第二十一話 信じてるから
「……あそこか」
「見張りは、あの黒タイツ、だよね?」
エステルの救助のために、俺達は港にある倉庫へとやってきた。出入り口には見張りはリンゼと一緒に居た黒タイツが二人。
周囲には、誰かが隠れているような気配はない。
「さて、どうするか」
必ずと言っていいほど、倉庫の中には敵が待ち構えている。それも二人や三人という少ない数ではない。十は軽く超えるはずだ。
「一応警察にも通報しておくか、竜牙?」
「いや……なにかが引っかかる。警察への通報はそれがわかってからにしよう」
普通なら、警察に通報してしまえば俺達一般人が出る幕はない。
とはいえ、見張りが黒タイツということは、リンゼが関わっている。今までの行動とエステルの話から考えて、こんな犯罪めいたことをするとは思えない。
まずは事実を確かめるべきだ。
「んじゃま、俺はここで見張ってる。ミリア、お前は裏手に回れ」
「了解っす。兄貴、ゆあっち。気をつけてください! もし、なにかあったらうちが特効隊よろしく突っ込みますんで!!」
「あ、ああ。もしもの時は頼んだぞ」
「はいっす!!」
今回の作戦は、ジョンとミリアに外で見張ってもらい、俺とゆあで倉庫へと入っていく。正直、今の俺にどこまでできるかわからないが、メールは俺に来たんだ。
俺が行かなくてどうする。
「気をつけろよ、二人とも」
「ああ。行くぞ、ゆあ」
「うん! エステルちゃんを助けに!!」
意気揚々と俺達は黒タイツが見張っている倉庫へと近づいていく。黒タイツも、俺達に気づきじっと待ち構えていた。
「来てやったぞ」
「……お嬢様とエステル様を頼みます」
倉庫の扉を開く時、その音に合わせて黒タイツが呟く。
(やっぱりそうだったのか……)
俺は、任せろの意味を込めて首を縦に振って、倉庫内へと足を踏み入れた。
「来たみたいですわね。ようこそ、冴野竜牙さん」
待ち構えていたのはやはりリンゼ。山のように積み重なった木箱の天辺に足を組んで、座っていた。
まるで、本物の悪の令嬢かのように怪しい笑みを浮かべて。
その周りには、黒タイツに身を包んだ連中が並んでいる。
「そして、あなたは妹のゆあさんですわね。エステルさんから、色々と聞いていますわ。まあ、実力のほどもこの目でしっかりと確かめてしますけど」
「知ってるなら、話は早い。エステルはどうした?」
俺の問いかけに、リンゼはふふんっと不敵に笑みを浮かべ、指を鳴らす。
「竜牙さん、ゆあも。来てくれたんですね」
黒タイツに連れられ出てきたエステルは、その身を縄で拘束されていた。だが、焦っている様子もなく、むしろ余裕そうだ。
「……それで、こんなことをした理由はなんだ?」
「もちろん。エステルさんに絶望を味わってもらうためですわ。もう数え切れないほど、負けてきましたが……ここで彼女の心を挫き、そのうえでボコボコにしてやろうと思っていますの。最高に高まるでしょう?」
よくある悪役がやること。
仲間を助けに来たが、そいつは仲間の目の前で、無抵抗なままボコボコにされる。確かに、悪役としては高まる展開だろう。
「俺は全然」
俺は一度、捕まっているエステルに視線を送ると、静かに首を縦に振った。
「……ゆあ。手出しするなよ」
「……わ、わかった」
ゆあは、心配そうに俺を見詰めながら距離を取る。
そして、黒タイツ達は、待っていましたとばかりに囲んでくる。
「さあ、おやりなさい!!」
「クエー!!」
「クエー!!」
その叫びは普通にやるんだ。
真面目な雰囲気が台無しだ……と思いながら、俺は袋叩きにされる。
「お兄ちゃん……」
殴られ、蹴られ、口の中は切れ、血が流れる。
だが、不思議と攻撃に本気を感じられない。
それどころか。
「すまない、辛抱してくれ」
黒タイツの誰かが、俺にそう呟いた。
わかっていた。
わかっていたさ。リンゼは、何かしらの理由でこうしなければならないのだろう。黒タイツ達にボコボコにされている中で、ふとリンゼの様子が見える。
静かに、見下すようにこちらを見詰めているが、唇を噛んで何かを堪えている。
(もしかすると、誰かが人質にされているのかもしれない……そして、それをやっているのはおそらく)
手心があるとはいえ、さすがにきつくなってきた。
黒タイツの人達も、いつまでこうしていればいいんだと、少しずつだが攻撃の勢いが弱まっているように感じる。
「お兄ちゃん! やっぱりわたしが」
ゆあは、ついに堪えきれなくなり、戦いに参加しようとするが、まだだ……まだ。
「く、来るな! ゆあ!」
「で、でも……」
正直、俺もこのまま続けば意識が飛んでしまう。
けど、もう少しだけ。
こんな時の場合を考えて、色々と策は練ってあるんだ。
「どうですの? エステルさん。大事な人が、目の前でボロ雑巾のようにされるのは?」
「……」
「あら? さすがのエステルさんも、言葉すら出なくなったようですわね」
いや、違う。
エステルは……信じているんだ。俺達のことを。だからこそ、今はじっとその時を待っているんだ。
「―――兄貴!!」
「ミリ、ア……?」
「な、なんですの!?」
視界が狭くなり、そろそろ意識が飛びそうになった。
それが、一気に晴れた。
「人質は救助したっす!!」
倉庫の裏手で待機していたはずのミリアが、メイドの少女と共に元気に手を振っていた。
「ど、どうして」
驚いているリンゼだったが、どこか嬉しそうな表情に見える。
黒タイツの人達も、それを見て攻撃を止めた。
「こういうことさ……」
ゆあに支えられながら、俺はポケットの中に入っていたスマホを見せ付ける。画面には、ミリアの名前が表示されていた。
そう。もしもの時のために、倉庫に入った瞬間から、ずっと通話状態にしていたんだ。
ここでの会話は全てミリアに伝わっていた。
その会話を俺の考え通りに捉えてくれると信じて、ずっと待っていたんだ。
「さあ、もうこんなことをしなくても良いんだ。人質は……助けた」
そう言うと、リンゼは安堵したように肩に力を抜き、頭を下げる。
「……ありがとう、ございますわ。そして、申し訳ありませんでした」
これで、一件落着、だな。
「いいや、終わりじゃねぇ」
殺気!?
意識が朦朧としていたが、俺に向けられた殺気は確かに感じたので、俺を支えてくれていたゆあを突き飛ばした。
「ぐっ!?」
「あ、兄貴!?」
一人、ナイフを手に突っ込んできた黒タイツ。
ギリギリのところで回避したが、右腕を切りつけられてしまった。
「竜牙さん! ぐっ!?」
「エステルちゃん!?」
俺を心配して、動こうとしたエステルだったが、黒タイツがそれを取り押さえる。
どうやら……まだ終わっていないみたい、だな。
「よう……俺のこと、覚えてるか?」
俺を切りつけてきた黒タイツが、その素顔を晒す。
そいつの正体は【五悪琉怒】の頭である金城篤夜……に似ているけど、違う。
「まさか……翔汰、か?」
「そうよ! てめぇに人生を狂わされた篤夜の弟! 金城翔汰だ!!」




