第二十二話 轟く稲妻
「弟って……そんな人居たっけ?」
「ゆあはわからない、だろうな。なにせ、こいつはずっと少年院に居たんだ」
マスクの代わりに帽子を深々と被り、だぼだぼのズボンを穿く翔汰。
こっちが、傷ついて意識が朦朧としているからと余裕そうだな。
「こいつは、兄以上にやばい奴だ。兄がクラスメイトに物を隠されただけで、カッターで切りつけてくるような奴らしい」
あまりにも篤夜がしつこいので、どんな奴なのかと調べた時があった。
そこでわかったことだ。
子供ゆえの容赦のなさ。残酷で、歯止めの利かない攻撃性。親もどこかおかしいと思ってはいたようだが、少年院に入るほど翔汰はやばかった。
もしあの時……【五悪琉怒】にこいつが居たら俺達もかなりやばかったかもしれない。
それが、今になって。
言葉通りなら、兄の仇討ちってところか。
「……おい。もし、兄貴の仇討ちをしようってならお門違いも良いところだぞ。あいつは、自分で傷害事件を起こして、捕まったんだ」
「なにがお門違いだ。兄貴は、てめぇのせいでああなっちまったんだよ。てめぇが正義の味方を気取って兄貴の邪魔なんてするから……」
かなりイライラしているようだな。その場でナイフをくるくると回し、野獣の如き眼光で睨みつけてくる。
「どう考えてもお門違いっすよ! 兄貴は、正しいことをしていただけっす!!」
「なにが正しいことだ! こいつだって不良チームを組んでただろ! なのにどうしてこいつは、今ものうのうと幸せな毎日を過ごしてヤがるんだッ!!」
「だからそれは」
ゆあが情緒不安定な翔汰に説明をしようとするが、俺がそれを止める。
「お、お兄ちゃん?」
「今のあいつに何を言っても無駄だ。……見ろ。あいつの顔を。普通じゃない」
元から精神的に不安定だったらしいけど、今のあいつはそれだけじゃない。常にイライラしていて、焦点も合っていない。
もしかするとあいつは。
「まあいい……俺は、そんな可哀想な兄貴のために、殺りに来たんだよ。えぇ? 竜牙さんよ!」
勢いのままにナイフを振り下ろしてくる翔汰。
「させない!」
これ以上は戦えないとゆあが俺の前に立ち、それを弾く。
「ちっ。邪魔くせぇな、妹ちゃんよ」
「わたしが相手になるよ!!」
だが、こうなることは翔汰もわかっていたようだ。
「おっと、妹ちゃん。それ以上動くんじゃねぇぞ。大事なお友達がどうなってもいいのか?」
そのためのエステルってことか。しかも、実力をわかったうえで手足をしっかりと縛ってる。足だけでも動けば、簡単に抜けられると考えたうえでの拘束か。
「うっ……」
「下がるんだ、ゆあ」
「お兄ちゃん、でも」
「こいつは、俺に用事があるみたいだからな」
正直、立っているのがやっとだ。
そんな時に、俺を殺そうと考えている奴とタイマンなんて、普通はやらないだろう。
「それに」
「あぁ?」
「あんまりエステルを舐めないほうが良いぞ?」
「ぐあああっ!?」
「な、なんだ?!」
俺が言っている意味が理解できなかった翔汰だったが、目の前にエステルを拘束していたはずの仲間が飛んできたことで、意味を理解する。
「手足を縛ったぐらいじゃ足りませんよ。今度からは、何かを仕込んでいるかもしれないと身体検査をすることをおすすめします。正直受けたくはありませんけど」
視界に映ったのは、先ほどまで拘束され身動きがとれなかったはずのエステルが、自由のみとなっている姿だった。
手には、縄を切ったであろうヘアピンのような小さなナイフだった。
さっきまで髪留めに使っていたものだ。
「お金持ちのお嬢様がまさかそんなものを所持しているとは予想外だぜ」
「世の中のお嬢様とは違いますから。さて……竜牙さん。これで思いっきりいけますよ」
まったく……思いっきりか。
まるで俺の考えが読めるようなことを。
「思いっきりだぁ? なんだよ、相手してくれるのか?」
「……じゃないとお前の気が晴れないだろ? それに、ここまでされちゃ、さすはの俺も黙ってられない。来いよ、相手をしてやる」
この状況と、ボコボコにされたからなのか。
やけに集中度が上がっている。
俺はめがねをゆあに預け、翔汰と対峙する。
「相手をしてやるだぁ? 知っているぜ。てめぇ、この三年間、ただのうのうと生きてきただけだってなぁ。相当体が鈍ってんだろ? そんなんで、俺とやりあえると思ってんのかぁ!!」
やっぱり俺のこともわかっているみたいだな。
それに、今の俺はボコボコにされて、ふらついた状態だ。
「確かに、全盛期ほど動けるわけじゃない」
「おらぁ!!」
迫りくる凶器。
俺の心臓目掛けて真っ直ぐ向かってくる。
「けどな」
「なっ!?」
それを最小限の動きで、回避し、腕を掴む。
「けど、今の俺でも、お前だったら倒せる―――ぜ!!!」
「ぐあっ!?」
今俺が出せる全力を持って殴り飛ばした翔汰は、ナイフを手放し、木箱に叩きつけられた。
「ぐっ……!?」
「お兄ちゃん!」
「兄貴! 大丈夫っすか!?」
さすがに限界が来たのか。糸が切れたかのように倒れた俺を……エステルが受け止めてくれた。
いつの間に移動していたのか。
「ありがとうございます、竜牙さん。それと……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
そのまま俺の頭を膝に乗せ、曇った表情を見せる。
「別に良いよ。俺が、俺達がお前を助けたいって思ってやったことだからな」
「そうだよ、エステルちゃん。友達を助けるのは当たり前なんだから」
「まったくっす。それに、エステルんも友達のためにやったことっすよね? うちらも同じようなことをしたまで!」
「そういうことだ。……おっ? どうやらジョンがタイミングを見計らって呼んでくれたようだな」
外からサイレンの音が近づいてくるのに気づく。倉庫の出入り口には、ジョンがスマホをこちらに向けて振ってた。
「く、くそ……」
俺に吹っ飛ばされた翔汰と仲間は、黒タイツの人達が逃げないように取り押さえてくれているようで、観念したように大人しくしていた。
……はぁ、なんだか安心したら……意識が……。
「竜牙さん!?」
「お兄ちゃんしっかり!!」
「あわわわ!? あ、兄貴が死んじゃったっす!?」
「いや、落ち着け妹よ。ただ意識を失っただけだ。救急車も呼んである。安心しろ。
まったく……最後まで、騒がしいな……。




