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23話 距離



 出向してから今でようやく約半日。

 グリフは……ただ静かに眺めていた。



「………………………………」



 事情こそ掴めないがアルバート領へ連れていかれたセリカを追うべく。彼は昨夜慌てて乗りこんだこの大型客船の甲板にて、手すりに身を任せながら1人寂しくただ黙って海を眺めていた。



「………………………………」



 なおその集中ぶりは見張りや点検、護衛船に合図を送る船員達や他の乗客の声や音などまったく気にならないほど、とにかく視界を海へ……正確には水平線にずっと静かに目をやっていた。




「………………………………」




 だが……けれども?

 そんな落ち着いた佇まいとは裏腹に、その心に関しては決して穏やかではなかったらしく。




「………………………………」




 焦りというか、なんと云うべきか。

 とにかくじれったい気分に満ちていた。



「………………………………」



 その証明として彼の表情がなによりの証拠。

 一見その姿や佇まいこそ一声かければ気さくに返してくれそうに見えるが、その表情だけについては違って眉をひそめた(しか)めっ面。



「………………………………」



 そのため後ろ姿ならいざ知らず、少なくともこの顔まで見れば誰も声をかけたがらない。もしこれに加えて拳まで握っていようものなら、大抵の者は痛い目に遭うかもと警戒すらするだろう。



「………………………………」



 ただ、流石にそこはグリフの性格につき。

 もし話しかけられたら表情を変えて普通通りに対応するだろうし、無論その抱いている苛立ちを誰かにぶつけたり、自宅や身内でもない限り文句や声も荒げたりはしない…………そのせいか。



「…………………………」



 そんな抱え込む性格が仇になっているのか。

 焦りを覚える心を落ち着かせるために海を眺めていたのだが発散できず、未だに治まらないせいでどうしても顔だけは歪んでしまっていた。



「…………………………」



 と……そんな矛先の向けようがない気持ち。

 海路ゆえに仕方がないとはいえ、こうやって到着を待っている間にも貴重な時間が刻々と進んでいるという感覚に憤るグリフだった……が?




「むぐむぐ……はてさて、一体どうしたのだ。随分と不機嫌そうな顔をしておるぞ? 船酔いでもしたか? それとも海に恨みでもあるのか?」




「えっ…………なんだ、お前か」




 横からだった。

 一体どこから拝借してきたのか魚の串焼きらしき物を片手に、難しい表情を浮かべるグリフに話しながら寄ってきたのは相棒フィオナだった。



「どうだ、ゆっくり休めたか?」



「ああ……おかげさんでな。この通りスッキリしているよ。まあ……ちょっとだけ眠り過ぎた感じがしなくもないが、とにかく疲れは取れたよ」



「はっはっは、それは良かった。エルーナも頑張ってくれていたが、やはり貴様が一番苦労していたからな。そのぶん休息を多く取るのは当前のことだ。なんならもっと休んでも良いのだぞ?」



「必要ない。俺は俺の出来る事をしただけだ」



 セリカの失踪から行き先の特定、そして乗船と文字で表すにはたった1行で事足りるが、その日の間に起こったグリフの行動を語るにはまったく字数が足りず。そんな彼の頑張りに彼女は、



「もぐむぐ……斜めに読む、か。本当に貴様の閃きには感心する。しかもそこからの迅速なルート選びも見事であった。どうだ? 勲章……とまでは流石にいかぬが、余が食っている“これ”と同じ物を用意してやろうか? 中々イケるぞ?」



 彼が暗号を解かなければ、地理に詳しくなければ、迅速に最短ルートを定めていなければ。更にこのどれか一つでも欠けていたなら、きっと未だに自分達はメザーネで右往左往していたであろうと、フィオナはグリフを称賛の声を向けた。



「要らねぇよ。ってか、なに食べてんの?」



「もぐもぐ……これか? 見ての通り魚の丸焼きだが? いや正しくは塩串焼きというべきか」



「いやいや、そんなもんは見りゃあすぐに分かるよ。いったい何の魚だって聞いたんだけど」



「ああ、そっちか。えっと……コックの話によれば確か『ザンマー』とかいう魚型のモンスターだったな。この時期に活発に動くとかなんとか」



 恐らく釣りたてを焼いてもらったのか。


 温かい褒め言葉を受けた後、グリフはフィオナの方に体を再度向け直すと目線をその手元へ。

 彼女がガブリと美味しそうに齧った箇所からは香ばしい香りが漂ってくるだけでなく、僅かに脂も滴っているその魚の串焼きについて尋ねる。



「へぇ、あいつらか。細い銀色の体に刃物みたいな鋭い背びれが特徴で、一部では秋の食材として親しまれている…………うん、あれ? じゃあこの船はそんなモンスターまで積んでんのか?」



「むぐ?」



「その……なんだ。ほら、いくら水揚げされたら弱体化する水棲モンスターとはいえ鋭い背びれをしているわけだろ? もしも何かの間違いで暴れて客に被害が出るようならマズいだろ?」



 香りはまだしも、齧ったあとの脂があれだけ乗っているならきっと新鮮なものに違いない。ということは生簀(いけす)か何かに入れておいた奴を使ったのかと勘ぐるグリフ。ところが?



「ああ、違う違う。コイツはついさっき余が釣り上げたものを調理してもらったのだ。生簀などで飼われていた物でないから安心するがいい」



「えっ、お前……釣り道具持ってきてたの?」



「いいや、船のコックから借りたのだ」



「えっ? コックから?」



 そんな疑問が更なる謎を呼ぶきっかけに。

 彼は尋ねるにつれ答えに近付くどころか、むしろより離れていくような感触に襲われ始め?



「そうだ、実のところ食堂で余があまりにバクバク食べるものだからコックの連中が『もうこれ以上は絶対ダメです! 船の食糧庫を空にする気ですか!? もしもまだ足りないなら自力で調達してください!』と一斉に怒鳴られた挙句、釣竿を渡されてな。それで釣り上げたというわけだ」



「な……なんですと?」



「そして釣り上げたのは良いのだが。やはり自力で釣った故、己が納得のいく焼き加減で仕上げたいだろう? だから適当な場所でこっそりと()()()()()()焼こうと試みた……のだがな」



「は?」



「残念な事にコック達に猛烈に反対されてな。自分達が責任を持って調理するからもう何もしないでくれ、今生の頼みだから大人しくしておいてくれ! と泣き付かれたものだから……ついな」



「いや当たり前ぇぇぇ! お前それ火薬庫の中で煙管(パイプ)に火点ける間抜けと同じこと言ってるからね!? ここ船! 木製! 燃えるの! 可燃性! 引火したらみんな丸焼きぃ!!!」



 最後に待っていたのは衝撃のゴール地点。

 嘘か本当か、もしや自分をからかう為に言ったのか。それとも本気でやらかしちゃったのか。



「えっ、嘘でしょ!? 前々からずーーーっと思っていたけど俺の相棒ってこんなに非常識な奴だったの!? それもよりにもよって客船の上で火を焚こうとするような大馬鹿者だったの!?」



「小僧よ、常識に捉われてはいけない。偉業を為す者というのは大抵そういった常識を――」



「必要な常識だよっ! 話のスケールを大きくして自分の愚かさを薄めるんじゃありません!」



 どうしよう……聞くのがマジで怖いと。

 最早その腹の底を、この話の真実を明らかにしようとする行為すら恐ろしく。かと言ってコック達に尋ねようものなら責任を取らされて3人まとめて海に放り出されかねないと、グリフは呑気に串焼きを齧っている相棒を咎めるのだった。




 すると……そんな彼の勢いある姿勢に、




「ふ、ふふふ」



「ううん? なにがおかしいんだよ?」



「ふふふ、いや気にするな。それだけ大声を出せる元気があるなら問題ないだろうと思ってな」



「はい?」



 ならば……このタイミングであれば。

 ここまで熱くすれば少しは話し易かろうと。




「さて…………それで?」



「あい?」




 フィオナは話を本来聞きたかった方向へ。

 口に含んでいた身は飲みこみ、串焼きは握ったままで寄り添うようにグリフの隣に立つと、



「何を難しい顔をしておったのだ?」



「…………見てたのか」



「まあな。横顔だけでも充分に伝わってきた」



 自分が声をかける前までの彼について。

 パッと見ただけでも話しかけるのをふと躊躇ってしまう、なんとなく不機嫌そうな表情を浮かべていたワケを求めた………………ただし?



「まあ……現状を考慮すればおおよそ見当はつくがな。セリカについて考えていたのだろう?」



「………………………………」



「中でもこの待ち時間。距離があるから仕方がないとはいえ、こうして船で待ちぼうけておる時間がとにかくじれったい。食事や休息を取っている間にも危機が迫っているかも……であろう?」



「ちぇっ……なんだか嫌な感じだな。自分の腹の中を全て見透かされてるみたいな。でもそうさ、お前の言った通りだ。じれったいんだよ」



 見透かされ過ぎで思わず舌打ちしたくなる。

 尋ねこそしたもののあくまで答え合わせをするかの如く、フィオナはグリフの焦る心の様子を完璧に察しており見事言い当てた。そのうえで、




「それでは……小僧よ、余はこれから幾つか貴様に質問をしてゆく。難しい内容でこそないが、全て『はい』『いいえ』で答えるのだ。良いな?」




「お、おう……なんか唐突だな。意図はよく分からないけど、ちゃんと答えるようにするよ」




「うむ、では早速――」




 重ねて、連続で彼女はグリフに問うた。



「貴様は魚か?」


「いいえ」



「では鳥か?」


「いいえ」



「貴様は人間だな?」


「はい」



「人間ならば海上を走って渡れるな?」


「いいえ」



「しからば飛べるな?」


「いいえ」



「泳げるか?」


「はい」




「ふむ……では最後の質問だ。貴様は魚や船よりもずっとずっと早く泳げるのだな? この2600マイル(約4200km)という距離を32ノット(時速約60km)以上の速度で泳ぎ切れるのだな?」




「………………いいえ」



「うむ……ご苦労であった」



 可能なこと・不可能なこと。

 最終問題を除いて、その質問のほとんどが幼子でも答えられそうな簡単な内容だった。しかしフィオナはその最後の問いに、回答を僅かに躊躇ったグリフの様子を見届け……その末に告げた。



「ふふ、まあそういうことだ。貴様がどれだけ気を揉んでおっても出来ぬ事は出来ぬのだ。人間は海の上を渡れぬし、鳥のように自由に空を飛ぶことも、魚よりも早くは泳げぬ。ましてや船にも勝てぬ。となれば大人しく待つしかあるまい?」



「う~ん……なんか癪だけど、そうらしい」



「はっはっは! であろう! そうと分かればヤキモキするよりも力を蓄えておくべきだ。飯を食い、しっかりと休む。そして……到着した際に蓄えた全てを出し尽くせばよい。この先にどんなトラブルが待ち構えておるか分からぬからな」



「へぇへぇ、分かりましたよ」



 うじうじ悩んでも今は待つほかもない。

 時には自力ではどうにも出来ない事もある。

そんな前向きに物事を見る彼女の正論に負けたのか、グリフは適当な返事を返したのち、



「………………………ありがとな」



「はて? なにか言ったか?」



「いや……なんでもねぇよ。じゃあな、お言葉に甘えて俺はもう少し部屋で休むことにするよ」



「うむ承知した! 思う存分にゆっくり休んでくるがよい。飯時になったら起こしてやろう」



「ははは、じゃあ後は頼んだぜ」



 単純ながら可能・不可能の選別に加えて。

 フィオナに悩みを吐きだせたおかげで気持ちが和らいだのか、彼はそう礼を言い残すと彼女と入れ替わるように客室へと足を向けるのだった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

もし良ければブクマ・評価等していただけると幸いです(´▽`*)


2023/10/16追記

次話は10/21(土曜日)に投稿予定です!!!

時間はいつもと同じ朝9時に投稿にする予定です。


そして次話投稿についてですが、前回に続き現在も別件に時間を割いてしまっているため【10月に投稿予定】となります。なお、この別件がきっちりと片付いたら投稿ペースを上げていく予定です(。´・ω・)

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