してみるがいい――」
「………………」
声の主は初の来訪者であるディーンに願いを叶える力が込められた指輪を授けるに相応しいかを見極めるべく、制止させたまま続けていったのだった…………けれども!?
「ふん! 今更しゃしゃり出てきて何が裁定者ですか。実に馬鹿らしい話だ! 僕にはそんな子供騙しの戯れに付き合っている暇も時間も無いんです! そんな事よりも眼前に望む物があるなら即座に手を伸ばすのが道理ってもんですっっ!」
……既に我慢の限界だったのだろうか。
なんとディーンは謎の声の指示を無視。
むしろ従うどころか聞く耳すら持つ事無く、願いの指輪を祭壇からもぎ取るように奪取すると、
「ふふふ……あははははははははは……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! さあ、それでは早速僕の願いを叶えてもらいましょうか? 裁定だかなんだか知りませんが、結局はこの指輪さえ付ければ願いを叶えてくれるんでしょう?」
まるで腹を空かした野獣の如く。
そのまま声の主の忠告等には一切耳を貸さずに指にはめると、奇声とも呼べるけたたましい笑い声を発して告げていくだった。
すると――
「そうか……残念だ。ここに単独でたどり着いた猛者ならば我が仕掛ける【最後の試練】を軽々しく突破すると思っていたのだが……どうやら我の見込み違いだったらしい。ならば――」
「ちっ、さっきから何をグチャグチャと……御託はいいから早く僕の願いを叶えてくださいよ! ほら、誰にも負けないような最強呪文ですよ! そうすれば僕はこの辺に散らばっている小銭だけじゃない! 名誉も女も好きなだけ手に入るんです! ですから早く伝授しろって言ってるんですよ! それとも……ダンジョンの主とあろう者がここまでやって来た人間の苦労を踏みにじるんですか?」
声の主は呆れた声をあげると、己の許し無しに秘宝を手に掴んだ挙句。思考の全てを欲望に支配され身勝手な発言を立て続けに並べてくるディーンに対して、
「……欲望に捉われし哀れな小童め。だがよかろう、そこまで貴様が渇望するのであれば我も応えてやろうではないか。では祭壇より僅かに離れた場所に立っておれ。今すぐ褒美を与えてやろう」
ただ一度だけ。
蔑称と怒りを僅かに交えた言葉を発すると、裁定者としての役割を果たさんと動くのだった。
「よし……ではここまで到達した貴様の強さを称え我から最高の褒美をくれてやろう。その場で体を大きく開いて待つが良い。褒美を確実に命中させなくてはならんからな」
「ふふふ……流石は願いの番人です。そうこなくては! では早速お願いしま――」
「ああ、ただし血の褒美をな――」
バシュッンッッッッッッ!
「………………はひっ?」
瞬間。
ディーンの半身が飛んだ――




