21話 悪夢 ➁
……まさに間一髪であった。
「これは……何の真似だ? ディーン」
副ギルド長エルーナはメンバーの有り様に目をやりつつ、戦闘の疲れが取れるなどと謳い自分達へ『とっておきの呪文』を詠唱してきた賢者ディーンへ迫った。
「「「あが……ががががが」」」
「「グギギ……ギギギギギ」」
「「ググ……グググ……」」
呪文範囲内にいる者の神経の自由を奪い取り無力化するという、癒しの呪文などとは程遠い【麻痺の呪文】を躊躇することなく放ってきた新人へと、
「……もしこれが何かの冗談や余興だったとしても笑えないぞディーン。冗談抜きできちんと答えてもらおうか? 私が納得出来る答えをな」
ディーンが麻痺呪文の詠唱を完了させる直前。
いち早く違和感を察知して効果範囲へ飛び出した事でどうにか毒牙より難を逃れたエルーナ。
度重なる戦闘経験で身に着いた嗅覚か、生まれ持って備わっていた天性の勘だったのかは不明だったがとにかく麻痺呪文を受けることなく場に立っていたのだった。
「……仲間への攻撃ってのはギルド内ではもちろん御法度だ。だから事と次第によっては私はお前を粛清しなくてはならない。それを念頭においたうえで再度聞くぞ。なぜこんな事をした?」
鋭い視線の元。
不意打ちで身内を攻撃しただけでなく、己の所業について意にも返さず平然とした表情を浮かべる新人をエルーナは難詰していった……すると?
「ぷっ! あはははははははははは!」
「……………………」
なんと問い詰められたディーンの反応は嘲笑。
この騙し討ちについての反省など一切見せず、痺れながらも懸命に身体を動かそうと地面で足掻いているドノヴァン達を脇目にしつつ詰問してきたエルーナへ不快な笑いで返すと、
「そんなの決まっているじゃないですか! 僕にとってアンタ達は僕をここまで安全に導いてくれるただの駒に過ぎなかったんですから!」
「……なに? 私達が【駒】だと?」
エルーナはさらに怪訝な表情を強くすると、ディーンが返して来たふざけた高笑い声や駒と言う発言に険のある物言いで確認をした。
「ええ、そうですよ。僕がアンタ達のギルドに加入した理由はただ一つ。攻略した者に《願いの力》が与えるというこの【望みの魔宮】を攻略して僕が抱いている願いを叶える為なんです」
すると、事が思い通りに運んだことに気を良くしているのかディーンはベラベラと垂れ流す。
「ですが……いくら優秀な賢者の僕でもこの第四階層の突破は難しい。だから僕は突破できる可能性が一番高い最強ギルドであるアンタ達に目を付けて入団したんですよ! そこで這いつくばってる馬鹿なギルド長に売り込んでね!」
誇らしげに、高らかに――
「ですが……アンタ達は本当によく働いてくれました。おかげさまでモンスターは無事殲滅。僕も目的の最深部手前までやってこれた。ですので後は僕が攻略報酬を一人占めにして帰るだけ。最難関ダンジョン踏破者の最強賢者ディーン。うーん、なんとも素晴らしい二つ名です」
流れるようにディーンは『蒼穹の聖刻団』へ用済みと言わんばかりに、己の隠していた本性をこれでもかと曝け出していくのだった。
「って事は……お前は最初から私達がこの魔宮へ挑むのを計算に入れたうえで、第四階層を突破した時点で騙し討ちに――」
「ご明察の通りです。流石は副ギルド長のエルーナさんですね。仲間だからって察しも勘も鈍っていた馬鹿ギルド長とは違い実に聡明な方です」
「けっ……テメェみたいな外道から褒められたって吐き気しか出ねぇよ。前々から笑顔がなんか胡散臭いと思えてたのはこういう事だったのか」
「ほぉ……まさかそこまで気が付いていたなんて。やっぱり貴方だけは只者じゃないですね。ですが貴方の言う通り、正直こんな仲間ごっこに興じているギルドには僕も吐き気がしてたんですよ」
まるでその整った爽やかな顔立ちが汚れた本性を覆い隠していたように、ディーンは秘めていたドロドロと醜い黒い本音を次々と明かしていき、
「なぁにが仲間ですか。実にくだらない。しょせん人間なんて他者の力を利用して生きている生物でしょうが。絆とか信頼とか口当たりの良い言葉を並べつつも心中では使えなくなったら捨てる。そんな身も蓋も無い信頼など僕には理解出来ませんね。使い終わったら捨てる。それだけです」
「ディーン……テメェ」
「――ですので僕も単に利用しただけですよ。人の持つ力だけに目が眩んで本質もろくに見極められない間抜けどもを誘導し、邪魔になったら今まで通りに罠にハメて群がってきたモンスターどもに始末させる。これで完了です」
当てつけと言わんばかりに仲間に対し絶大な信頼を置く優しきエルーナを嘲笑うように、ディーンはわざと彼女を挑発するような言動を向けていくのだった。
……そうすると。
「……遺言はそれで満足か?」
「えっ?」
逆鱗に触れてしまったのか。
エルーナは鋭い目付きのまま銀の籠手に包まれた両拳を合わせると、今にも眼前の罪人めがけて鉄腕を叩きこまんとする勢いで文字通り【最後の確認】をしていった。
「もう……弁明する事は無いんだな?」
これがテメェに残されたラストチャンスだと。
口先では厳しい口調で告げつつも、今すぐ全員を麻痺から回復させ謝罪でも言えば命だけは見逃してやると、殺害を基本的に嫌うエルーナはディーンへと情けを与える算段を立ててはいた。
……けれども、次の瞬間!?
「ええ、ありません。だから何度だって言ってやりますよ。仲間なんていうのは利用して殺すだけの【使い捨ての道具】に過ぎないんだって――」
ズドオオオォォォォォンッッッ!
「……お別れだ。ディーン」
最後の戯言を聞くや否やエルーナは突進。
目にも止まらぬ速度でディーンの元へと飛びかかったかと思えば、そのまま顔面めがけて爆炎を纏った慈悲無き必殺の一撃《神砕の破拳》を勢いよく放つのだった。
確実に息の根を止めるべく――
しかし!?
「……っ!?」
「ふふふ……あははははははははは!」
残念ながらディーンは息絶えてはいなかった。
というよりは信じられない事にエルーナが振るった全力の拳は、不届き者ディーンの体を貫く事すら敵わなかったのだった…………なぜなら。
「……残念でしたね。それは幻像です」
殴りつけたディーンはまるで靄か何かの如く消え失せてしまい、手ごたえを感じるどころかそのまま宙を殴るようにエルーナの一撃は通り抜けてしまったからだった……。
そうして、本物のディーンはというと――
「今こそ冥府の扉を開く時……奈落に潜む死神よ。我が行く手を阻むこの愚女エルーナへ対し生の終焉という永遠の絶望を与える事を約束せよ!」
幻術の類で誤魔化していたのか、自分の偽物を殴ってしまい空振りしたエルーナが姿勢を崩した一瞬の隙に背後へと移動したかと思えば!?
「《死淵の突衝》!」
「がっ……はっ…………」
「「「「!?」」」」
無惨にもメンバー全員が目の当たりにする中で、ディーンは一切躊躇わずに副ギルド長エルーネの背中から胸元を貫くように優れた術者にしか扱えぬ凶悪な赤黒い色の呪文を放つのだった――
「ア、アア……エ……エルーナァ……」
「「「フ……フ……副……ギルド……長」」」
「「ディ……ディーン……オ゛マ゛エ゛……」」
「ふん、結局は【超級闘士】の貴方でも僕の敵じゃなかったって事ですね。まあ所詮は仲良しごっこが好きな馬鹿ギルドですし……死んで当然だったのかもしれませんけど――」
対象者の命を一瞬で奪う【即死呪文】を――




