37話 閉幕。そして。
【グランディアーナ王国 王城 玉座の間】
終わった。
「我が娘リーゼロッテ。そしてモリーユよ。2人ともこんな朝早くから呼び立ててすまなかったな。まだ疲れも残っているだろうが、そこは目を瞑ってほしい。だが“こういう事”はわざわざ日を開けるべきでもないと思ってな。どうにか興行も一段落したこの日が適していると判断した」
最強ギルド決定戦。
国を挙げての超特大イベント。
予選に1日。決勝に1日と熱狂する日こそ少なかったものの、準備期間や費用は比較にならず。
まずは警備を筆頭とした大幅な人員の確保。続けて近隣や交友ある国への大々的な宣伝。他にも盛況に便乗せんと殺到する異国の商人による珍しい商品等の販売申請や、期間限定だが押し寄せてくる観光客のために飛空艇や船便の整備や増強。
そして始まったら始まったで更なる警備強化。
大国につきそれこそ城内の兵士ですら人手を割いてまで充てられる始末。かと言って城内も城内で警備を疎かには出来ないため、非番だった者にも招集がかけられたりと、とにかく日増しに人員も金も大きく動き続けた催し物だったが、
「いえ、現女王である母上からの呼び出しとあれば、このリーゼロッテ。たとえ地の果てであろうとも参上致します」
「して……ネルニア女王。私はともかくとして。リーゼロッテ様も呼ばれた理由とは――」
ついにその幕は下ろされた。
そして……肝心となる優勝ギルド。
摩訶不思議な【願いの力】が込められた優勝賞品。その黄金の首飾りを授かった後、名誉ある最強ギルドの称号を得たギルドはというと――
「ふふ、そう気構えるな。なにたった2つだ。長々と世間話をしたところで、途中から我が娘が痺れを切らす様子が目に浮かぶ」
「……だそうですよ。リーゼロッテ様」
「……ったく、母上は容赦ねぇな」
【新生・蒼穹の聖刻団】。
グリフ・オズウェルド率いるギルドが優勝。
そしてその決め手。数えるにはあまりに膨大すぎる観客達の全視線を最後まで奪い続け、かつ興奮を有頂天まで誘ったのは大技のつばぜり合い。
黒き雷光を纏い万物を穿つフィオナの【黒雷の魔死槍】。対するはシリウスとケリーの放った技。神々しい輝きを放ち、打ち砕く拳状の奥義【聖猿光天衝】が衝突。両技ともに轟音と類を見ないまでの激しい火花が散らし続けた果て、
「ええい、もういいや。いちいち慣れない敬語なんて使ってられるか。そんで母上、私達を呼び出したその2つって何なんだ? 悪いけど、今日は活躍した“女性へのインタビュー”とかで立て込んでいるから、短めだと助かるんだけど」
「リ、リーゼロッテ様!」
フィオナの【黒雷の魔死槍】が勝利。
彼女の比類ない魔力が注がれたその一撃は技をも破壊。最終的にはガラス細工でも割るかの如く、シリウス達の融合奥義【聖猿光天衝】を突き破り、粉々に砕いた後、
「構わぬモリーユ。そうだったな、まだお前にはすべき事が残っていたのだったな。うむ……それならば少しフライング気味かもしれぬが――」
ぶつかりあってもなお勢いを全く失わなかった魔槍は無論、そのままシリウス達めがけて突撃。対し魔力を使いきった彼らに防ぐ手立てなど残っているはずもなく、そのまま為す術なく敗北。全滅した【煌々たる銀翼】は敗退となった。
……そうして。
「まあ、ともかく早速1つ目といこう」
それから三日。
閉会から表彰式まで特に荒れる事もなく無事に終わり、参加していたギルドの大半は既に自分達の敗北を惜しみつつも自分達の国、もしくは拠点へ帰還。さらに燃え上がっていた観戦客たちの熱もようやく冷めはじめ、いつものグランディア―ナ王国へと戻り始めていた頃。
「我が娘リーゼロッテよ。此度の最強ギルド決定戦の主催者としての働き。誠に見事であった! まだ至らぬ所もあったが、それでも開会の儀、転送の儀、表彰の儀。いずれも未来のグランディア―ナを担う者として目を見張る者があった。称えよう。お前は次代の女王に相応しい者だ!」
「……………………ほえっ?」
まだ余韻残る者がここに。
寝起きも寝起き。太陽も昇り始めたての朝早くから、突然女王ネルニアより直々に招集の命を下された王女リーゼロッテとその従者モリーユ。
「聞こえなかったか? 私はお前を称賛しているのだ。発した言葉こそ乱雑だったものの、主催者としての責任を持ってその責務を全うし、最後まで成し遂げ興行を見事に成功させた。それも王国をあげてのこの決定戦をだ。実に素晴らしい」
「あっ、はい……ありがとう母上」
きっかけはほんの些細な一言。
お前達に“伝えねばならぬ案件”があると。
そんなあまりに唐突な彼女の言葉だったが、2人にとって現女王である彼女の命令を無視出来るはずもなく。リーゼロッテに関しては眠い目をこすりながらも渋々承諾。
「なあなあ、モリーユ?」
「はい。どうしました?」
「今、玉座座ってるの“誰”ですか?」
「…………はい?」
必要最低限の着替えのみを済ませ拝謁。
いくら血の繋がった親子といえども、地位もネルニアの方が上。それも位を重んじる王族の立場上、一応リーゼロッテは女王相手に無礼があってはならないと承知したうえで彼女との謁見に臨んだのだが…………。
「誰もなにも我らが女王陛下なんですが……あともし付け加えるなら貴方様の母君ですけど?」
「いや違うね! アイツは偽物だ! だって今までのあのクソババ……ゲフンゲフン……あの母上が私をべた褒めした事ってなかったもん! 基本的に怒ってばっかだったもん! 愛なんて感じない氷みたいな冷たい人物だったもん! だからアイツは偽物だね! お前もそう思うだろ!?」
「どう答えたら私は死なずに済みますか?」
リーゼロッテはあまりの違和感。
これまでのネルニアなら自分をここまで絶賛する事など無かったと。私の母上があんな温かい顔をするわけがないと、あまつさえ偽物呼ばわり。
「おいおい……これ大丈夫なのか?」
「せ、戦争とか起きたりしないよな?」
「リーゼロッテ様! いくらなんでも無礼が過ぎますぞ! ここに御座すは正真正銘、貴方様の母君であるネルニア女王陛下ですぞ!?」
斜め上過ぎる言動に狼狽える大臣。
その他にも傍に控えていた兵士達も同じく。朝から場に集まった者達を一気にざわつかせた。
すると肝心の女王ネルニアの反応は――
「はっはっはっは! まあ確かに一理ある。お前の言った通り私は厳しかった。特に悪戯好きなお前に関しては容赦しなかったからな!」
なんと一笑に付すのみ。
恐らくネルニアとしても思う所があったのか。娘が発したこれまでの自身の言動に玉座に座したまま、口を大きく開き笑って済ませると、
「だが誤解するな。今回ばかりは本当に褒めておるのだ。挨拶や振舞いも良かったが、中でも抜きんでて終盤。あのケリーという猿種の獣人の乱入を許可したのはお前だと聞き及んでいるぞ」
「ああ、それか……私は私の権限で乱入が正しいと思って許可したんだ。確かに定められたルールはある。でも時には逸脱した采配や予想外の展開が無いと真面目すぎてつまらない」
「ほお? と言うと?」
「あのままじゃ誰の目から見ても【新生・蒼穹の聖刻団】の勝利は揺るがなかった。それもあの女帝さんがただ蹂躙するのみ。多人数での戦いなら爽快感はあるけど、タイマン張る決勝戦では正直言って白ける。だから許可した。仲間のピンチを救うって胸アツ展開のためにな」
「そうか。ならばなお良い」
「怒らないのか?」
「怒る? はて、何をだ? お前は主催者としてこの決定戦を少しでも盛り上げんと考え行動したのであろう。ならばそれを咎める理由がどこにある? むしろこうして褒め称えるべきだ。よくぞ盛り上げてくれたな。我が娘リーゼロッテよ」
「そ……そっか。ま、まあ一番偉い母上がそういうなら私は別に良いんだけどさ……えへへ」
「まあ、リーゼロッテ様ったら……」
「ネルニア陛下。流石は我らが女王です」
「リーゼロッテ様も立派になられて……」
「なんだかとても温かい気持ちになりますな」
続けて彼女はリーゼロッテを評価。
さらに周囲に控える者もそんな親が子供の頑張りを褒める光景。それでいて子供も子供で素直に受け入れず、どこかぎこちなく照れる愛らしい姿にホッコリとしていくのだった。
――そして。
「さて……少し長くなったが、今のが1つ目だ。では重要な2つ目の話題へと移ろうか。大臣、渡しておいた“例の物”は用意出来ているな?」
「ええ。こちらにございます」
「よし。ではそれを我が娘の元へ」
「…………かしこまりました」
「例の物? 母上……それはいったい――」
「…………………………」
「は、母上?」
話はようやく2つ目へと移行。
けれども場にいる大半の者は今の温かい光景を目の当たりにした以上、どうせ次もさして変わらないだろう。きっとまた温かい親子の会話を静かに見守るだけだろうと、
「だ、大臣? その盆に乗ってる紙は一体なに…………って、うん? あれ? 妙だな。なんだかやたらと見覚えがあるような気が――」
「…………お待たせしました。ではお手数ですが、どうぞお手に持って中身をご確認くださいませ。それこそが今回の本題にございますゆえ」
「えっ? これが本題? どれどれ――」
十中八九、賞状かなにかだろう。
そう周囲からすると遠目で確認はできなかったが、恐らくリーゼロッテを称賛する内容。もしかすると女王への即位などこの国の未来に関する非常に重要なものか。まあ、とにかくおめでたい。喜ぶべき内容が記載されているのだろうと、
「リーゼロッテよ。今渡された“その紙”が何か説明せずとも分かるな? なにせそれは――」
「……………………………げっ゛」
「お前が“企んだもの”だからな」
事情を知る者を除いて場の誰もがそんな微笑ましい想像を抱きつつ、両者に温かい視線を送っていた………………だが、実際はというと!?
「こんの……バカ娘があああっっっ!!!」
「「キャッ!?」」
「「ひいっ!?」」
「「おひょっ!?」」
「「えっ……えっ?」」
急変。
先までのにこやかな表情はどこへやら。
突如怒りに満ちた表情を浮かべたネルニアは空間中に轟く声でリーゼロッテを一喝すると、今回彼女を招集した原因。その中身も矢継ぎ早に明かした。それこそ恥を忍ぶ様子も見せず。
して、そこに記されていたのは――
「本来であればこのままお前を絶賛し、即位の準備を整えてやろうと思っていたのだがな! それのせいで台無しだ! なにが【TOP計画】だ!? なあにが強い・おっぱい・プロジェクトだ! その酷いネーミングもさることながら……どこまでお前は馬鹿なのだ! 恥を知れ!」
TOP計画。
あまりの急変振りに場を騒然とする中。
自分の手の届かぬところで、娘がこっそりと決定戦の片隅で企んでいたハレンチ極まりないその下らない計画【強い・おっぱい・プロジェクト】。略してTOP計画を容赦なく暴露した。
「い……いつの間に! ってか、これ見つけたって事は私の部屋に勝手に入ったのかよ!? そんなの反則だろ!? そもそもデリケートな年頃の娘の部屋に親が無断に入るとか…………いくら偉いからって母親としてデリカシーに欠け――」
「やかましい! それからお前がさっき一丁前に抜かしていたインタビューとやらだが、残念だが何日待とうとも誰も来ぬぞ? 閉幕後すぐ帰るように断りを入れておいたからな。よってお前の企みは破綻だ! 決定戦を利用して“乳遊び”など……そんな不埒な謀を考えつくお前には厳しい仕置きが必要のようだな!?」
「うぐっ……どおりで音信が無かったわけだ。仕方ねぇ! こうなりゃ最終手段だ! すぐにとんずらするぞモリーユ! すぐに準備を――」
「……ネルニア女王。今回の件につきまして私は無関係です。確かに女性の参加者リストにバストサイズの記載があったのは奇妙だと感じておりましたが、てっきりリーゼロッテ様に何か深い考えがあるものだとばかり思い、あえて――」
「あっ、コイツ裏切りやがったな!?」
「何を人聞きの悪い事を。それに裏切りではありません。見限ったんです。まったく毎度毎度叱られているのによく懲りませんね。さあ女王陛下。大変心苦しい提案ですが二度とこのような淫行に走らぬよう、ここは一つリーゼロッテ様へ厳しい処罰を下すようにお願いしたく思います」
「貴様ああああぁぁぁぁっっ!!」
その間わずか数分。
瞬く間に発生した裏切りと響く怒声。
ネルニア女王の一喝から始まり、息つく暇もなしに次々と変わりゆく展開に未だ何が何やらと状況を掴めてない周囲を置き去りにしたまま、
「ですので。どうかこの私めだけは――」
「うん? 何を言っているのだモリーユ。お前の責務は世話と教育。つまりそのバカを嗜めるのも従者の務めであろう。よってその責務を全うできなかった以上、お前も同じ罰を受けるべきだ」
「そんな理不尽な!?」
「やーいやーい。ざまあみろ! 馬鹿な女だ。主人を裏切ろうとするからそんな目に遭うんだ。苦し紛れはそのパッド入りの胸だけにしとけ!」
「…………分かりました。ではネルニア女王。死刑でもなんでも受け入れますので、せめてこの主人の名をヘラヘラと語る“小汚い馬鹿女”だけは私の手で処刑させてくださいませんか? でなければこのモリーユ。死んでも死にきれません」
「おいおい、何を馬鹿な事を。私は王女だぞ? この国の未来を背負う者だぞ。そんな私を処刑しようなんて……しかも母上が許可するはず――」
「よかろう。あとで武器庫を開けるように兵士に伝えておく。好きな道具を持っていくが良い」
「母上!?」
「慈悲に感謝致します」
「ああ、それからもし“ヤる”のであれば後処理が楽な地下牢でな。カーペッドや寝室を血で汚したくない。匂いも血生臭くてたまらんからな」
「かしこまりました」
「私に慈悲はないんですか!?」
勢い任せにそのまま勝手に話は終了。
それも最後を飾ったのは2人の情けない姿。
「さあ。これにて話は終わりだ。お前たち、ボーっとしていないで早くその不埒な輩を連れていけ! 制裁に関しては私があとで加える。もし暴れるようなら枷を付けても構わぬからな」
「「は、はいっ!」」
「「かしこまりました!」」
「それから大臣を除く他の者も。以上で終わりだ。各々の持ち場に戻るが良い。ご苦労だったな」
「「えっ? あ、はい……では我々も――」」
「「え、ええ。何が何やらという感じですが」」
「「あまり深く考えずに戻りますか――」」
「うがあああ! ちくしょう離しやがれ! 私は無実だ! 全ては……そう悪魔だ! 性欲の悪魔が私に囁いたんだ! 美女のおっぱいを吸えってさ! だから私は悪くなあああぁぁぁい!」
「はあ。もうみっともないですよ。ああやって証拠を掴まれた以上、どう弁明しても無駄だというのに。さあ、お仕置きを受けに行きますよ。毎回付き合わされる私の身にもなってください」
バタンと。
大扉が閉まりネルニアの視線から消えるまでの間。リーゼロッテは兵士達に捕縛されながらも、その瞬間までギャンギャンと文句を吐き散らした後に連行。また場に残っている者達も女王の命令により併せて玉座の間から離れていった。
――そうして。
「陛下。無礼を承知のうえですが、本当にあれでよろしかったのですか? 確かに目に余るような卑猥な計画でした。ですがそれ以上に今回の決定戦におけるリーゼロッテ様のご活躍は素晴らしいものだったと存じてもおります。ですので、私情ですが目を瞑っても良かったかと――」
「ふふっ、いくら功労者とはいえ参加者のプライバシーを私用で利用した事は許されん。だからわざわざ取り立てて罰した。それに元よりやんちゃな娘だ。“未来”を考えても、今の内にガツンと叱りつけて反省させねばならん。それに――」
「それに?」
「まあ……私も昔はかなりの“女好き”でな。夜な夜な多くの美女を寝屋に連れ込んでは、朝まで組んずほぐれつしてたものだ。まあ、そのせいでしょっちゅう母上に呼ばれては、兵士達から喘ぎ声が廊下まで響いていると報告を受けていると咎められ、地下牢で吊るされたものだ」
「…………血筋とは怖いですな。それであのお方にも同じ罰をという事ですかな? まったく教育としてはいかがなものかと思いますが」
「ふふ、反論はせぬさ。さてと――」
静まり返った場に残ったのは2人。
女王ネルニアと忠臣である大臣のみ。
対して女王ネルニアは自身の発言に呆れた顔を浮かべる大臣を脇目に、そう身の丈に合わない大きな玉座から立ちあがると、
「さっそく馬鹿娘の制裁に行くとするか!」
「お供致します」
蛙の子は蛙。
子とはやはりどこか親に似るものだなと。
彼女はそんなやんちゃ振りまでもがよく似ている娘の姿と、過去の自分の姿をふと重ねながら大臣とともに玉座の間を離れていくのだった。




