2話 脅かすもの
【グリンモースの森 深部】
3人組の男達だった。
「お、おい……」
湖で休憩を挟んでいたグリフ達とほぼ時をおなじくして、彼らは別の場所。周囲の木々が少ない開けた場所で黙々と作業をしていたのだが、
「おい……本当にここにいんのかよ?」
3人のうち、最も小柄でその丸っこい頭には縞模様のバンダナを巻いている男性は、自分達がさっきから黙々と行っているこの作業、もとい“標的”について仲間へ尋ねる。
「おいってば。なあ、リーダー聞いてる?」
「うがあああああ! うるせぇな! さっきからお前そればっかりじゃねぇか。いるって情報仕入れたから、わざわざ遠路遥々こんなしけた森まで足を運んでんだろうが! 黙って仕掛けろ!」
対して、そんなやたらと疑る仲間の声に大声で返すのはリーダー格の男性。先端が赤みを帯びた大きな鼻に、出っ歯の目立つケチ臭そうな顔付きと、かなり胡散臭そうな出で立ちである彼は、
「これまで俺が持ってきた情報で間違ったものがあったか。無かっただろ? 俺の嗅覚はそこらのマヌケどもとはワケが違うんだよ。ガセネタか本物か、それを俺は正確に見分けられんのさ」
今回メインに使う道具を片手にぶら下げながら自慢げに語っていく。ところが?
「うぅぅぅん? 本当にそうだったカ?」
「あぁん? なんだと?」
「確かに……情報こそ合っているんだけども、それでも捕まえらんないことが多いんダナ、実際のところ。現にこの前だって依頼主から依頼された珍味モンスター【ロック・クラブ】を、リーダーが考えなしに動いたせいでぜぇんぶ逃げられたとこだし……オラ的には、嗅覚よりもちゃんと計画を立ててほしいんダド」
最後、残った3人目。
背中に丸太をそのまま加工したような大きい棍棒を携え、ズボンに収まりきらないそのでっぷりとした腹が目に留まる巨漢の人物。その見てくれからか仲間からは“ジャンボ”と呼ばれており、
「う……うるせぇぞ、ジャンボ! いちいちそんな過去の失敗なんか蒸し返すんじゃねぇ! あれは……あれだ、連中の生存本能というか……危険に対する嗅覚の方が強かったってだけだ!」
「ぷぷ、リーダーの嗅覚負けてるでねぇカ」
「うくっ……ちっ! 要するに今度は失敗しなけりゃいいんだろ!? 大丈夫だ。今度は“専用の道具”を仕掛けるだけの簡単なお仕事だからな。いつもみたいに追いかけ回す必要はねぇ」
「あははは……ジャンボ、今の聞いたか?」
「うん、聞いたド。リーダーの悪い癖だ。この調子だと、またオラ達がフォローしないといけないんだな……はあああ、溜め息が出るんダド」
「う……うぎぎぎ……お、お前らなぁ」
バンダナ男はともかくとして、彼に関しては遠慮というものを知らないのか、情け容赦なくリーダーの男へトゲのある物言いで詰めていく。
「くそ、分かったよ! 気を引き締めればいいんだろ!? そうだな、お前らが気にしている通り今回の標的は激レアなモンスターだからな」
と、そんな小、中、大と見事にサイズが分かれた3人組。そんな彼らの正体はというと――
「よし、リーダー。終わったよ。持ってきた罠は今ここに仕掛けたので最後だった」
「うしうし、オラも終わったド。ただ……こんな安っぽそうな罠で本当に“あいつら”が捕まるのか今だに半信半疑ではあるんだけどネ……」
「そうキツイこと言うなよ、ジャンボ。これでも用意出来る範囲で最高の物を揃えたんだからさ。とにかく後は待つだけだ。いつも通りこっそり生け捕りにして、依頼人に高値で売っ払う。その大金で俺達は旨い飯を食えるんだからな」
密猟者だった。
「なんたって、今回の標的はあの幻と呼ばれた狼モンスター【クラウン・ウルフ】だ。どんなのでも良い。生け捕りで1匹渡すだけで5,000,000Gの報酬だからな。挑戦しない手は無いぜ」
「それに、運が良いことに依頼主自身も半分諦めている様子で依頼してきたもんネ。だから別に捕獲に失敗してもオラ達の評判には響かない」
「で、しかも食費や移動費は全額負担と好待遇だしな。あの依頼人の貴族は顔も広そうだし、ここらでいっちょオレ達の名前を轟かせようぜ!」
密猟。
法を破り、こっそりと猟をすること。
主に正規ルート、いわゆる市場に出回らない珍しい生物やモンスターを欲する依頼人が高額の報酬と引き換えに依頼を出し、それを彼らのような裏ルートの業者が請け負うことで行われる。
「でも……やっぱりちょっと不安だな」
「不安? 捕まるかどうかって事か?」
市場に出回らないというその性質上、当然その対象のほとんどが狩猟を禁じられている絶滅危惧種であり、もしも現場を抑えられたら逮捕は免れず。それは世界中を旅する冒険者でも、ギルド創設時の規則として厳しく設けられるほど。
「いや、まあ……それもあるんだけど。どちらかというと罠のほうかな」
「「罠?」」
だが……皮肉なことに、裏を返せばより厳格に定められている生物やモンスターほど数が少ないという事になり、必然的に依頼料も跳ね上がるため、一獲千金を狙う密猟者が後を絶たない。
「その、痺れ針と毒針のセット。落とし穴。この二つは良いと思うんだけど……さっき仕掛けてたトラバサミが気になってさ。主に威力面で」
さらに標的によっては密猟者のみでなく、時には世間でも名の知れた強豪ギルドにも裏ルート経由で声がかかるパターンもあり、彼らと同様に高額報酬か、人脈作りに一役買うという甘言につられて引き受けてしまい捕まる事例も少なくない。
「ふんふん、あの水色をした【マジックバサミ】だな? それで? あれがどうかしたのか?」
と、本来であればあってはならない仕事。
少ないながらも、精一杯に後世へ種を残そうとする彼らを捕まえ、業者、依頼人ともに欲望を満たすために利用し絶滅させるなどもってのほか。到底許される行為ではない…………のだが、
「いや、あれって結構デカかったじゃん? だからもし子供のクラウン・ウルフがいたとして、そいつが引っかかったら、全身を挟まれて即死するんじゃないかと思って。経験則的にあの大きさだと大人サイズでも無事で済まないだろうしさ」
「ああ。なんだ、そんなことか」
金は道端に落ちていない。
だが、金を稼がなくては生きていけない。
よって密猟者の中には、複雑な事情で社会から疎外され行き詰った果てにそれを生業に生計を立てざるを得なくなった者、また思わず同情しそうなよんどころのない境遇を背負った者も含まれている場合もあり、常に強い罪悪感に駆られつつも加担している者も少なからず存在している。
「それなら問題ねぇ。あれは罠にかかった対象の体格や重さに応じて、自動で大きさや威力が変化するって便利な代物って話だ。あの依頼人の貴族が自慢気に語ってたから、よく覚えてる」
「おお、そういえば、そんなこと話してたな。あと……確かコイツを外す時には決まった呪文を唱えないと開かないとも言ってたよな?」
「ああ、言ってた言ってた。おかげさんで人力じゃあ絶対外せねぇが、裏を返せば獲物側も一回捕まれば易々と外せねぇってことだ」
「便利過ぎて、一個欲しいくらいダド」
しかし、
「はははは、残念だがそりゃ無理だ。なにしろ魔法鉄とかいう特殊な金属で出来た貴重な道具らしくてな。終わったら一つ残らず返せってよ」
「絶対に外せない罠か……ゾッとするぜ」
彼らの場合、そんな同情を誘うような余地は微塵も無かった。して、その理由は――
「まあ、それでもコイツに噛まれちゃあ足は無事で済まないだろうな。下手すりゃあ、千切れる寸前まで深々と骨にまで歯が刺さり込んじまう」
「なるほど、それならまったく問題ねぇな。生きてさえいりゃあ別に苦しんでようが、血塗れだろうがオレ達の知った事じゃねぇからな」
「んだんだ、あくまで生け捕り。獲物の状態はオラ達には関係ないし。最悪は千切れた時は止血と、千切れた足は凍らせるでもして渡せば良いんだド。依頼人もそこは予め了承していた」
彼らは好き好んでやっていたから。
性格、外見。体格こそそれぞれ大きく違えども、彼らには唯一の共通点があった。さっきまでのような口喧嘩を時々挟みながらも、こうして行動を共にしている理由はたった一つ。それは、
「まあ、万が一それでも襲いかかってきたらハサミの威力をあげて苦しめれば良い。締めろ! ってハサミに命令すりゃあ、よりキツく締まる」
「へぇ、そりゃあ面白そうな仕掛けだな!」
「うんうん、是非とも試してみたいんだナ」
捕えた獲物を虐めるのが大好きだったから。
生け捕りという条件の元、多少いたぶっても死ななければ問題ないという身勝手な理由から、傷が残らない範囲でいじめたり、極めつけは捕獲時に激しく抵抗されたからとでっちあげ、依頼人に渡すまでの間、なんとなく切り傷を負わせたり、
「さあて、早いけどそろそろ戻って一度休むか。罠のそばにいても獲物は寄ってこねぇし」
さらに罠で捕まえた場合は、無抵抗の動けない動物が懸命に吠えて抗おうとするサマを嗤って見下ろす。もしくは逆に絶対に逃げられないと精神をへし折られ、憔悴していく獲物の姿をまじまじと観察するのが大好きという、下卑た欲求をただ満たすために一丸となって行動していたのだ。
――そうして……今日もまた。
「だな。とにかく忍んで待とう。そんで夜と明日の朝の二回に分けて確認しようぜ」
「ぷっぷっぷ、“収穫”が待ち遠しいんダド」
彼らは餌に釣られた馬鹿な獲物達が罠にかかっている事を心待ちにして、森の中に構えた拠点へと戻っていくのだった…………。
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