12話 折衝
――まるで店を畳む寸前のようだった。
「いやぁ、まだ店が開いてて良かったぜ。もし閉まっていたら旦那叩き起こすしかないからさ」
行き先を知らせず何者かに付いていったセリカの行方を追うべく、グリフ達が“大きな袋”を携えて夜分遅く訪ねたのはボロドの情報屋だった。
「へへへ、アッシも驚きやしたよ。まさかこんな夜更けに客が来るなんてね。それもグリフさん御一行だなんて。まったく勘弁してくださいよ」
「まあまあ、そう硬いこと言わないでくれよ。俺と旦那の仲じゃねぇか。ほらほら、そのお詫びに酒を持ってきたからさ。これ高いんだぜ?」
天井に吊るされたランタンの灯りと窓から差し込む月の光に屋内を照らされる中、グリフは不機嫌そうに言葉を返してくるボロドに酒瓶を渡す。
「へへ、こいつぁどうも。うんうん……おお、こいつは確かに良い酒だ。アレですか、最近開店したって言う町の酒屋で仕入れたんですかい?」
瓶を受け取ったボロドはラベルを見るよりも先にコルクを抜いて酒の香りを確認すると、続けて満足気な表情を浮かべつつグリフへと尋ねる。
「あっ、分かるぅ? 実はそうなんだよ。開店前に店主の女性がちょっとしたトラブルに巻き込まれててさ。その時たまたま俺達が通りがかったもんだから、助けに入ったらお礼にってくれたんだ。そんで……後で値段を聞いてみたら――」
「目玉商品の一本だったと」
「そういうこと。なんでも数万Gはするとか言ってたけど、正直ウチは後ろの魔女帝様以外そこまで酒は飲まねぇし、せっかくだから旦那にあげようかなと思って持ってきたんだ」
「…………ほほう、なるほどなるほど。まあそういう事ならありがたくいただきやしょうかね」
では、そういう事情ならば遠慮なくと。
ボロドは彼の善意に甘えるようにしてカウンターの端に置いていた“やたらと大きな荷物”の元へと向かい、その中に酒瓶も仕舞うのだった。
すると?
「あ、そうだ。そういえば……なんだけど」
そんなボロドの些細な行動に――
「はい? どうかしましたかい?」
「いや、なんていうか。なんとなく気になってた事なんだけどさ。ちょっと聞いていいかな?」
グリフは突然そう切り出した。
「はて、聞くって何をですかい?」
元々ここを訪れた直後から違和感はあった。
ただ切り出すタイミングが中々計れずにそのままいつにしようと機会を伺う内に、ボロドが丁度自分から触りに行った為ここぞとばかりに。
「旦那……誰かに追われてんのか?」
「おわ……えっ、なんですって?」
キョロキョロと周りを見渡しつつだった。
あくまで灯りで見える範囲ではあったが、グリフは明らかにいつもと違ったその綺麗さっぱりとした店内の様子について首を傾げると、
「へへ、ちょっと仰っている意味が分か――」
「いやさ、ちょっと気になってさ。ほら、いつもはどっかの冒険者ギルドとかから盗んできた武具とか珍しいアイテムとか並べてたじゃん? 情報以外の小遣い稼ぎにって、カウンターに堂々と盗品並べて売っていたじゃん。それがどうだ?」
散らした目線は変えずにそのままで。
いつもどこから分捕ってくるのか不明だが、グリフは毎回ボロドが盗んできた物を並べるショーケースに手をあてると重ねてこう付け加えた。
「まるでもぬけの殻手前じゃないか」
「あ、ああ…………そのことですかい」
そう、グリフが告げた通りだった。
ただしショーケースに限った話ではなく。
「売り尽くしセールでもしたのかい?」
「いえいえ、これはそういう訳ではなくて……」
いつもなら盗品……もとい商品で溢れ返っているはずの店内のどこを見渡してもただ空っぽ。
武器の飾り棚や防具立て、魔道書を並べる本棚、挙句の果てにはカウンターの中と視認できる範囲の至る所がとにかく空っぽ。それこそ根こそぎ空き巣に持っていかれたような状態だった。
そして、そんな店内の様子にグリフは、
「へへへ、グリフさんにはごまかせやせんね。そうなんですよ、売り尽くしとは違うんですけどね。まとまった金が欲しくて割引セールをやってたんですよ。それで予想以上に売れちまって――」
「――それとも」
ボロドの言葉に耳は傾けず。
グリフは口元に手を当てながら、しばらく店内の観察を続けた後に一つの答えを発した。
「まさか“夜逃げ”でもする気……だった?」
「……………………………………」
割引セール? あり得ない。
逆に開いたとしても理由があるはずだ。
ボロドの旦那は思いつきで動く人じゃない。
「旦那? ボロドの旦那?」
「…………………………」
じゃあ盗まれた? いや論外だ。
ボロドの旦那ともあろう人がそこいらの盗賊や空き巣なんかに遅れを取るなんて絶対に無い。
そもそもの話、荷物を纏めている時点で遠出する気満々だ。そのうえで店をすっからかんにするとなると単なる遠出じゃない。ましてやこう言っちゃあなんだが旦那は盗賊だ。証拠は残さないにしろ恨みは買っているだろうし狙われる身。
「どうだい旦那? 当たってるかい?」
「……………………………………」
と……なればと。
グリフは店を訪れた時の違和感から始まって、酒のやり取りをしていた最中にもそのように思考を巡らしていき、大雑把ではあるが導きだした自分なりの答えを添えてボロドへと突きつけた。
「……………………はは、はははは」
対して、ボロドの反応はというと。
「いやあ、参りましたね。あはははは……グリフさんの仰る通りです。実はアッシにもアッシなりの事情ってもんがありやしてね。少しだけ、このメザーネを離れることにしたんでやんすよ」
ひどくぎこちない笑い方だったが認めた。
そして、そう言うとボロドは頭を掻きながら、
「と、いうわけでしてね。アッシもアッシで取り込み中につき大変申し訳ないんですが、今日はお引き取り願えやせんでしょうが。なに、事が治まったらまた戻ってきやすからご安心くだせえ」
グリフが腰掛けているカウンターへは戻らず、そのまま纏めていた荷物の中身へと目を落とすと彼らへ店を出るように促した…………だが?
「まあまあ、そう硬いこと言わないで座って話を聞いてくれよ。俺と旦那の仲じゃないか。もしも追手が怖いってんならウチの魔女帝様を護衛に付けるからさ。その気になったら敵組織ごと一掃しかねないくらい頼り甲斐があるぜ」
グリフは動かず、帰ろうとしなかった。
いや…………むしろそれどころか――
「は、はっはっは……グリフさん、今のアッシの話を聞いてやしたか? 本当にすいませんが色々と立て込んでいる状態でしてね。今日ばかしはお相手をしている余裕がねぇんでさ。なので」
「ありゃ、最強の護衛だけじゃ不満か? じゃあエルーナも同行させよう。どうだ、これで追手の組織を逆に乗っ取れるくらいの戦力になるぜ」
「グ……グリフさん」
「まあまあ、とにかく座ってくれって。なあに、大体10分もあれば終わる話なんだ。それにわざわざ店に通してくれたんだ。ちょっとは時間の余裕あんだろ? じゃなきゃ即追い出すもんな」
「そ……それとこれとは――」
「旦那、座ってくれ」
「で、ですから……もう時間が――」
「いいから。ほら」
「いや、ですからアッシも早くここを――」
「だんな すわってくれ」
「……………………………………」
瞬間、ボロドはもう言葉を返せなくなった。
理由は分かりやすい。グリフを恐れたから。
「旦那、座ってくれって俺は言ったんだよ。ああ、もしかして聞こえなかったのかな? じゃあもう一回だけ言わせてくれ。旦那、座ってくれ」
声量は変わらず、だが質は大きく違う。
無機質でどこか狂気すら帯びた声質だった。
またグリフが発しているその恐ろしさをさらに際立たせたのは他でもない彼の目。視線だった。
「なあ、座ってくれよ旦那。そんな端っこにいたんじゃあ話をしづらいだろ? なあ座ろうぜ」
「うっ…………うぅ」
もはやボロドは見ていなかった。
いや正しくは彼が話し合いの場に着く前提で喋っているのか、ボロドがまだ座っていない空っぽの席に焦点を合わせて口を動かしていたのだ。
「ぐ……グリフさん」
流石にこうも一方的に詰められると思っていなかったか。何も返せないままたじろぐボロド。
するとそんな呆気に取られている彼を不憫に思ってなのか“彼女達”がついに口を挟んだ。
「うむ……情報屋よ、夜中にそれも3人で突然押しかけてしまい不躾なのは重々承知している。だが、それを分かったうえで我々はこうして其方の元を訪ねたのだ。一流の情報屋と見込んでな」
「なあボロド、私からも頼むよ。要件さえ終わればマジですぐにここから立ち去るからさ」
「フィオナさん……エルーナさん」
多少覚悟していたとはいえ予想以上に空気が重くなり過ぎたせいで、ここまで黙って聞いていたフィオナとエルーナがすかさず助け舟に入る。
「荷造りするのはそれからでも良いだろ。アンタが良ければ手伝うし。力仕事なら任せてくれ」
グリフは聞けの一点張り。
ボロドは帰れの一点張り。
そんな互いの意見が平行線である限り永遠に結論は出ないし埒も明かない。そのため彼女達は提案しどうにかボロドを席につかせんと試みる。
「ふむ、エルーナの言った通りだ。なんだったら指示をくれれば余達が代わりに纏めよう」
「そうそう、これならそこまで時間に捉われる必要はないだろ。それに2人加わるわけだから手数も増えるし、きっとすぐに終わるだろうぜ」
「そ、それは――」
荷物を纏めたいなら自分達も加わる。
なんなら話をしている間に支度してやる。
「それに護衛の件だって嘘じゃない。アンタが完全に逃げ切れたって確信できるまで護るよ」
「うむ。どのような刺客が来ようとも余が全て返り討ちにしてやろう。それでも不安ならば小僧が言っていたように組織ごと潰しにいってやる」
「…………………………」
さらにアフターフォローもバッチリ。
刺客だろうが怪物だろうがお構いなし。
ボロドの身の安全は自分達が責任をもって保証すると、自信に満ちた表情で彼女達は告げた。
そう確約したうえで、最後はやはり――
「だから……さ」
「小僧の話を聞いてやってはくれぬか」
改めて、耳を傾けてくれと。
グリフの依頼を聞いてくれと頼むのだっだ。
「………………話を、ですか」
するとそんな熱心な頼みを受け、ボロドは、
「……………………分かりました」
「……すまぬな、情報屋よ」
「ごめんよ……私達にも事情があってね」
「いえいえ、どうやら本当に良い仲間をお持ちのようだ。人を見る目がありやすね、どちらも」
コクリと小さく頷いて承諾するのだった。
そして頑なに離れなかった荷物から離れ、
「…………ありがとう、ボロドの旦那」
「ええ、伺いましょう。と言いたいとこですが……その前に“一つだけ”ご忠告いいですか?」
「忠告?」
「はい。一つだけ……そう“とある情報”だけはアッシは一切関与することが出来やせんので、そのおつもりで。では……伺いやしょうか?」
グリフの強い意思に根負けする形で。
結局ボロドはカウンターにつくのだった。
「何の情報をお知りになりたいんで?」
ただし……なにやら意味深な言葉を添えて。
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