12話 覚悟 ➁
――叶えたい【望み】を聞かせよ。
そうフィオナは注文していたケーキを切り分けながらグリフへ尋ねた。
「余は確かに貴様に従う立場だが、最初に言った通り物事の選択権はある。よってもし貴様の抱く願いとやらがあまりに下卑たものであれば、余は自分の首を掻ききってでも断ろう。だから聞かせよ。貴様の望みを――」
「……そ、それは――」
己の力に絶対の自信と誇りを持つフィオナ。
だからか彼女は自分を召喚した主へ対して、例えるなら忠臣が王の生き様に魅せられるような。共に歩みたいと思える大きな野望があるのかと厳しく問うように差し向けた。
すると肝心のグリフは、
「そんなの決まってる! 俺が最強の賢者に成り上がって、今まで最弱賢者だの役立たずだの小馬鹿にしてきた連中を見返してやるんだ! だから俺は魔宮に眠る【願いの力】とやらで誰も覚えられないような究極の魔法を手にして役立たずの烙印を叩き返してやるっ!」
「「――――っ!」」
「「――――!?」」
「ほお……」
湧き上がる衝動を抑えられなかったのか。
彼は意欲的にテーブルから立ちあがると、堂々と正面に座るフィオナへ自分の胸中を明かしていった。
それこそ周囲の席に座る客やウェイトレスでさえも、思わずビクリと驚かせるような大声で己が抱く純粋な願い。
存在するかどうかは不明だが全ての魔法を凌ぐという究極魔法を習得し、最強の賢者となって何としても役立たずの汚名を雪ぎ名声を馳せると公言した。
「なるほど。貴様が求めるは名声か――」
「……それを求めちゃ悪いのかよ?」
対して問いかけたフィオナはナイフを手元に置くと、グリフが発した力強い発言を最後までしっかりと聞き届けた………………そして?
「…………そうか。ならば良い」
一拍置いた後。
フィオナは先までのケーキの味にふにゃふにゃと頬を緩ませていた品性の欠片も無かった表情から一変。いつもの凛々しい表情へ切り替えると、
「……笑わないのか?」
「笑う? 一体なにを笑うのだ?」
「いや、その……今の願いで無茶だとかバカじゃないかとか」
言い澱むグリフへと続けていった。
「ふむ……確かに多くの者が今の貴様の願いを耳にすれば、良い笑い種にされるかもしれん。だがそれでも貴様が己が願望を叶えるべく苦難へ挑むならば、余もまた従うのみだ。それに――」
「……それに?」
「逆に問おう。どこに笑える節があった? 自分を追放した連中を見返してやりたい? これから大成を為そうという者が持つ野望としては十二分に相応しいではないか!」
「――ッッ!!!」
「バカで結構! そんな無茶をしなければ到達出来ない境地というものがある!」
どうせ鼻で嗤われるだろう。
一蹴されて終わりだろうと後ろ向きに考えていたグリフの予想とは裏腹に、フィオナは彼の本音を嘲笑したりせず、それどころか答えた本人すらも呆気に取らせ赤面させる程の言動で返していった。
「……分不相応な願いとも思わないのか?」
「ああ、言わぬとも。余は決して貴様の夢を嘲笑ったりはせぬ! むしろ誇れ! なぜならいつの時代であろうとも苦境より成り上がろうと懸命に足掻く者は称えられるものだからだ! だから誇れ! 己が高みへと目指すその願いを!」
決して甘々しい香り漂う菓子店で飛び出すような発言ではなかったが、その壮大にして清濁併せ呑む性格のフィオナは怒涛の勢いでグリフに激励を連ね、
「だが、終局間際で問われるのは口先だけではないぞ。やはり最後は己の願望を突き通す意思の強さ。貴様が本当に世界最強の賢者を志すのであれば、それこそ命も惜しまぬ覚悟が命運を分けるのだ!」
「命を惜しまない覚悟……」
「そうだ。して小僧よ、この影の女帝である余を前にしてあれ程の啖呵を切ったのだ。今さら怖気づいただの、実は冗談でしただのと下らない言い訳で煙に巻こうというわけではあるまい?」
話の区切り。フィオナは切り分け終わっていたケーキの一部を口へと運び、再び重みのあるドシリとした問いをグリフへと投げかけた。
「……………………」
対して、グリフは即座に察する。
今こそ自分の覚悟が真に試されている時だと。
召喚者であるフィオナからすれば自分は口先だけが偉そうな薄っぺらい主人か、それとも本気で目標を目指そうとする主人なのかを査閲しているのだと、
――よって、
「ああ、勿論やってやるさ! どこまでお前のサポートが出来るか分からないが、俺は絶対に望みの魔宮の最深部へとたどり着いて自分の願いを叶える! 誰も覚えられないような魔法を使えるようにしてくれってな!」
グリフは下手に間髪入れたりせず、召喚者フィオナに自分の威厳と執念の強さを見せる為に臆すことなくハッキリと堂々と返答しきる。
野望を語った際と同じく、再度周囲の客の視線を奪ってしまう大声で裏表なく元より決めていた覚悟の旨をしっかりと伝えたのだった。
「うむ。よくぞ言った! それでこそ余の召喚に成功しただけはある! 良かろう、難攻不落のダンジョンを落とす為にも余の力を存分に振るってやろう! 戦闘面は任せるがいい」
「おう! 頼んだぜ。じゃあ俺は俺の出来る範囲でお前をサポートしてやる! 主に深層までの道順や敵の生態についての知識面はこの未来の大賢者グリフ・オズウェルドに任せてくれ!」
……こうして。
今にもダンジョンに殴り込みそうな熱気に満ちた雰囲気を醸しつつ、グリフについては改めて自分の覚悟を口に出し覚悟を決めると、
「よっしゃあ! そう考えるとなんか異常にやる気が出てきたぞ! 俺もお前みたいに甘い物をたくさん補給して頭をフル回転させるか!」
まだ魔宮に潜ってすらいないが。フライング気味にやる気と闘志に満ち満ちていき、自分もフィオナと同じく名店のケーキを食さんと動くのだった。
「よしよし、中々に良い面構えになったではないか! さあ貴様も余と同じく贅沢な甘さに酔いしれるがよい! 今の内に幸せを噛みしめておくのだ」
「はいはい。それじゃあメニューを――」
「待て待て、ここは余に任せるがよい。給仕よ、わるいがこの小僧の景気づけにさっきの【なまくりーむ】たっぷりのショートケーキを10個ほど持って来て――」
「いや、流石にそんなに食わないけど!?」
「ありがとうございます! ではすぐに――」
「アンタも持ってこなくて良いから! せめて俺の注文を聞いてからにしてっ!?」
と思惑とは違ったが、とにかくグリフは腹が減っては戦が出来ないとフィオナの暴食に付き合う形でダンジョン攻略に向けての軽い腹ごなしを済ませるのだった――




