第二十話 罠だとしても
「はっ!! せい!! はあっ!!!」
早朝特訓。
不良を辞めてからは、ランニングや筋トレぐらいしかやっていなかったけど、今は対人戦を想定したイメージトレーニングをしている。
そこに相手が居ると想定、想像し、正拳突きや回し蹴りなどを繰り出す。
俺がまだ威那頭魔だった頃は、毎日のようにこれを繰り返していた。
ただイメージだけでは成長が目に見えている。
だからこそ、ジョンや大地などを相手に試合形式での特訓も毎日のようにやっていた。そのおかげもあってか、二人もかなり成長することができたんだ。
「あっ、お兄ちゃん」
「よう、ゆあ。おはよう」
今までは、ゆあが先に起床して、俺が後だった。
けど、今回に限っては俺が先。
これにはゆあも驚きを隠せないで居た。
「ど、どうしたの?」
「……なんだか五悪琉怒のことを考えていたら、目が冴えて眠れなかったんだ。ゆあ、久しぶりに組み手。やってみるか?」
白いタオルで汗を拭いながら、俺は提案する。
ゆあは、目の前に欲しいものがある時の子供のように目を輝かせ、飛びついてきた。
「いいの!?」
そして、俺の体に張り付きながら顔を上げる。
「ああ。けど、久しぶりだから軽く」
「そい!!」
最後まで言い終わる前に、ゆあは俺から離れ、戦闘態勢をとる。
「いくよ、お兄ちゃん!! 手加減しないから!!」
「あ、いやだから久しぶりだから」
「おりゃあ!!」
「うお!?」
よほど嬉しかったのだろう。俺の言葉を遮るように、鋭い右ストレートを叩き込んできた。俺は、何とか回避することができたが、髪の毛が何本か散ってしまった。
「さすがお兄ちゃん! ぎりぎりのところで回避するなんて!」
いや、さっきのは偶然というか。
「じゃあ、次はもっと速くいくから!!」
「しょうがない……俺も必死に抵抗してやる!!」
ゆあの気持ちを酌んで、俺は必死の組み手を始めた。
やっぱり三年のブランクのせいで、ほとんどゆあの攻撃を受けるばかりで、ダメージを負った。ただやっていくに連れて、昔の勘と言うやつが戻ってきた。
日が完全に昇る頃には、まともにゆあと組み手をできるように……なってたかな?
・・・・・
「いつつ……」
「ご、ごめんねお兄ちゃん。お兄ちゃんとの組み手なんて、ほんとうに久しぶりだったから」
「良いって、俺から頼んだことなんだから」
さすがに、本気のゆあとの組み手は、今の俺にはきつかった。
体中に痛みが走っており、移動するの億劫だ。
「にしても、今更組み手か。もしかして、本気で威那頭魔を再結成するつもりなのか?」
「なわけないだろ。ただ五悪琉怒の連中が動いているなら、俺も狙われるかもしれないからな。奇襲を受けた時に何もできないんじゃ、足手纏いになる」
ゆあとの特訓も終わり、いつものようにジョン達と学校へ登校途中、俺の姿を見て盛大に笑っているジョン。
ゆあは、やり過ぎたと反省しているようだが、これが俺が望んだこと。何度も気にするなって言ってるんだが……。
「さすが兄貴っす! うちの兄さんとは大違いっすね!」
「はいはい。俺は、どうせ怠け者ですよっと」
「あいたっ!? な、なにするっすか!? マジチョップするとか、ひどいっす!!」
「これぐらい避けろ。五悪琉怒の連中に奇襲されたら、この程度じゃすまないぞ?」
なんだかんだで仲が良い兄妹だ。それに、ジョンは怠け者じゃない。いつも綺麗にセットしているはずの髪の毛が若干だが、乱れている。
俺はミリアにばれないように、手串で直してやった。
「お疲れさん」
「何のことだか」
「あっ! 二人して何こそこそとやってるっすか! もしかして、うちの悪口を!?」
「ははは! お前は、馬鹿だなぁってな」
「ふぎゃあ!! あ、兄貴! そ、そうなんすか?!」
この野郎……俺に押し付けやがったな。
ジョンの冗談を魔に受け、うるうるとした目で答えを待つミリアに、俺は。
「ジョンの冗談だって。ただ今日は、エステルの姿がないなぁって話してただけだ」
フォローを入れつつ、次の話題へと切り替えた。
実際、今日はエステルの姿がない。
休みという連絡も入っていないし、こっちからかけても出る気配がない。リンゼのことで忙しいと思って繰り返して、かけなかったけど……やはり心配だ。
「そういえば、エステルちゃんにしては珍しいよね。何の連絡もないなんて」
「ハッ!? まさか、五悪琉怒になにかされたんじゃ!?」
「妹よ。そんな確立の高いことを……まあ、考えられることと言ったらそうかもって俺も思っていたところだが。どう思う? 竜牙」
横断歩道の信号が青になったが、俺達は渡らずその場で留まる。このまま渡れば学校へ一直線。だが、渡らず右方向へと進めば、ジョンが前話していた五悪琉怒の連中を見つけた場所へといける。
もう一度、エステルに連絡をしようとスマホを取り出す。
すると、メールを受信した。
エステルからだった。
「……」
そこに書かれていたのは、助けてくれほしいという内容だった。
尚且つ、エステルが現在居る場所まで書かれている。
場所は、この前リンゼが襲ってきた港の古い倉庫。
「た、大変だよ! 早くエステルちゃんを助けないと!!」
「待つんだ、ゆあちゃん」
我先にと走っていこうとしたゆあをジョンが冷静な声で止める。
「ど、どうしたの! ジョンさん! こうしてる間にもエステルちゃんが!?」
「これは罠の可能性が高い」
「わ、罠?」
理解していないゆあにジョンはああっと頷き、もう一度メールの内容を確認する。
「考えて見るんだ。あのエステルちゃんだぞ? 一騎当千の強さに加えて、俺達には想像できない護衛だって居る。そんなエステルちゃんが、助けを求めると思うか?」
以前、エステルの家に遊びに行った時、アッカート家が誇る護衛隊を見せてもらった。視界に入らない距離から、いつもエステルのことを数人の護衛達が見守っているとも教えてもらった。
いくら相手が、奇襲をかけてきたとしても簡単に助けを求めることはない。
ジョンはそれが理解したうえで、ゆあを止めたんだ。
「で、でも、予想外のことが起こったのかもしれないよ!」
「ああ、その可能性もある。けど、俺達が言ってどうなる? あのエステルちゃんがピンチになるほどだ。ゆあちゃんが駆けつけても罠にはまって、エステルちゃんと同じ目に遭うのは間違いない」
ジョンは、俺に送られてきたメールをエステルの携帯を使って、五悪琉怒の誰かが送ってきたものだと判断している。
そして、俺達を誘き寄せ、そのまま罠にはめる。
まんまと騙された俺達は……。
「……それでも、行くか? 竜牙」
ジョンの問いかけに、ゆあやミリアが俺に視線を集める。
罠に自ら飛び込む、か。
「ジョン。お前、わかっていて言ってるだろ?」
「さあ、どうだろうな?」
たく、惚けやがって。確かに、これは俺達を誘き寄せる罠という可能性が高い。けど、もし本当にエステルが危ない目に遭っているのだとしたら、それが罠だろうと。
「ああ。行くさ。仲間のピンチを、罠だろうと突っ込み、砕く。それが、俺のやり方だ。……なんてな」
「おほー! 久しぶりに聞いたっす!! 兄貴のその言葉!」
「よーし! じゃあ、皆でエステルちゃんを助けるぞー!!」
待っていろ、エステル。今、助けに行く。




