13話 挑む者達 ①
町のケーキ店で間食を済ませた賢者グリフと召喚者フィオナ。彼らはその後すぐに目的地である超難関ダンジョン《望みの魔宮》へと向かう手筈を整えた。
「悪いなじいさん。わがまま言って馬車に乗せてもらって、他の運搬もあるだろうに」
「ほっほっほ、別にいいんじゃよ。あんまり気にしなさんな。自分の家に戻る予定じゃったからのう。その寄り道だと思ってくれれば良い。それに君からは充分な料金も預かっておる事じゃし、狭いが待ってておくれ」
しかし馬車や気球など移動手段の持ち合わせがない二人にとって、自分達がいるメザーネの町から魔宮まで15マイル程の距離が空いており、徒歩で向かうだけでも相当な体力と時間を浪費してしまう。
そこでグリフは行商で町を訪れていた老人と交渉し、結果的に馬二頭を先頭に携えた馬車に相乗りしていた。
「にしても……本当に君達は命知らずじゃのう。まさかあの望みの魔宮へ挑もうなんて。近くの村に住んどるワシが言うのもなんじゃが、あそこは止めといた方が良いと思うがのう……」
そうやって移動手段を確保したグリフ達は荷物の隙間に腰を下ろし、目的地への到着を待つ中。
老人はふと長く伸ばした髭に手を当て、グリフ達が頼んできた目的地について思う所があったのか幾つか口にした。
「いや、なんと言うか……なにせ毎日毎日死人だの行方不明者だの、強豪ギルドが壊滅しただの物騒な話を耳にするもんでな? だからあんまり死に急ぐような事はしない方が賢明だと思うんじゃ。それに君達はまだ若いんじゃし……」
前方に目を配りながら。どこの誰とも知らない見ず知らずのグリフとフィオナの身を案じるように重い表情で忠告を促していった。
近隣に住んでいるのか嫌でも流れ込んで来る被害の状況や、瀕死の重傷や痛々しい生傷を残して帰ってくる冒険者達の姿を目撃してきたのか、
「……確かに若いうちは何事も挑戦とは言うが、度が過ぎると火傷では済まん事もある。あの魔宮はまさにその典型じゃよ。挑んできた者の多くを喰らって離さない。実に危ない場所なんじゃ」
今でも引き返したり考え直すという選択肢は無いかという念を押す意味も兼ねて、自ら目撃して感じ取ってきた情報を織り交ぜながら口にしていった。
「……じいさん、有難い忠告は感謝するぜ。でも俺達にも俺達の覚悟があって挑戦しようって決めたんだ。だから悪いけどそれは聞けない話だ」
「ふむ。ご老体の言い分は最もだ。だが時には危険を冒さねば得られぬ経験だってあるものだ。特に《欲》と言うのは人間が成長し、生きていくうえで必要不可欠な要素だからな」
「……………………」
けれども当人のグリフとフィオナも同様に、これまでに挑んでは儚く散っていった多くの冒険者と同じく、今さら誰かに何かを言われた所で魔宮へ進む足を止めるワケにもいかない。
元より最深部を攻略した者のどんな願いでも叶えてくれるという大きな魅力を前にし、なおかつ至る所で流れている望みの魔宮の危険性を理解して挑もうとしているのだから。
「それに……もし俺達がくたばって帰ってくるような事があっても、それはじいさんが気にする事じゃない。俺らは覚悟を決めたうえで勝手にバカやって勝手に死んじまっただけなんだから」
だからこそグリフは自分たちの身を案じてくれた老人が語る冒険者の辿った末路について、老人自身が悔んだりするのはお門違いであり時間と精神の無駄遣いだと伝え聞かせた。
「ほっほっほ……まさかこの歳になってもまだ学ぶ事があろうとは不思議じゃな。よし、分かった。ではこの老いぼれからお節介な事をもう言わん。じゃが、武運だけは祈らせてもらうぞ?」
「ああ。それでいいぜ、じいさん」
「うむ。ご老体の祈りが我々に届く事を願おう」
すると老人は二人の決して揺るがない強固な意思に思わず尊敬の念を抱くと、もうグリフ達の行動を妨げたりする発言を慎もうと働きかけ、
「じゃが……面白い話じゃのう。どこから漁ったのか知らぬが、難攻不落の最深部を踏破した者の願いを叶えるとは。冒険者じゃなくとも誰でも一度は夢見る豪華な特典じゃ。きっと現役時代のワシだったら食い付いていたかもしれんのう」
「へぇ、じいさんも昔は冒険者だったのか?」
「ああ、そうじゃよ。自分で言うのもアレじゃがそれなりに名を挙げた冒険者じゃった。だが歳を重ねる毎にダンジョンに行くのが厳しくなってのう。引退して今はこうして商人をやっておる――」
自分が冒険者だった過去もあってか、老人はグリフ達の姿に重ね、同調しながら【望みの魔宮】の詳細についての話題へと切り替えていった。
「……まあ、ワシのつまらない経緯はここまでにするとして。それよりも今ワシが気になっておるのは、冒険者である君達なら既に知っている事じゃと思うが……今日はあの有名ギルドがその魔宮に挑むって話題じゃな」
「「あの有名ギルド?」」
グリフとフィオナは老人が過去話を切り上げ、持ちだした話題に首を傾げながら尋ね返した。
「おや、新聞を目にしとらんのか? なんでも今日はあの世界最強のギルドと名高い『蒼穹の聖刻団』が《望みの魔宮》に挑んだという話じゃよ」
「なに!?」
瞬間。グリフは老人の話に耳をそばだてた。
聞き覚えがあるなどと言う生ぬるい次元では決してなく、非常によく知っているギルドの面々が挑戦していったという情報について、
「『蒼穹の聖刻団』がだって?」
「そうじゃ。今ではすっかり冒険者界隈で大きな波乱を呼んでおる。中には攻略できるかどうかの賭けに転じる連中もおる程じゃ。だからもしかしたら君達が着くまでに攻略しておるかも――」
「ふむ。その名には聞き覚えが……確か貴様が以前に余に話していた戦力外通告で追放されるまで所属していたギルドの名ではなかったか?」
まさになんと言う偶然だったのか。
ほぼ同時とも呼べるタイミングでダンジョンへと潜っていった一行の動きにグリフは堪らず、
「……じいさん。運搬ついでで悪いんだけど、その話詳しく教えてくれないか?」
「えっ? ああ……別に構わんが――」
こちらは挑戦前という非常にタイムリーな時もあってか、グリフは移動中の時間を利用し老人から自分を追放したギルドメンバーの足取りを掴むのだった――




