3話 拾い物
【グリンモースの森 出口付近】
それは、帰り道の出来事だった。
「う、うんん?」
時間としては夜の始まり。
鍛錬開始時はまだ昇り始めだった太陽も今ではすっかり暮れてしまい、代わりにここからは自分の出番だと言いたげに、満月が昇り始めた頃。
「うむ? うむむむむ?」
早朝からぶっ通しで続いたフィオナによる超スパルタな鍛錬がようやく終わり、残すはグリフの家もとい拠点があるメザーネの町へ帰るのみ。それからは仲間達と共に食事を済ませ、残った時間を満喫するだけ………………だったのだが?
「はて……おかしいな。うむむむ」
「うん? おかしいって……なにが?」
出口までは、あとほんの少しというところ。
というより、もう既に木々越しに森の外の光景が見え隠れしており、あとは道なりに数分歩くだけで外に出られるというこのタイミングで、
「無い……どこにも無いのだ」
「ない? なんか無くしたのか?」
何かとんでもなく大切な事に気が付いたのか。
いつもどこか余裕のあるフィオナにしては珍しく、そう発しながら突然足を止めると、動揺を隠せずに自身のあちこちに触れていった。それこそ、まるで何かを探すように――
しかし。
「あ、あれ? そういえばお前――」
そのすぐあと、フィオナ本人が直接告げる前にグリフも気が付いた。彼女の違和感……正確にはある物が足りていない事に。それは――
「あの“髪飾り”は?」
「………………………………」
「じゃあ……無いって言ってんのは――」
「……………………そ、そうだ」
そう、髪飾りだった。
首都バトランドの収穫祭という催し物限定の露店でグリフから買ってもらった、流れ星の形をした“星の髪飾り”がいつの間にか消えており、
「水浴び中に落とした……か? いや、確か水浴びの際は衣服とともに石に乗せた記憶がある。では小僧の鍛錬中か……うーむ、覚えておらぬ」
「いや、俺をしごいている時はちゃんと着けていたぜ。キラキラして割と目立つやつだからな」
「そうか……ならば考えられるのは――」
「最後に休憩を挟んでいた時か。もしくはここまで歩いた最中に落ちたか……くらいか。まあ、髪飾りも髪に挟むタイプのやつで、道中も話しながらだったからな。仮に落としたとしても、地面が土だからほとんど音は聞こえないし」
「うむむむううぅ……」
頭に手を当て、やたらと深刻な表情を浮かべるフィオナを見兼ねてか、グリフはそうフォローしていく。また、続けるように彼はさらに――
「それに……この時間だ。今からこの広い森を探しまわるっていうのはあんまり現実的じゃない。だから、もう帰ろうぜ。俺達の家にさ」
遠回しな言い方ではあったが、諦めようと。
落としたのが大きい物であればまだしも、小さな髪飾りとなれば発見は困難。ましてや森という周囲のどこもかしこも似たような景色という環境も相まって、グリフは気遣いの言葉を向けた。
だが……それに対しフィオナはというと、
「ダメだ。すまぬが、いくら小僧の命といえども……それだけは聞けぬ。今それに甘んじてしまっては、余はきっと自分を許せなくなるだろう」
「えっ……ど、どうしてそこまで……べつに落とし物なんて誰だってするだろ? だったら、そこまで気に病む必要なんてねぇじゃないか」
「………………まあ、それはそうだが」
「だろ? それに俺だって別に気にしてない。それに、お前があの髪飾りを大切にしてくれていたのは充分伝わってるしさ。だから……な?」
水浴びの時にグリフへ話していた際にも垣間見えていたが、真面目な時はとことん真面目に向き合う武人らしい側面も持つフィオナ。その性格をよく知っているグリフはここぞといわんばかりに、落ち込む彼女に続けて温かい言葉をかける。
「もう帰ろう。そんで旨い飯食って、明るい気持ちになろうぜ。なんでもエルーナの話だと、今日はとびきり旨い魚や貝をふんだんに使ったシチューを用意するらしいんだ。お前、そういうこってりした料理好きだろ? だから早く帰ろうぜ」
「ふ、ふむぅ……だ、だがやはり――」
ところが、そんな気遣い故か。
火種は思わぬところに潜んでおり、
「な、なんだったら……また買ってやるよ」
「…………買ってやる? なにをだ?」
そんなグリフの優しさ。
彼女への思いやりがかえって仇となる。
なぜなら――
「代わりの髪飾りだよ。あの流れ星の髪飾りは収穫祭限定から多分売ってないだろうけど、またバトランドに行って別の髪飾りを探そう――」
「……っ!」
そして……それが起爆剤となった。
いや、なってしまった。
「小僧……すまぬが、その提案はやはり聞けそうにない。それこそ絶対、絶対にだ。断じて!」
「えっ……な、なんで?」
グリフから飛び出したその提案を聞いてから、ますます重苦しい表情が増したフィオナ。
それどころかなんと体の向きを反転させ、出口側ではなく森の中の方向へ向けると、
「……宝物に代わりなど存在せん。特に己が不注意で無くした物はな。しかも、あろうことか人から貰った物をだ。それを無くしたからといって気軽に買い替えようなど……余には出来ぬ」
「…………お、お前」
「だからだ。小僧、貴様は先にメザーネの町へ戻るがいい。別に余1人で構わぬ。これは余の問題だからな。では、また明日にでも会おう!」
「あっ、おい!」
ダッ! と、荷物を持ったまま。
それこそ風を切るスピードでフィオナは答えた直後に姿勢を低くすると勢いよく駆けだし、瞬く間に木々の暗闇へと消えていくのだった……。
「い、行っちまったよ……ったく、もう」
対し、1人取り残されたグリフ。
相棒の行動の速さに呆気に取られつつ、
「ハア、しょうがねぇな。少しだけここで待つとすっか。どうせこの辺りのモンスターは夜の間おとなしい奴ばっかりだ。下手に騒がなければ襲われる心配も無いしな…………よいしょっと!」
町へ戻れというフィオナの発言は完全に無視するようにグリフは素直に出口へは向かわず、近場の草むらにあった平らな石の上に腰を下ろすと、彼女の帰りをのんびり待つことに決めた。
そうして。
「に……しても――」
頬杖をつきながらフィオナが走り去っていった方角を見つめると、ふと独り言を呟いていく。
して、その溢す内容はというと当然――
「ほんと、いつもは好き放題に振舞って人を巻き込むくせに、こういう事に関してはやたらと真面目なんだよなあ…………アイツって」
彼女のこと。
大抵の場合、プレゼントした本人が許してくれるならそこまで深刻に捉える必要が無いにも関わらず、彼女の場合はまさしく家宝でも無くしたかのような酷い落ち込みぶりだったうえ、
「俺のさっきの言葉が軽率だったのか? うーん……多分そんなことは無いと思うんだけどな。だって……絶対見つからないだろ? こんな森の中。しかも夜で暗くなってきてるし、ましてやあんな小さい髪飾り見つかりっこないってのに」
こうして現に探しに行った件についても。
いくら人並み外れた規格外の身体能力を誇るとはいえ、相手はこんな闇夜の森の中。仮に一晩中必死に駆けずり回っても見つかるかどうか疑わしく、さらに言えば仮に日が昇っても難しいというのに、彼女はそんな問題など気にすら留めず。
「ははは……俺も見習うべきなのかな」
苦笑いを交じえながら。
いつもワガママに振り回されて酷い目に遭っているグリフだったが、困難でも迷わず突っ走るその精神、諦めずに自分の贈り物を探そうとするその責任感だけは素直に感心するのだった。
「さあてと……どうしたもんか」
と、そうフィオナを評価しつつ。彼は木々の幹や葉の隙間から見える夜空に視線を見上げると、
「本当は戻ってくるまで待っていてやりたいところだけど、あんまり遅くなるとエルーナ達を心配させちまうし……1時間が限界ってとこか」
どれぐらいまでなら彼女を待てるかと。
上着の内に入れていた懐中時計を取出し、空の様子と時間を並行して思考を巡らせていくと、
「連絡出来るようなアイテムも持ってきてねぇし……うん、やっぱり1時間だな。どうせアイツの事だ。たとえ猛獣が襲ってきても数秒で返り討ちにするだろうし、いざとなれば俺が飯を持って迎えに来ればいいしな。よし、そうしよう!」
色々と悩んだ末、リミットは1時間だと。
普通の女性であれば流石に放って帰るわけにもいかないが、今この森の中を探しまわっているのは普通じゃない女性だから問題ないと、
「さあて、そんじゃあ1時間どうすっか」
むしろ、考え方次第ではこの森の中で一番危険なのは彼女の方だと。もしアレを怒らせるような事になれば、夜が明けた頃には森ごと跡形もなく消し飛ばされかねないと、
「ちょうどランタンも持ってきてるし、暇つぶしに持ってきた古文書でも読むか。どうせすぐには帰ってこないだろうからな」
そう相棒の実力を一切疑わず、この時計の分針が一周したら言われた通りに1人で帰ろうと。荷物袋の中からランタンを取り出そうとした、
「ええっと……あったあった。これを――」
――ところが!?
「まったく……戻っておれと言ったのに」
「えっ……えっ? あ、あれ?」
まさしく、今から待とうかという瞬間。
「なにやら小僧の気配がするからこうして来てみれば……なんだ、余の身を案じて待っておいてくれたのか? はは、流石は我が主だ!」
なんとも呆気なさ過ぎる幕引き。
グリフの予想を大きく裏切るように、ガサガサと近場の草むらから音がしたかと思えば、
「え……も、もう戻ってきたの?」
「うむ。なんというか……髪飾りを探しておる最中にちょっとした事情があってな。こうして早々に戻らざるを得なかったのだ」
あっという間の再会。
本当にものの数分としない内に、ほんのついさっき勢いよく森の中へと消えていったフィオナは“布に包んだその何か”を抱きかかえながら、グリフの元へと戻ってきたのであった。
ただし、なにやらワケ有りの様子で、
「それで、髪飾りは見つかったのか?」
「い、いや……それはまだなのだが」
「うん?」
肝心の髪飾りはまだ見つかっていないと、グリフの質問に彼女はかぶりを振る。そして――
「代わりにコイツを拾ったんだが……」
「へっ? こ、コイツ?」
続けて彼に報告する。
失った髪飾りの代わりに拾ってきたというそれについて。戻ってきてから今もずっと大切そうに抱きかかえているその何かをちゃんと見せるように、彼女はグリフの元へ寄っていくと、
「どうやら……何者かが仕掛けた罠で怪我を負ったようでな。あのまま放っておけばどんな酷い目に遭わされるか分からぬのでな」
「えっ……わ、ワナ? 怪我?」
包んでいた布を優しく剥いでいき、その下に隠れていた持ち帰った何かの正体を露わにした。
「それに余の性分的に、あんな弱々しい声で鳴かれては見捨てるわけにもいかなかったのでな。つい、こうして罠を外して連れてきてしまった」
「うん? うんんんんんんんっっっ?」
すると。
その正体は……なんと!?
「お、お前……これって――」
「そうだ。魔物だ」
そう、発言通り“モンスター”だった。
一応まだ子供なのか、体こそ小さかったが、
「キュ……クゥゥゥン?」
「おうおう、安心するがよい。大丈夫だ。この小僧は余の味方だ。お前に決して危害を加えぬ」
種族としては獣系に該当。
中でも骨格としては狼型をしたモンスターで、パッと見の大きな特徴としては、まだ子供ながらモンスター名を特定するには充分すぎるほどのその“輝く体毛”を生やしたそれを、彼女は抱いて戻ってきたのであった…………ただし。
「……………………」
「小僧、小僧?」
「…………えっ? ああ、なんだ?」
「なんだ、コイツをじっと見つめたかと思えば固まりおって……まあ良い。とにかくコイツを一旦家へ連れ帰り、治療しても良いだろう? なあに大人しい奴だ。恐らく迷惑はかけぬはずだ」
「……あ、ああ。分かった。ただしあんまり懐かれないようにしろよ? 分かったな?」
「う、うんん? 言っている意味がよく分からぬが……まあ頭には留めておくとしよう」
ただし、フィオナの言った通りその両足にはまるで“何かに噛みつかれた”ような酷く痛々しい生傷を負っていたが――
ここまで読んでくださりありがとうございます。
もし良ければブクマ・評価等していただけると幸いです(´▽`*)




