第五話 悪党は許さない
「竜牙さん。一緒に帰ってもいいですか?」
「いえーい! お兄ちゃん、帰ろー!!」
「二人とも。今帰りか」
丁度、玄関から出ようとしたところで、エステルとゆあが一緒に現れた。あれから大分もやもやが消えた。とはいえ、エステルの猛アタックはまだまだこれからだろう。
とはいえ、猛アタックってなんだ?
正直、恋愛を知れない俺には女の子がどう来るかなんてわからない。恋愛という言葉や、女の子が告白するとか常識的なことを知っているけど……。
「はい。僕達は、部活には所属していませんから」
「部活より特訓だよねー」
普通に考えたら、将来を見越して部活に入っているのがいいんだろう。二人の運動神経だったら、どの運動部に入っても活躍すること間違いなしだ。
だが、本人達の気持ちを尊重するのが一番。
俺も結局は、部活に入らず帰宅部だからな。
「なあ、二人はどういう特訓をしていたんだ?」
登校時と同じく三人仲良く下校しながら、俺は、ふと二人が話していた特訓のことを問いかけた。
「そうだなぁ、まずは基礎体力づくりから始まったかな」
「そうだね。まず、強くなるにしても体力がなかったらすぐにばててしまうからね。そんな時に出会ったのが、ゆあちゃんなんです」
「びっくりしたよねぇ。だって、わたし以外の女の子がまさか森の中を走ってるなんて思わなかったもん」
森の中で走りこみか。俺も昔はよくやったなぁ……まあ、ゆあは俺がどんな特訓をしていたか、昔から聞いていたからそれで自分も実践したんだろうけど。
エステルは、違うよな。
「あの時のわたしは、本当に何も知らなくて、ただがむしゃらに頑張ってたから。森での特訓だって、漫画で学んだっていうちょっと恥ずかしいエピソードがあったりするんですよ?」
「それを堂々と俺に話すその度胸。素直にすごいと思う」
「これも特訓した成果です。体作りもそうですが、やっぱり鋼の精神を作らなくてはなりませんから」
「精神統一は基本! 山の天辺まで一緒に登って、何時間も精神統一したのは良い思い出だよね、エステルちゃん」
「だね」
会話だけを聞いていると、本当にやったのか疑わしい内容だが、俺もやったことがあるのでなんとも言えないこの気持ち。
本当、昔の俺ってやることがとことんスポ根めいていたっていうか。
科学が発展している今の時代で、原始的だったというか。
「それでも、竜牙さんには追いつけませんが」
「どう、だろうな」
全盛期の俺だったら、まだしも今の俺だったら普通に追い抜いているんじゃないだろうか。正直、自分でも今どれだけ動けるかわからないからな。
早朝ランニングと、筋トレは欠かしていないから運動不足ってわけじゃないけど。
「っと、すまん。俺はこっちだから」
「あれ? お兄ちゃん、家はこっちだよ?」
丁度商店街の入り口前に来たところで、俺は立ち止まる。
本来なら、商店街へと入らず、そのまま真っ直ぐ進むんだけど、今回はミリアの見舞いをかねて返すものを返さなくちゃならないんだ。
本当は、学校で返そうと思っていたんだけど。ちなみに、借りたものは漫画だ。
「ミリアの見舞いだよ。こいつも返さなくちゃいけないからな」
と、俺は二人にバックの中から一冊の漫画を取り出して見せる。
「ミリアさんというのは?」
「そういえば、エステルは知らなかったな。俺の右腕だったジョンは知ってるよな? そいつの妹なんだよ。ゆあみたいに何度も【威那頭魔】の活動を見に来たり、応援したり」
「そんな方が……もしかすると、丁度僕が見に行った時と重ならなかったのかもしれませんね。当時の僕は、物陰からこっそりと見ていましたし」
そういうことなら、とエステルは俺の隣に並ぶ。それに釣られるようにゆあも逆側に並んだ。
どうやら、ついて来るようだ。
「どうせなので、ご挨拶を兼ねて僕もお見舞いに行きます。丁度通り道が商店街なので、お見舞いの品も買っていきましょう」
「さんせー! ミリアちゃんなら、ポッキーとかバナナとか長いものを買っていけば喜ぶと思うよ!」
「なるほど。そういうことならバナナを買えばいいかな。お見舞いの品としては、ぴったりだしね」
「どうせなら、一番太いのにしようよ!」
「そうだね。太くて大きいほうが、食べがいがありそうだし」
ちなみにどうしてミリアが棒状のものが好きなのか。そのほうが、食べる実感が湧くからだそうだ。
「じゃあ、行こう。一応ミリアにはこっちから連絡をしておくから」
「はい。よろしくお願いします―――ん?」
スマホを取り出し、今もベッドで寝ているであろうミリアに連絡しようとした時だった。
「だ、誰か!! 引ったくりよ!!」
久しぶりに見た。女性がバッグを引っ手繰られたようだ。
自転車じゃない。スクーターでもない。
だったら、追える。そう思い、動こうとしたが、俺よりも先に……ゆあとエステルが動いていた。
「はい、そこまでだよ。おじさん」
まるで、引っ手繰られるのを予想していたかのように、引っ手繰りの進行方向に立ち塞がるゆあ。
「邪魔だ!!」
女の子だろうと関係ないとばかりに、手を伸ばす引っ手繰り犯だが、余裕の表情でその手を払う。
「僕達に気づかれたのが運の尽きでしたね」
「うおっ!?」
更にそこから連携するように、エステルが引っ手繰り犯の足を払い、転倒させる。転んだ勢いで、盗んだバックは宙へと放り出され、そのままエステルの手に収まる。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
バッグを取り返してもらった女性は、予想外な光景を見たかのように、少し唖然した状態でお礼を言う。その後、商店街の人達に引っ手繰り犯を警察が来るまで逃げないように見張っててもらうことになった俺達は、予定通りバナナを買って、商店街を去って行った。
「すごいな。二人とも。もしかして、予知してたのか?」
商店街から離れてから、数分後。
俺は、見舞いの品であるバナナを抱えながら二人に問いかける。
「はい。あの男の様子は明らかに変でしたから。すぐ動けるようにしていたんです」
「気づいたのは、エステルちゃんで。わたしは、その指示に従っただけだけど」
それでも、すごい。俺なんて、引っ手繰られるまで全然気づかなかった。
昔はそんなことなかったんだけどな……やっぱり、牙を抜かれた獣ってことかな。平和に生きているから、俺が望んだことと言えば望んだことなんだけど。
「悪党は許さない! 竜牙さんの口癖ですから」
「だね」
そういえば、そんなことも言ってたな。今となっては、よくまあ恥ずかし気も無く言っていたよ、俺。
そんなことを話していると、エドワーズ家に到着した。