15話 伝説の鉱物を求めて③
【ヘパイストスの鍛冶屋 鍛冶工房】
――なんとも手厚い歓迎だった。
「ぼぉぉぉぉずぅぅぅぅぅぅ!!!」
「えっ? なに? うぐぎゃっ!?」
竜魔の巣窟から無事ここヘパイストスの鍛冶屋に帰還したグリフとヴェルン達。そして彼らが戻ってくるなり早々、一人で留守番していたカンナ・ヘパイストスが出迎えた…………のだが、
「お、親父!? なにを!?」
「「「お、おやっさん!?」」」
「「ぐ、グリフゥゥゥゥ!」」
その出迎え方はいささか度を超えていた……とでも言うべきか、というより異常というべきか。
「言えい坊主! あれは……あの素材は坊主が持ちこんだもんだろうが! さあ白状せい! あれを……あの物体をどこで手に入れた!?」
「へっ? はっ? ほにゃっ?」
「ええい、ほにゃほにゃ言うな! さあ言え! お前にはワシに説明する義務があるぅっ!」
「ぎゃああああああああぁぁぁっっっ!!」
いったい何があったのか。
一行が工房へ入った瞬間、カンナはゾッとするような恐ろしい形相でグリフに瞬く間に掴みかかっただけでなく、そのままブンブンと首が取れそうな凄まじい勢いで、肩ごと彼の体を荒々しく揺らしながらいきなり詰問を始めただけでなく、
「お、おいおい親父! 留守番中にいったい何があったか知らないけど、グリフを離せって!」
「ヴェルンの言う通りだ! 離してやれよ!」
「そんなに目ぇ血走らせてどうしたんだ!?」
「ええい、お前達は黙っていろ! 自分で言うのもなんだが、今のワシは興奮のあまりにイっちまっておるんだ! さあ正直に答えろぉぉっっ!」
知人、さらには愛息であるヴェルンの言葉すら一切耳を貸さず。とにかく飢えた獣の如く、今にも噛みつきそうな勢いでグリフに迫るカンナの行動に周囲が唖然としつつも、
「ほ……ほへぇ、にゃ、にゃんの事――」
「にゃんもへったくれもない! あれの事だ! 坊主だろ、あれを持ってきたのは!?」
「ひゃ……ひゃれ?」
カンナのその年老いた姿からは想像も出来ないような怪力で振り回されたためか、グリフは目を回しながら彼の指さした方向へ視線を向ける。
すると、その先にあったのは――
「うぶるる……あ、あれってまさか――」
「そうだ! あの鶏の卵みたいな形をした石だ! いったいあれをどこで手に入れて来た!? しかもあれほどの大きさのものを……どこで手に入れたというんだあああああああああっっ!?」
「うびゃあああああああ!? お、おおおお落ち着けっておやっさん! 頼むからその脅迫まがいの形相で体揺らすのを止めてくれ! ま、ままま、マガ・シュタールだよ! アイツの腹の中から出てきたんだ! 本当だ! これ真実ぅっ!」
「なにっ!? マガ・シュタールゥ!?」
「そう! マガ・シュタール! あの黒鉄龍の! 鱗が硬すぎて大砲すら通らないあの滅茶苦茶強い黒いドラゴンの腹から出てきたの! そこの魔女帝様が狩ったやつをギルド協会の連中が解体してたら出てきたんだ! 嘘じゃないからああ!」
「………………………………」
「お……親父?」
「「おお、おやっさん?」」
「ふむ。どうやら治まったようだな」
「…………………………」
とても嘘をついているようには見えない。
そうカンナは、驚きと恐怖のあまり半べそをかきながら死に物狂いに答えたグリフを見て、
「すうううぅぅぅぅぅぅ…………ふしゅううぅぅぅぅぅ…………そうか……奴の腹ん中から」
我を忘れるほどの興奮で暴走していた頭を一気に冷やすべく、彼は蒸気のような馬鹿でかい深呼吸を挟むと、グリフの肩から手を離し解放した。
「ふ、ふひぃぃ……た、たた助かった。マジでビックリしたよ。一瞬あのまま殺されるんじゃないかってチビりそうになったぜ…………」
「あ……ああ、すまねぇ。悪いことをしたな坊主。なにしろ“これほどの素材”を見たのは数十年ぶりだったもんでな。ついぶっとんじまった」
「親父、とりあえず座ろう。話はそれからだ」
「お、おう、面目ねぇ。お前さん達も適当に座ってくれ。ダンジョンから帰ってきて疲れてんだろうにな……迷惑かけちまってすまなかった」
さっきまでの異常にギラついていた表情はいったいどこへやら。まるで別人のように冷静さを取り戻したカンナ。そこで、そんな彼に対して、
「さすがに……話してくれるんだよな?」
グリフはさっそく本題に。
彼が肩をガッツリ掴まれていた際に視線を向け、なおかつカンナ当人が狂乱した原因について。
持ちこんだグリフ達ですら正体を一切掴めず、彼の鑑定スキルを駆使しても【????】としか表されなかったその謎多き素材、
「勿論だ。むしろ、そうしなけりゃあこの場の誰も納得せんだろう。ワシも含めてな」
「だ、だよな……っていうか――」
硬度は石に近い。パッと見の形状としては鶏卵に似た楕円状を為し、その内側には常に神々しい黄色の光を籠らせているこの物体について、
「さあて、いったいどこから話したものか」
「っていうか……カンナのおやっさん、知っているんですか? あの謎めいた素材について」
「知っているとも。いよぉぉぉぉく知っとる」
息を落ち着かせ、明かしていった。
「そうだな、まず名前からだな。そいつは“竜幻玉”という宝石の一種だ。と言っても、実際のところ宝石というよりかは鉱石とかに近いがな」
「「「りゅ、りゅうげん……ぎょく?」」」
これまで多くの素材を見ては加工してきたヴェルンでも知らなかったのか。彼を含めて一同はカンナの解説に対して、一斉に首を傾げる。
「そうだ。別名【ドラゴニック・ミラージュ】とも呼ばれていて、鉱石や金属を大量に喰らった魔竜の胃の中で、ごくまれにドラゴンの持つ絶大な魔力と消化されずに蓄えられた鉱石の欠片などが融合し、長い年月をかけ生成される宝石なんだが……まあ、結論から言うなら超に超が付くほどの超超レアアイテムだ。過去にたった一度だけ現物を見た事があるが……まあ、ともかく」
聞き慣れない単語と特殊すぎる発生方法に首を傾げる全員を尻目に、カンナはその竜幻玉に目を向けつつ一拍を置いてさらに続けていく。
「とにかく、とんでもない掘り出し物だな。なにしろ市場では絶対に出回らない代物でな。聞くところではレア過ぎるせいか、最早まともに値段が付けられないらしく、一説では売買の際は金ではなく、同等クラスの素材での交換になると言われている程だ。それこそ伝説級の素材をだ」
「そ、そんなスゴイ素材だったのか……」
「いや、正直スゴイなんてもんじゃねぇ。ハッキリ言って夢でも見ているような感触とまで言える。生きている間にもう一度この目で竜幻玉を拝めるなんてな。長生きはするもんだ」
「うーむ……実に面白い巡り合わせだな。最高の武器を求める小僧の元に、最高の素材が来るとはな。人生というのはどうなるか分からんな」
「はは……一生分の運を使いきった気がするぜ」
さっきの帰還直後の出来事といい、あまりの急展開に付いて行けないグリフ。けれども、カンナの話を聞いて一つだけ分かった事はというと、
「じゃあアレを使えば、おやっさんは……ヴェルンは俺の専用装備を作れるってワケですか?」
「グ、グリフ……」
「おお、まさにその通りだ!」
目的のヒヒイロカネ獲得には至らなかったが、偶然にもその代わりとなる伝説級の素材が、今こうして自分達の手に存在しているため、
「そうと分かれば話が早い。ならば坊主、最後はお前さん達の許可を貰うだけだ。さあ坊主、後生の頼みだ! どうかコイツをワシらに譲ってくれんか!? もし譲ってくれるというなら世界最高峰の杖剣を保証しよう! 我らが主神の名に懸けて!」
「お、俺からも頼む! 恐らく……これが親父の最後の仕事になるだろう。だったら俺はそのタイミングで絶対に受け継がなくちゃならない。親父の意志を、その技術を! だから頼む! あの竜幻玉って素材を俺達に譲ってくれ!」
「そ、そこまで頭を下げなくても……」
「「頼む!」」
最初の難題だった素材問題は無事解決。
といっても所有者のグリフが、頭を下げる彼ら親子に譲渡するかどうかは答えていなかったが…………その答えはとっくに決まっており――
「ヴェルン、依頼の時に言っただろ。俺達が手伝える事があれば遠慮なく言ってくれって」
「じゃ、じゃあ――」
「使ってくれ。そんで作ってくれ。自信を取り戻したお前の手で、俺の専用装備をな!」
「あ、ああ!」
二つ返事で了承した。
超レア素材だろうがなんだろうが関係ない。
だって、俺達がこの鍛冶都市ブラックスミスに来た目的は元から決まっているんだから。
「よし! よしよしよしよぉし! 親父! お待ちかねの最高の素材だぜ! まさか今さら引退が怖いなんて寝言言うんじゃないだろうな!?」
「ワッハッハッ! 何を寝ぼけたこと抜かしおるか! 引退上等! むしろ久し振りだ。これほどまでワシの心臓を振るい起こすのには充分過ぎるほどの素材はな! むしろこの素材を前にして鍛冶が出来ねぇぐれぇなら職人の恥! 今すぐに両腕を切り落として死んじまった方がマシってもんだ! ウワッハッハッハッハ!!」
「……なんだか一気に賑やかになりましたね」
「誰よりも、おやっさんが輝いて見えるぜ」
「まあ良いじゃん。予定通りに事が運んで」
「さあ、これから忙しくなるぞ! 悪いが坊主たちはしばらくの間、観光でもして完成を待っててくれねぇか。そうだな、そこのラッジ坊主に宿をいくつか紹介してもらえ。気に入った場所があれば、後日迎えに行かせよう。坊主頼めるか?」
「ええ。任せてください、おやっさん。顔なじみのいる評判の良い宿を紹介しましょう!」
「――ってなワケだ。どうだグリフの坊主?」
「分かりました。ちょうど良いタイミングでこの都市内を観光したがっている奴がいるんで、その時を心待ちにしています」
信頼できるヴェルンに、自分の専用武器を作ってもらう。ただそれだけの為にここへ来たのだからと。
「よし! じゃあ早速取りかかるぞ! 多分ほとんど毎日徹夜になるだろうが……そんなのお構いなしで付いてこれるな!? 我が息子よ!」
「ああ! 絶対に盗んでやるぜ!」
ヘパイストス親子に素材を託すのだった。
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