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13話 有識者



【ヘパイストスの鍛冶屋 鍛冶工房】



「はあああ……ったく」



 カンナ・ヘパイストスは思わず溜息をついた。



「作りたいだけ作るのは結構だが、後片付けもちゃんとせんとな。って……女房に任せっきりだったワシが偉そうに言う資格は無いんだが」



 実在するのかしないのか定かでは無いが、息子とその仲間達が伝説の鉱物ヒヒイロカネを探しへ向かった間、彼は一人で工房を掃除していく。



「ケッホ……ケッホ……あ~あ、このまえ半日かけて掃除したところだってのに、ススがそこかしこに溜まってまくってやがる。しかもせっかく叩いた武器もそのままときた。参ったな……こんなんじゃワシにもしもの事がありゃあ、あっという間にスス屋敷になっちまうぞ」



 轟々と燃えさかっていた炉もすっかり冷え、静けさと涼しさを取り戻した中、カンナは愚痴をこぼしながら(はた)きを次々にかけていく。



「集中するのも良いが、そのケツを拭くのも一流の仕事……ってこれもワシが言えた義理じゃねぇが。そう考えると女房は良くワシを支えてくれたもんだな。文句ひとつ言わずに炊事・洗濯・会計と黙々とこなしてくれた。感謝しかねぇ」



 ふと、亡くなった妻の姿と自分を重ねたのか。

 柄入りのバンダナに灰を吸い込まない為の三角巾のマスク、汚れても良いようなエプロン姿のカンナは、愛妻が自分の代わりに掃除していた記憶を蘇らせつつ、さらに独り言を続けていき、



「本当に良く出来た女房だった。気立ても良くて、都市一番のべっぴんで、おまけに何でも器用にこなしていた。鍛冶くらいしか取り柄のねぇワシには勿体ねぇ女だった。選ぼうと思えば、もっと良い男ならごまんといただろうに……それなのに、アイツは他の男には見向きもせずワシの元を何回も訪れて、気が付けば同棲するようにまでなった。まったく……夫婦(めおと)の巡り合わせってのは分かんねぇもんだ。なあ、そうだよな?」



 どんな時でも肌身離さず持っているのか。

 途中、カンナは叩きを置くとエプロンの内ポケットから写真入りのロケット。自分と妻と生まれたばかりのヴェルンの映った写真を眺め、



「……もしお前がまだ生きていてくれたらな。ヴェルンの立派に育った姿を見れただろうに。仲間作って一団の長になって、今じゃあ自分の足で素材集めに出かけるまでになった。お前の後ろを付いてまわるだけだったあの頃とは大違いだ」



 持ちこんだ椅子に腰かけながら、息子の成長にフッと一人口元を緩ませる。



「まあ、親としてもう少し贅沢を言うなら、そろそろ嫁さん探しをして欲しいところだが……それは今のスランプを解消してからだな」



 そんな、ひっそりとカンナは父親として息子の将来を案じる小言を溢しながら、再びロケットをエプロンにしまうと視線の先を変えた。



「んで、そのためには……()()()()()()()()()()()()()()手っ取り早いんだがな?」



 鍛冶台の上で静かに佇んでいる気難しい一族専用の道具、ヘパイストスハンマーを見ると、



「思い返せば、ワシもお前には散々苦汁を舐めさせられたな。いったいどれだけかかったか。先代からお前を引き継いで、認められるのに何年かかったことやら。もう昔すぎて覚えちゃいねぇ」



 まるで生き物かの如く。

 たとえ稀代の天才が握ろうとも、それが自分の認めた者でなければ決して言う事を聞かず。時によっては耐久性の低下や属性消滅など、望んでもいない酷い仕上がりに変えてしまうという厄介極まりない性質を持ったヘパイストスハンマー。




「でも、苦しんでいた時の事だけはよーく覚えてる。先代の真似して朝から晩まで気が狂ったようにお前を振るっては納得のいく武具が出来なくて、何度も何度も投げ出しそうになってたな」



 そんな、ヘパイストスの一族であっても人を選り好みするという一風変わった鎚。見た目こそ金と宝石で豪華に彩られてはいるが、その内面は扱う者からすればひねくれ者以外の何物でもない。




「…………だが」




 …………だが?




「そんな我武者羅にお前を振るう中で、ワシは気が付いたんだ。ワシら鍛冶職人の本当の役割……お前を振るう為に必要な事をな。それからだったな。お前がワシの言う事を素直に聞いてくれるようになったのは」




 逆にその選り好みについて裏返すなら――




「それからはもうお前を振るって仕事するのが楽しくて楽しくて仕方が無かった。まあ、そのせいで体調を何度も崩して、女房からいいかげん休んだ方が良いって怒られちまったりもしたがな」




 己が認めた者。自分を振るう資格ある者には必ず従うということ。鎚内に秘められた力を自由自在に振えるということに他ならず、癖が強いぶんその見返りも大きく、他の追随を許さないトンデモない武具や道具を作りあげる事も可能となる。




「だからヴェルンにもお前を振るう楽しさを理解して欲しいんだがな……あの頃のワシみたいに。自分は一族の名を背負うに相応しい資格を得たんだという自信に満ちていたあの時みたいに」




 よって……一度認められさえすれば、一気に職人の頂へ上り詰める事も夢ではないのだが、




「はあぁ…………って、いけねぇいけねぇ。ったく、どうも歳食うと昔の事ばっかり思い出しちまう。こんな過去ばっか振り返えるようになっちまったら人間おしまいだな。今をきちんと見据えねぇと、置いてけぼりにされちまうってのに」




 が……それはそれとして。




「さあ! 再開だ再開! 何はともあれ今は息子が危険を承知で伝説の鉱物ヒヒイロカネを探しに行ってんだ。帰ってきたらすぐに武器を打てるようにしといてやらねぇとな!」




 回想も相まってついつい休憩し過ぎたのか。カンナは慌てて叩きを片手に、目的である掃除に取りかからんとその重くなった腰をあげ、



「さあて、あの作業台周りを掃除すれば終わりだ。あとは茶でも飲んで、帰りをのんびり待とう」



 そうこう言っている間に大詰めだと、部屋の隅っこに置かれていた作業台の元へと近づいた。




「うんん? なんだこりゃ?」




 すると。そんな矢先――




「ウチでは見ない柄の布だな。だが、妙だな。普段この工房に立ち入るのはワシらか相当信頼できる客人だけなんだが…………ってことは、まさかグリフの坊主たちが持って来たのか?」



 今の今まで気が付かない位置にあったのか。

 彼は作業台の影に隠れるようにして置いてあった“それ”に目が行った。推測通りグリフ達の持ってきた、その大人一人がようやく抱えられるようなサイズをした布に包まれた物体に、



「うーむ……どうやら素材のようだな。心なしか()()()()()()()を感じる。それもあまり感じた事のねぇような珍しい気配だ」



 対して何十年もの間、素材を見極めては叩き上げてきた職人の勘ならではとでも言うべきか。


 カンナはわざわざ手に触れたり、鑑定をせずとも布越しに見るだけで素材だと認識し、なおかつ秘められた“何かの力”を感じ取っていく。



「うーーん…………ダメだ、気になって仕方ねぇ。そこいらの適当な素材じゃあ反応もしねぇが、コイツに至ってはやたらと惹きつけられちまう。だが坊主たちの許可も無く、中を検めるわけにもいかねぇしな……まったく、どうしたもんか」



 掃除という当初の計画は再びどこへやら。


 理性と好奇心の狭間で迷子中のカンナは、いつの間にか持っていた叩きをテーブルの上に置くと、布に包まれた素材とにらめっこを始めていく。


 布を解き、その中身を見てみたいという湧き上がる葛藤を必死に堪えながら、只々凝視してどうにか布越しに素材の正体を暴こうとした。





「…………ちょいと失礼」





 しかし、好奇心が勝ってしまったのか。


 結局カンナはいけないと分かりつつも出来心で包んでいた布を瞬く間に解いていくと、その下に隠されていた素材の姿を露わにした。


 持ってきたグリフ達ですら正体が全く掴めない謎に満ち満ちた素材を…………すると!?





「おいおい……おいおいおいおいっ!?」





 好奇心は驚きへ。

 素材を目の当たりにした途端、カンナの表情が一変した。柄にもなく大声をあげると、夢じゃないかと疑うように何度も目を擦っては凝視する。



「まま、まさか……うそ……だろ?」




 その鶏卵状をした光輝く素材を。

 まるで天地がひっくり返るような出来事でも見たかのように開いた口が塞がらず、驚きを隠せないままカンナは現実を受け止められずにいた。




 ……けれども。




「だ、だって……こいつぁ――」



 その反応は至極真っ当なものだった。

 なにせ、()()()()()()()は――



ここまで読んでくださりありがとうございます。

もし良ければブクマ・評価等していただけると幸いです(´▽`*)

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