8話 残り香
【グリンモースの森 深部】
涎が噴き出そうな光景だった。
「ガウガウ、ワウウ」
「ハウハウ、グルグル」
「ハウハウ。ハワワウ」
時は夕暮れ。
グリフがフィオナを立ち直らせた時から数時間ほど遡り、まだ日が沈み始めた頃のこと。
「ワウワウ、フグフグ」
「ガウガウ、ガルガル」
集まっていた頭数としては10匹ほど。
幼体も数に含め、森で生活していた金皇狼クラウン・ウルフの群れは巨木を目印に一堂に会するや否や、すぐに話し合いを始めていた。
「ワウ、ワウワウ」
「ガウ……ガウガウ」
ただし、成体が主になる形で。
話の内容は“次の住処”について。
「バウ、ハウハウ……ガウ!」
「ガル、ガウガウ……バウウ!」
その希少性と、金皇狼の名のとおり黄金色の毛と牙のせいで密猟者もとい、その雇い主である貴族や有力者達から大人気のクラウン・ウルフ達。
よって、もしもこんなぞろぞろと群がっている場面を連中に見つかりでもしたら、どんな卑怯で恐ろしい手段を講じて捕えにくるかは想像に難しくない。
「クゥゥン……ガウ!」
「バウ! ワウワウ!」
その中で大人の個体……この成体達に関しては、これまで密猟者達のそんな魔の手を掻い潜り逃れてきた経験もあるためか。元から警戒心の強い彼らだが人間に関してはその経験故にどれほど危険かも当然理解しており、警戒の強さは他の動物やモンスターなどとは比較にならぬほど。
「…………………………」
「…………………………」
そのため辺りに気配や嗅ぎ慣れぬにおいが混じっていない事を厳しく確認したうえで、彼らは話していく。声だけでは響いてしまうリスクが伴うため、時折アイコンタクトでの疎通も交えつつ。
「ワウ。グルルル……ガガウ!」
「フンフン。キュキュ、キュウ」
なお話を要約するとこんな具合となる。
どこで嗅ぎつけたか知らないが、奴らはこの森に自分達が住んでいるのを知っている。
実際に罠を仕掛けられ、他の種族達が巻き添えになり連れていかれそうになった。親切なニンゲンがそいつらを追い払ったが、きっと別の密猟者どもがまたここへやって来るだろう。だからすぐにでも住処を変えるべきだ、と。
「ガウ、ガウガウ」
「ハウウ……ワウガウ」
全ては生き残るため。種を存続させるため。
彼らの本音を代弁するならのんびりと子供を育てられる定住の方が望ましいところだったが、自分達の平和を維持するためにはしのごの言っている余裕は無く、雄雌ともに話し合いに参加し移住先を慎重に吟味していく。
「ガル、ギャルギャル?」
「グウウ……バウグ?」
山はどうだ。中でも火山はどうだろうか。
強力な魔竜達が住んでいる危険はあるが。
渓谷は? 食料の確保に苦労するかもだが。
洞窟は? ニンゲンが入ってくるからダメか。
ならば、ふたたび獲物の多い森を探すのは?
「フフ……フゥゥン」
「ググゥゥ……グルグル」
「ハグルルル……バウ」
山、火山、渓谷、洞窟と。
もちろん前提として狙われる立場である以上、なるべく人間の集まる町や都市などの密集地を避け、次々に彼らは熱心に提案し思考を巡らせる。
「ガウ。クヌヌゥゥン」
「キュキュ……キュウウウン」
また重視する点としてはもう一つあり、他のモンスターもその地域に生息しているかどうか。
子を育てる分の食い扶持が確保できるかという心配もあるが、何より彼らが重きを置くのはそんな先住者達とのコミュニケーション。
「グウ、ワウガウ」
「ワウワン。ワワン」
礼節をわきまえているというのが正しいか。
まず、よそ者である自分達を先住者が受け入れてもらえるかどうか。その理由として全ては情報収集のためであり、無駄な争いを好まない彼らからすれば如何に戦わずして、最大の敵である人間達の情報を仕入れるかを念頭に考えており、
「バウバウ、ハババウ」
「ハッ、ハッ、ハフウッ」
とにかく彼らからの信頼を勝ち取ること。
そうすれば互いに危険が迫った時に意思疎通ができ、密猟者を筆頭とした人間達からすばやく逃れる事が出来る。その点を含めたうえで先程から彼らはずっと話し合っていたのだが…………。
「ガウガウ?」
「「「ハウ……クゥゥゥン」」」
残念なことに意見はまとまらず、堂々巡り。
というのもそんな好条件な場所がそう都合よく見つかるはずもなく、またこのグリンモースの森の居心地が非常に良かったのか。アイデアは出ても満場一致といかず、なかなか進展しないまま無駄に時間が過ぎ去っていく始末となっていた。
「スンスン…………フグフグ」
――と、成体達が住処選びに苦戦する最中。
「ハウ、ハウハウ」
1匹だけつまらなさそうに。
そんな前進しない会議の様子に飽き飽きし、つまらないと思っていたのは群れで唯一の幼体。
敵であるはずの人間のグリフとフィオナおよび仲間の活躍によって命を救われた子狼だった。
「クンクン……スンスン」
そして、彼?は始まった当初こそ隣にいる母親と同じように会議の様子を離れて眺めていたが、途中から“なにか気になる事”があったのか。
「フガフガ……クンクン」
ソワソワとどこか落ち着きなく動きだし、やたらと辺りの匂いを嗅ぎ始めていった。
「アウウ……ワウワウ」
「ハウ! スンスン……スンスン」
あまり遠くへ行くな。危ないぞと。
寄り添っている母親が注意を促しはするものの、一向に聞く耳をもたずにそのまま嗅ぎ続ける。
「スンスン……フグフグ」
また、次第に嗅ぐ範囲もだんだんと広くなり、会議に熱中する群れの周辺だけでなく、いつしか森の奥へと入っていきそうな勢いでぽてぽてと嗅いでは次、嗅いでは次の場所へと歩いていく。
「…………クゥゥン」
それ以上行ってはいけないと、不安げな声をあげる母親に見守られながらも一心不乱に。
ガサガサと草を掻き分けつつ、時々匂いの発生源を探すように辺りをきょろきょろと見渡しつつ、その子狼は大人達そっちのけで嗅いでいった。
「フンフン……フグフグ」
とにかくがむしゃらに、無我夢中で。
やたらめったら嗅いで嗅いで嗅いで。地面に擦り付けた鼻が削れそうなくらいに、後ろで静かに見守る母親の心配をよそに位置を探っていった。
「ハグ?」
――すると。
そんな捜索を繰り返す内に。
「ガウッ!! ハワウッッ!」
声をあげて発した。
「ワウッ! ガウガウッ!」
やっとみつけた!
いいニオイみつけたよ! と。
そう子狼は持ち前の嗅覚でついに特定したのだった。
薄暗くなり始めた森の奥より風に乗ってやってきた、その気になる匂いの元を。
「ハ、ガウ?」
「「バ、ババウ?」」
「「「ガガウウウ?」」」
対して、いったい何事かと。
話している良いニオイとやらがどうこうよりも、まずいつの間に自分達からそんなに離れていたのか。それもそんなに興奮してどうしたんだと、成体達は思わず会議を中断して子狼に注目する。
だが、子狼はそんな急報を伝えるや否や、
「ウワンッ!」
「「「キャウ!?」」」
「「「ガ、ガウウ!?」」」
ダッ! ダッ! と胸の昂ぶりを抑えられず。
大人達の理解が追い付くよりも先に、子狼は一目散に森の中へと駆けだしていくのだった。
まさに宝物で見つけたかのようにキラキラとした目で、その特定した匂いの場所をめがけて。
「ガウ!」
「ハワワン!」
打って変わり、もちろん残された大人達も呑気に放置するわけにもいかない。まして子供だけ。
しかも、いつ人間がやって来るか分からないこんな不安定で危険な森の中を単独で進ませるわけにもいかないため。
「ガウ、ガウガウ!」
「ガウガウ! ハウハウ!」
そこで待っていてくれ。すぐ戻る、と。
「ハウッ! ハウッ!」
「ガガウ! ハブッ!」
「「「ガウ! ハウ、ワウ!」」」
真っ先に動いた母親と父親はそう仲間達へ言い残すと、どこかへ走り出していった子供を慌てて追うように会議から離脱するのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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また余談ですが、4話目(1章)の挿絵を差替えましたので、
良ければこちらも一度見て頂ければと思います(。´・ω・)




